304・宮本武蔵「空の巻」「通夜童子(5)(6)」


朗読「304空の巻45.mp3」11 MB、長さ: 約 12分 19秒

 一言一句いちごんいっく、この少年しょうねんのことばには、奇骨きこつがある。
 ちちというほとけも、さっするに、ただ田夫野人でんぷやじんではなかろう。由縁よしあるものすえにちがいはない。
 武蔵むさしかれのことばにまかせ、やま墓所ぼしょへ、ほとけはこちからだけした。
 それも、やましたまでは、ほとけうまにのせてけばよいのであった。ただけわしい山道やまみちだけ、武蔵むさしほとけ背負せおってのぼった。
 墓所ぼしょといっても、おおきなくりしたに、まる自然石じねんせきひとつ、ぽつねんとあるだけで、ほかに塔婆とうばひとつないやまだった。
 ほとけおわると、少年しょうねんはな手向たむけ、
祖父おじいも、祖母おばあも、おっさんも、みんなここにねむってるんだぜ」
 と、をあわせた。
 ――なん宿縁しゅくえん
 武蔵むさしともほとけ冥福めいふくねんじて、
墓石はかいしもそうふるくないが、おまえの祖父そふだいから、このへん土着どちゃくしたとみえるな」
「ああそうだって」
「その以前いぜんは」
最上家もがみけさむらいだったけど、いくさけてちのびるとき系図けいずなにもみんないちまって、なにもないんだって」
「それほどな家柄いえがらなら墓石はかいしにせめて、祖父そふぐらいきざんでおきそうなものだが、紋印もんじるし年号ねんごうもないが」
祖父そふが、はかへは、なにいてはいけないといってんだんだって。蒲生家がもうけからも、伊達家だてけからも、かかえにたけれど、侍奉公さむらいほうこうは、二人ふたり主人しゅじんにするものじゃない。それから、自分じぶんなど、いしっておくと、さき御主人ごしゅじんはじになるし、百姓ひゃくしょうになったんだから、もんなにるなっていって、んだんだって」
「その祖父そふの、いていたか」
三沢伊織みさわいおりというんだけれど、おとうさんは、百姓ひゃくしょうだから、ただ三右衛門さんえもんといっていた」
「おまえは」
三之助さんのすけ
身寄みよりはあるのか」
ねえさんがあるけれど、とおくにっている」
「それきりか」
「うん」
明日あしたからどうしてきてゆくつもりか」
「やっぱり馬子まごをして」
 と、いってすぐ、
「おじさん。――おじさんは武者修行むしゃしゅぎょうだから、年中旅ねんじゅうたびをしてあるくんだろ。おらをれて、何処どこまでもおらのうまってくれないか」
「…………」
 武蔵むさし先刻さっきから、白々しらじらと、けてくる曠野あれのていた。そして、この肥沃ひよく人間にんげんが、どうして、かくのごとまずしいかをかんがえこんでいた。
 大利根おおとねみずの、下総しもうさうしおがあって、坂東平野ばんどうへいやいくたびも泥海どろうみし、幾千年いくせんねんのあいだ、富士ふじ火山灰かざんばいはそれをめ――やがて幾世いくよをふるうちに、よしあし雑木ぞうき蔓草つるくさがはびこって、自然しぜんちから人間にんげんってしまう。
 人間にんげんちからつちみず自然しぜんちから自由じゆう利用りようするとき、はじめてそこに文化ぶんかうまれる。坂東平野ばんどうへいやはまだ人間にんげん自然しぜん圧倒あっとうされ、征服せいふくされ、人間にんげん智慧ちえひとみは、茫然ぼうぜんとただ天地てんちだいをながめているにすぎない。
 がのぼると、そこらを、ちいさい野獣やじゅうぶ、小鳥ことりねる。未開みかい天地てんちでは、人間にんげんよりも、鳥獣ちょうじゅうのほうが、自然しぜんめぐみを、よりおおけ、よりおおたのしんでいるかにえた。

