306・宮本武蔵「空の巻」「一指さす天(3)(4)(5)」


朗読「306空の巻47.mp3」14 MB、長さ: 約 15分 32秒

 伊織いおりは、なわむすびつけて、材木ざいもくいた。武蔵むさしは、おの手斧ておので、面皮めんぴをとる。
 よるになると、手斧ておのくず焚火たきびをし、のそばに、材木ざいもくまくらにしてる。
「どうだ伊織いおり、おもしろいだろうが」
 伊織いおり正直しょうじきこたえた。
「ちっとも、おもしろいことなんかないや。百姓ひゃくしょうするなら、先生せんせい弟子でしにならなくたって、できるんだもの」
いまにおもしろくなる」
 あきけてゆく。
 ごとに、むしってった。草木くさきれてゆくのである。
 もうそのころには、この法典ほうてんはらに、二人ふたり寝小屋ねごやち、二人ふたり毎日まいにちすきくわって、まず足元あしもと一坪ひとつぼから開墾かいこんはじめた。
 もっとも、それにかかるまえに、かれ一応いちおうこの附近一帯ふきんいったい荒地あれちあしんで、
(なぜ、この天然てんねんひととが離反りはんしたまま雑木雑草ぞうきざっそうまかされているか)
 を考査こうさしてみた。
みずだ)
 と、まず第一だいいちに、治水ちすい必要ひつようかんがえられた。
 小高こだかところってみると、ここの荒野こうやは、ちょうど応仁以後おうにんいごから戦国時代せんごくじだいにわたる人間にんげん社会しゃかいみたいなであった。
 ひとたび、坂東平野ばんどうへいや大雨おおあめがそそぐと、みず各々おのおの勝手かってかわつくり、ながれたいほう奔流ほんりゅうし、げきしたいままにいしころをうごかす。
 それらをおさめる主流しゅりゅうというものがないのだ。天気てんき日眺ひながめると、それらしいものははばひろ河原かわらつくっているが、天地てんちだいたいする包容力ほうようりょくらないし、元々もともと、あるがままに出来でき河原かわらなので、秩序ちつじょもないし、統制とうせいもない。
 もっとなくてならないのにいものは、群小ぐんしょうみずあつめて、一体いったいしてゆくべき方角ほうがくたないのだ。主体自しゅたいみずからが、その折々おりおり気象きしょう天候てんこうにうごかされて、ときは、にあふれ、ときは、はやしつらぬき、もっとはなはだしいときは、人畜じんちくおかして、菜田さいでんまで泥海どろうみにしてしまう。
容易よういでないぞ)
 と、武蔵むさしは、踏査とうさしたからおもった。
 それだけに、かれはまた、非常ひじょうねつ興味きょうみをこの事業じぎょういた。
(これは政治せいじおなじだ)
 とおもう。
 みずつち相手あいてに、ここへ肥沃ひよく人煙じんえんをあげようとする治水開墾ちすいかいこん事業じぎょうも、人間にんげんをあいてに、人文じんぶんはなかせようとする政治せいじ経綸けいりんも、なんのかわりもないこととかんがえる。
(そうだ、これはおれの理想りそうとする目的もくてきと、偶然ぐうぜんにも合致がっちする)
 このころからのことである。――武蔵むさしけんに、おぼろな理想りそういだはじめた。ひとる、ひとつ、くまでつよい、――といわれたところでなにになろう。けんそのものが、たんに、ひとより自分じぶんつよいということだけではかれはさびしい。かれ気持きもちりなかった。
 いち二年前にねんまえから、かれは、
 ――ひとつ。
 けんからすすんで、けんみちとし、
 ――おのれにつ。人生じんせいちぬく。
 というほうこころをひそめてて、いまもなおそのみちにあるのであったが、それでもなお、かれけんたいするこころは、これでいいとはしない。
まことに、けんみちならば、けんからさと道心どうしんをもって、ひとかすことができないはずはない)
 と、さつ反対はんたいかんがえ、
