302・宮本武蔵「空の巻」「通夜童子(1)(2)」


朗読「302空の巻43.mp3」10 MB、長さ: 約11分 15秒

通夜童子つやどうじ

 そこは下総国しもうさのくに行徳村ぎょうとくむらからざっと一里程いちりほどある寒村かんそんだった。いやむらというほどな戸数こすうもない。一面いちめんしのあし雑木ぞうきえている荒野こうやであった。さとものは、法典ほうてんはらといっている。
 常陸路ひたちじほうからいま、ひとりの旅人たびびとあるいてる。相馬そうま将門まさかどが、坂東ばんどう暴勇ぼうゆうをふるって、うなりをほしいままにしたころから、このあたりのみちやぶもそのままにあるように蕭々しょうしょうとしたものだった。
「――はてな?」
 武蔵むさしは、れたあしめて、野路のじわかれにまよっていた。
 あき野末のずえちかけ、ところどころのみずあかい。もう足元あしもと仄暗ほのぐらく、草木くさきのいろもさだかでない。
 武蔵むさしは、さがした。
 ゆうべもた。おとといのよるやまいしまくらた。
 五日前ごにちまえ栃木とちぎあたりのとうげ豪雨ごううにあい、それからあとすこしからだが気懶けだるい。風邪気かぜけなどというものはらなかったが――なんとなくこよいは夜露よつゆがものいのである。藁屋わらやしたでもよい。と、あたたかい稗飯ひえめしがほしかった。
「どことなくしおかおりがする……。五里ごりあるけばうみがあるとみえる。……そうだ、潮風しおかぜあてに」
 と、かれはまた、野道のみちあるいた。
 しかし、そのかんがあたるかどうかわからない。もしうみえずいええなければ、こよいも秋草あきくさのなかに、はぎ添寝そいねをするしかないとおもう。
 あかしずみきれば、こよいもおおきなつきがのぼるであろう。満地まんちむしみみもしびれるばかりだった。彼一人かれひとりしずかな跫音あしおとにさえおどろいて、むし武蔵むさしはかまかたなのつかにもびついてくる。
 自分じぶん風流ふうりゅうがあるならば、このれたみちをもたのしんであるくことが出来できように――とはおもうのであったが、武蔵むさしは、
なんじたのしむや)
 と、自分じぶんたずねて、
いな
 と、自分じぶんこたえるしかない気持きもちであった。
 ――ひとこいしい。
 ――食物たべものがほしい。
 ――孤独こどくみかけた。
 ――修行しゅぎょう肉体にくたいがつかれかけている。
 と正直しょうじきおもう。
 もとより、これでいいとしているかれではない。にが反省はんせいいだきつつあるいているのだ。――木曾きそ中山道なかせんどうから江戸えどへとこころざして、その江戸えどにはいることわず数日すうじつで、ふたた陸奥みちのくたびったかれであった。
 ちょうどあれから一年いちねん半余はんあまり――武蔵むさしさき逗留とうりゅうのこした江戸えどへこれからるつもりなのである。
 なぜ、江戸えどあとにして、陸奥みちのくへいそいだか。それは諏訪すわ宿しゅくった仙台家せんだいけ家士かし石母田外記いしもだげきあとったのであった。自分じぶんらぬまに、旅包たびづつみのなかにあった大金たいきんを、外記げきかえすためであった。あの物質ぶっしつ恩恵おんけいけておくのは、かれにとって、おおきなこころ負担ふたんであった。
仙台家せんだいけつかえるほどなら……」
 武蔵むさしは、自尊じそんをもつ。
 たとい修行しゅぎょうつかれ、しょくかわいて、露衣風身ろいふうしん漂泊さすらいにれていても、
「おれは」
 と、そのことをかんがえると、微笑びしょうがわいてくる。かれおおきな希望きぼう伊達公六十余万石だてこうろくじゅうよまんごくげてむかえてくれても、まだ、満足まんぞくとはしないにちがいなかった。
「……おや?」
 ふと、あししたで、おおきな水音みずおとがしたので、武蔵むさしみかけた土橋どばしどまって、くら小川おがわくぼのぞきこんだ。