 やはり、どもは、どもである。
 つちしたに、ちちほうむってかえるさには、もうちちのことをわすれている。いやわすれてもいまいが、つゆからのぼ曠野あれの日輪にちりんに、生理的せいりてきに、かなしみなどは、きとんでいた。
「なあ、おじさん、いけないかい。おらは、今日きょうからでもいい――。このうまに、何処どこまでもってって、何処どこまでも、おらをれてってくんないか」
 やま墓所ぼしょりてからのかえみち――
 三之助さんのすけは、武蔵むさしを、きゃくとして、うまにのせ、自分じぶんは、馬子まごとして、手綱たづないていた。
「……ウム」
 と、うなずいてはいるが、武蔵むさし明瞭めいりょう返辞へんじはしない。そしてこころのうちでは、この少年しょうねんに、多分たぶんのぞみをかけていた。
 けれど、いつも流浪るろうである自分じぶんさきかんがえられた。たして、自分じぶんによって、この少年しょうねん幸福こうふくにできるかどうか、将来しょうらい責任せきにんを、自分じぶんうてみるのであった。
 すでに、城太郎じょうたろうという先例せんれいがある。かれは、素質そしつのあるだったが、自分じぶん流浪るろうであり、また自分じぶんにさまざまなわずらいがあるために、いまでは、手元てもとはなれて、その行方ゆくえもわからない。
(もし、あれでわるくでもなったら――)
 と、武蔵むさしは、いつもそれが、自分じぶん責任せきにんでもあるかのように、むねをいためている。
 ――しかし、そういう結果けっかばかりかんがえたら、結局人生けっきょくじんせいは、一歩いっぽも、あるくことが出来できない。自分じぶん寸前すんぜんさえわからないのである。ましてや、人間にんげん、ましてや、そだってゆく少年しょうねんさきのこと、だれが、保証ほしょうできよう。また、はた意志いしをもって、どうしよう、こうしようとおもうことからして、むりである。
(ただ、本来ほんらい素質そしつを、みがかせて、よいほうあゆみちびきをしてやるだけなら――)
 それならば、できるとかれおもう。また、それでいいのだと、自身じしんこたえた。
「ね、おじさん、だめかい、いやかい」
 三之助さんのすけ強請せがむ。
 武蔵むさしは、そこでいった。
三之助さんのすけ、おまえは、一生涯いっしょうがい馬子まごになっていたいか、さむらいになりたいか」
「それやあ、さむらいになりたいさ」
「わしの弟子でしになって、わしと一緒いっしょに、どんなくるしいことでもできるか」
 すると、三之助さんのすけは、いきなり手綱たづなほうした。なにをするのかとていると、露草つゆくさなかすわって、うまかおしたから、武蔵むさし両手りょうてをついていった。
「どうか、おねがいです。おらをさむらいにしてください。それはんだおとっさんもいいくらしていたんだけど……きょうまで、そういって、たのひとがなかったんです」
 武蔵むさしは、うまからりた。
 そしてあたりを見廻みまわした。一本いっぽん手頃てごろなのをひろい、それを三之助さんのすけたせて、自分じぶん木切きぎれをって、こういった。
師弟していになるかならぬか、まだ返辞へんじはできぬ。そのぼうって、わしへんでい。――おまえのすじをてから、さむらいになれるかなれないかめてやる」
「……じゃあ、おじさんをてば、さむらいにしてくれる?」
「……てるかな?」
 武蔵むさしはほほんで、えだかまえてみせた。
 をつかんでがった三之助さんのすけは、になって、武蔵むさしちこんでた。武蔵むさしは、仮借かしゃくしなかった。三之助さんのすけは、何度なんども、よろめいた。かたたれ、かおたれ、たれた。
いまに、すだろう)
 とおもっていたが、三之助さんのすけは、なかなかやめなかった。しまいには、れてしまったので、武蔵むさしこし武者むしゃぶりついてた。
猪口才ちょこざいな」
 と、わざとおおげさに、武蔵むさしかれおびをつかんで、大地だいちへたたきつけた。
「なにくそ」
 と、三之助さんのすけはまた、きてかかってくる。それをまた、武蔵むさしは、つかみせて、高々たかだかと、日輪にちりんなか双手もろてげながら、
「どうだ、まいったか」
 三之助さんのすけは、まぶしげに、ちゅうでもがきながらこたえた。
まいらない」
「あのいしへ、たたきつければ、おまえはぬぞ。それでもまいらないか」
まいらない」
強情ごうじょうやつだ。もう、貴様きさまけではないか。まいったといえ」
「……でも、おらは、きてさえいれば、おじさんに、きっとつものだから、きているうちはまいらない」
「どうして、わしにつか」
「――修行しゅぎょうして」
「おまえが十年修行じゅうねんしゅぎょうすれば、わしも十年修行じゅうねんしゅぎょうしてく」
「でも、おじさんは、おいらよりも、としがよけいだから、おらよりも、さきぬだろう」
「……む。……ウム」
「そしたら、おじさんが、棺桶かんおけへはいったときに、なぐってやる。――だから、きてさえいれば、おらがつ」
「……あッ、こいつめ」
 っこうから一撃喰いちげきくったように、武蔵むさしは、三之助さんのすけのからだを、大地だいちほうしたが、いしのところへは、げなかった。
「……?」
 ぴょこんと彼方かなたった三之助さんのすけかおをながめて、むしろ愉快ゆかいそうに、武蔵むさしたたいてわらった。