(よしおれは、けんをもって、自己じこ人間完成にんげんかんせいへよじのぼるのみでなく、このみちをもって、治民ちみんあんじ、経国けいこくもとしめしてみせよう)
 と、おもったのである。
 青年せいねんゆめおおきい、それは自由じゆうである。だが、かれ理想りそうは、いまのところ、やはりたんなる理想りそうでしかない。
 その抱負ほうふ実行じっこううつすには、どうしても政治上せいじじょう要職ようしょくかなければできないからだ。
 しかし、この荒野こうやつちみず相手あいてとしてそれをやるぶんには、要職ようしょくもいらなければ、衣冠いかん権力けんりょくをもってのぞ必要ひつようもない。武蔵むさしは、そこに熱意ねついよろこびをやしたのであった。

 根瘤ねこぶる。また、いしころをふるう。
 たかつちくずしてならし、おおきないわは、水利すいりどてにするためにならべる。
 そうして日々ひびあした未明みめいから、夕方ゆうがたほしのみえるころまで、武蔵むさし伊織いおりとが、孜々ししとして、法典ほうてんはら一角いっかくから開墾かいこん従事じゅうじしていると、時折ときおり河原かわらむこうに、とおりがかりの土民どみんたちがどまって、
なにをしてるだ?」
 と、いぶかりかおに、
小屋こやあ、ほってて、あんなところに、でいるのか」
「ひとりは、んだ三右衛門さんえもんとこの餓鬼がきでねえけ」
 うわさがひろがる。
 わらものばかりでもなく、なかにはわざわざやってて、親切しんせつ呶鳴どなってくれるものもあった。
「そこなおさむらいよう、おめえッちら、そんなとこを、せッせと開墾きりひらいても、だめなこったぜよ。いっぺん暴風雨あらしがやってさっせ、百日ひゃくにちかやだがなあ」
 幾日いくにちって、またてみても、黙々もくもくと、伊織いおり相手あいてに、武蔵むさし労働ろうどうしているのをると、親切者しんせつものすこし、はらてたように、
「おウい。くそ骨折ほねおって、つまらねえところに、みずたまりをこしらえるでねえだ」
 また――数日すうじつおいててみたところ、相変あいかわらず、二人ふたりみみのないような姿すがたはたらいているので、
阿呆あほうよっ」
 と、こんどは、ほんとにおこってしまい、そして武蔵むさしを、ふつうの智恵ちえのない馬鹿者ばかものなして、
やぶ河原かわらに、えるンのがでるくらいならよ、おらたちゃあ、太陽てんとうさまにはらして、ふえふいてらすがよ」
飢饉年ききんどしは、ねえわい」
めさらせ、そんなとこ、りちらすなあ」
「むだ骨折ぼねおやつあ、くそぶくろもおんなじだよ」
 くわりながら、武蔵むさしつちむかったままわらっている。
 たしなめられてはいたが、伊織いおり時々ときどき、むッとして、
先生せんせい、あんなこと、大勢おおぜいしていってるよ」
「ほっとけ、ほっとけ」
「だって」
 と伊織いおりは、小石こいしをつかんで、ほうりそうにするので、武蔵むさしはくわっとをいからせて、
「これッ。のことばをかぬやつは、弟子でしではないぞ。――なにするかっ」
 と、しかりつけた。
 伊織いおりみみがしびれたようにハッとした。けれど、にぎったいし素直すなおてられもせず、
「……畜生ちくしょうっ」
 と、ちかくのいわにたたきつけて、その小石こいしが、火花ひばなして、ふたつにれてんだのをると、なんだかかなしくなってしまい、すきをすてて、しくしくとしてしまった。
け、け)
 といわないばかりに、武蔵むさしは、それもほうっておく。
 すすりいていた伊織いおりは、だんだんこえたかめて、ては、天地てんちにただひとりいるように、こえをあげて、大泣おおなきにした。
 ちち死骸しがいふたつにって、やま墓所ぼしょへひとりでめにこうとしたくらいな剛気ごうきっているかとおもうと、けばやはり、子供こどもであった。
 ――おとっさん!
 ――おっさん!