 なにか、ばちゃばちゃと水音みずおとをたてている。まだ野末のずえくもあかいだけに、川崖かわがけくぼはよけいにくらく、土橋どばしうえたたずんだ武蔵むさしは、
河獺かわうそか?」
 と、らした。
 しかし、かれはすぐ、おさな土民どみんを、そこに見出みいだした。人間にんげんとはいいながら、河獺かわうそ大差たいさのないかおをしていた。あやしむように、その土橋どばしうえ人影ひとかげしたから見上みあげている。
 そこで武蔵むさしが、こえをかけた。子供こどもると言葉ことばをかけたくなるのは、かれには、いつものことで、とく理由りゆうのあることではない。
ども、なにしているのだ」
 すると土民どみんは、
泥鰌どじょう
 とだけいって、またざぶざぶ小笊こざる小川おがわひたしてっていた。
「あ、泥鰌どじょうか」
 なんの意味いみもないこんな会話かいわも、この曠野こうやなかではしたしくひびく。
「たくさんれたか」
「もうあきだから、そういないけど」
拙者せっしゃすこけてくれぬか」
泥鰌どじょうをかい?」
「この手拭てぬぐいにひとつかみほどつつんでおくれ。ぜにはやる」
折角せっかくだけど、きょうの泥鰌どじょうは、おとっさんにげるんだかられないよ」
 ざるかかえて小川おがわくぼからびあがると、子供こどもは、野萩のはぎなか栗鼠りすみたいにってしまった。
「……はしこいやつ
 武蔵むさしは、取残とりのこされたまま苦笑くしょうをうかべていた。
 自分じぶんおさなとき姿すがたおもされた。友達ともだち又八またはちにもあんなときがあったなあとおもう。
「……城太郎じょうたろうも、はじめてころは、ちょうどあのくらいなわっぱだったが」
 ――さて、その城太郎じょうたろうはそのあとどうしたろうか。何処どこなにをしていることぞ?
 おつうともはぐれてから、そのとしからかぞえればあしかけ三年さんねん――あの時十四ときじゅうし去年きょねん十五じゅうご
「ああ、もうあれも、十六歳じゅうろくさいになる」
 かれはこんなまずしい自分じぶんをも、とよび、したい、としてつかえてくれた。――だが自分じぶんかれなにあたえたか。ただ、おつう自分じぶんとのあいだにはさまりながら、旅路たびじ苦労くろうをさせたにすぎない。
 武蔵むさしはまた、野中のなかたたずんだ。
 城太郎じょうたろうのこと、おつうのこと、さまざまな追憶おもいでに、しばらくつかれをわすれてあるいていたが、みちはいよいよわからない。
 ただしあわせなことには、あきつきがまんまるとそらにある。きすだくむしがある。こんなよるにおつうふえをふくのがきだったとおもう。……むしみな、おつうこえ城太郎じょうたろうこえきこえてくる。
「……お。いえがある」
 つけた。武蔵むさしは、しばらくなにもわすれて、そのひとむかってあるいた。
 近寄ちかよってみると、まったくのひとで、かたむいたのきよりも、すすきやはぎのほうがたかえる。おおきなつゆえるのは、やたらにかべっている夕顔ゆうがおはなだった。
 かれちかづくと、突然とつぜんおおきな鼻息はないきらしておこるものがあった。いえよこにつないであった裸馬はだかうまである。うま気配けはいですぐったとみえ、あかりのついているいえなかから、
だれだっ」
 と呶鳴どなものがあった。
 ――ると、先刻さっき泥鰌どじょうけてくれなかったどもである。これはよくよくえんがあると、武蔵むさしおもわず微笑ほほえんで、
めてくれぬか。夜明よあけにはすぐ立去たちさるが――」
 いうと、どもは、先刻せんこくとはちがって、武蔵むさしかお姿すがたをしげしげながめていたが、
「あ。いいよ」
 と、素直すなおうなずいた。