 ――祖父おじい祖母おばあっ。
 とどかぬ地下ちかひとへ、とどけよとばかり、うったえているかのように、武蔵むさしには、つよむねってくる。
 この孤独こどく。われも孤独こどく
 あまりの伊織いおりごえに、草木くさきこころあるもののように、蕭々しょうしょうと、つめたいかぜに、黄昏たそがれちか曠野あれのくらそよぎはじめた。
 ポツ、ポツ、とほんとのあめもこぼれてて――。

「……ってた。ひとそうだぞ。伊織いおり、はやくい」
 くわすき道具どうぐをまとめて、武蔵むさし小屋こやほうした。
 小屋こやなかびこんだときは、あめはもうしろに、天地てんち一色いっしょくりくだいていた。
伊織いおり伊織いおり
 あとからいてたものとばかりおもっていたところ、るとかれ姿すがたは、そばにもいない、軒端のきばにもえない。
 まどからながめやると、すさまじい雷光いなびかりが、くもり、野面のづらをはためき、それにをふさぐ瞬間しゅんかん――おもわずみみって、五体ごたい雷神かみなりのひびきをくのであった。
「…………」
 竹窓たけまどのしぶきにかおらしながら、武蔵むさし恍惚こうこつと、とれていた。
 こういう豪雨ごううるたびに、かぜのすさぶたびに、武蔵むさしは、もう十年近じゅうねんちかむかしになる――七宝寺しっぽうじ千年杉せんねんすぎおもす、宗彭沢庵しゅうほうたくあんこえおもす。
 まったく自分じぶん今日きょうあるのは、あの大樹たいじゅおんだとおもう。
 その自分じぶんが、いまは、たとえおさな童子どうじにせよ、伊織いおりという一弟子いちでしっている。自分じぶんたして、あの大樹たいじゅのような無量広大むりょうこうだいちからがあるか、沢庵坊たくあんぼうのようなはらがあるか。――武蔵むさしかえりみて、自分じぶん成長せいちょうおもうと気恥きはずかしい心地ここちがする。
 だが、伊織いおりたいしては、どこまでも自分じぶん千年杉せんねんすぎ大樹たいじゅごとくであらねばならぬとおもう。沢庵坊たくあんぼうのようなむご慈悲じひたねばならぬとおもう。また、それが、かつての恩人おんじんたいしての、いささかな報恩ほうおんではないかともおもった。
「……伊織いおりっ、伊織いおりっ」
 そと豪雨ごううむかって、武蔵むさし再三再四呼さいさんさいしよんでみた。
 なん返辞へんじもない。ただいかずちと、どうどうと軒先のきさき水音みずおとさわがしいのみである。
「どうしたのか」
 武蔵むさしすら、てみる勇気ゆうきもなく、小屋こやじこもっていたが、そのうちに、はたとあめやみになったので、そとまわすと、なんという強情ごうじょう性質せいしつ童子どうじだろうか、伊織いおりはまだ依然いぜんとして、まえにいた耕地こうちところから一尺いっしゃくうごかずにっているのだった。
(すこし白痴ばかか)
 とすら、うたがえないこともない。
 あんぐりとくちひらいて、先刻さっき大泣おおなきにいたままなかおをして、――もちろんあたまからズブれになって、泥田どろたになった耕地こうち案山子かかしみたいにっているのだ。
 武蔵むさしは、ちかくの、小高こだかところまでけてって、おもわず、
「ばかっ」と、しかった。
「はやく小屋こやへはいれ、そんなにれてはからだどくだ。ぐずぐずしておると、そこらにかわ出来できて、もどれなくなるぞ」
 ――すると、伊織いおりは、武蔵むさしこえをさがすように見廻みまわして、にやりとわらって、
先生せんせいは、あわてもンだなあ。このあめはやむあめだよ。このとおり、くもれてたじゃないか」
 と、一指いっしてんにさしていった。
「…………」
 武蔵むさしは、おしえるに、おしえられたようながして、沈黙ちんもくしていた。
 だが、伊織いおりは、単純たんじゅんなのである。――武蔵むさしのようにいちいちかんがえていったりしたりしているのではない。
「おいでよ、先生せんせい。まだあかるいうちにゃ、だいぶ仕事しごとができるよ」
 と、その姿すがたのままで、また、まえ労働ろうどうをつづけはじめた。