301・宮本武蔵「空の巻」「梟(5)(6)(7)」


朗読「301空の巻42.mp3」16 MB、長さ: 約 17分 34秒

 つくえひじをのせてしたまま、北条新蔵ほうじょうしんぞうはうとうととねむってしまった。
 ふとめると、何処どこかでさわがしい人声ひとごえかすかにきこえる。すぐ門弟もんていたちの寄合よりあいだとわかった。がたのことが、それとともに、あたまにはっとよみがえった。
 ――だが、こえのするところとおかった。講堂こうどうのぞいてもだれもいない。
 新蔵しんぞうは、草履ぞうり穿いた。
 うらて、若竹わかたけのすくすくとあお竹林ちくりんえると、かきもなく、平河天神ひらかわてんじんもりへつづいてゆく。
 るとそこに、大勢おおぜいしてかたまっているのは、あんのじょう、小幡軍学所おばたぐんがくじょ門下生もんかせいたちだった。
 がた石井戸いしいどきずあらっていた二人ふたりは、しろぬのうでくびっている。そして蒼白そうはくおもてならべて、同門どうもんたちに、ゆうべの惨敗ざんぱいげているのだった。
「……ではなにか、十名じゅうめいって、小次郎一人こじろうひとりのために、その半分はんぶんまでもかえちになったというのか」
 一人ひとりうと、
残念ざんねんだが、何分なにぶん彼奴きゃつ物干竿ものほしざおんでいるあの大業刀おおわざものには、どうしても、たんのだ」
村田むらた綾部あやべなど、ふだん剣法けんぽうにも、熱心ねっしんおとこなのに」
「かえって、その二人ふたりなどが、さきに、りつけられ、あともみな深傷ふかで薄傷うすで与惣兵衛よそべえなど、ここまで気丈きじょうかえってたが、ひとくちみずをのむと、井戸端いどばたでこときれてしまった……。かえすがえす無念むねんでならぬ。……御一同ごいちどうさっしてくれ」
 暗然あんぜんと、みなくちをつぐんでしまう。平常へいじょう軍学ぐんがく傾倒けいとうしているこの人々ひとびとは、いわゆるけんというものを、あれは歩卒ほそつまなぶもので、しょうたるものはげむことではないようにおもっているものおおかった。
 それがはしなくこんな事態じたいしょうじて、一人ひとり佐々木小次郎ささきこじろう出会であい仕掛しかけながら、二度にどまで、おおくの同門どうもんかえちになってみると、痛切つうせつに、ふだん軽蔑けいべつしていた剣法けんぽう自信じしんのないのがかなしまれてきた。
「……どうしたものか」
 と、そのうちにだれうめく。
「…………」
 おも沈黙ちんもくうえに、きょうもふくろういている。――と、突然とつぜん名案めいあんかんだように一人ひとりがいった。
「おれの従弟いとこが、柳生家やぎゅうけ奉公ほうこうしている。柳生家やぎゅうけへご相談そうだんして、おちからりてはどうだろう」
「ばかな」
 と、幾人いくにんもいった。
「そんな外聞がいぶんにかかわることができるか。それこそ、かおどろるようなものだ」
「じゃあ……じゃあどうするか?」
「ここにいる人数にんずうだけで、もう一度佐々木小次郎いちどささきこじろうへ、出会であじょうをつけようではないか。暗闇くらやみせるなどということはもうしないほうがよい。いよいよ、小幡軍学所おばたぐんがくじょ名折なおれをすばかりだ」
「では、再度さいどはたじょうか」
「たとい、何度敗なんどやぶれても、このまま退くわけにはゆくまい」
「もとよりだ。……だが、北条新蔵ほうじょうしんぞうこえるとまたうるさいが」
勿論もちろん病床びょうしょうにも、あの秘蔵弟子ひぞうでしにも、かしてはならない。――では、社家しゃけまいって、筆墨ひつぼくり、すぐ書面しょめんしたためて、だれ一名いちめい小次郎こじろう手許てもと使つかいにつとしよう」
 こしげて、大勢おおぜいがひっそりと、平河天神ひらかわてんじん社家しゃけのほうへあゆみかけると、さきあるいていたのが不意ふいに、あッと口走くちばしって、退いた。
「……や?」
 だれあしみな、とたんに棒立ぼうだちにすくんでしまった。そしては――一様いちよう平河天神ひらかわてんじん拝殿はいでんうらにあたる――ふるびた廻廊かいろううえへ、うつろにそそがれた。
 あたりのよいかべに、青梅あおうめのついた老梅ろううめかげかれていた。そこのらんに、片足かたあしをのせて、佐々木小次郎ささきこじろうは、先刻さっきから、もりあつまりをていたのであった。

 大勢おおぜいかおは、一瞬いっしゅんきもうばわれて、蒼白あおじろ腑抜ふぬけになっていた。
 そして、自分じぶんたちのうたがうように、廻廊かいろううえ小次郎こじろうあげ、こえすのはおろか、呼息いきまったように、こわっている。
 小次郎こじろうは、傲岸ごうがん微笑びしょうふくんでその人々ひとびと見下みくだしながら、
いま、そこでいていれば、まだりもせず、この小次郎こじろうはたじょうけるとかけぬとか、談合だんごうしておられたな。――使つかいの世話せわにはおよばんことだ。わしは昨夜さくやあらわず、いずれかえしがあるはずと、卑怯者ひきょうものあとしたって、この平河天神ひらかわてんじん夜明よあけをちあぐねておった」
 れい壮烈そうれつしたして、一気いっき小次郎こじろうはこういったが、それにまれて、大勢おおぜいかおからないので、また――
「それとも小幡おばた門人もんじんらは、はたいをするにも、大安だいあんとか仏滅ぶつめつとか、こよみ相談そうだんでなければ出来できないのか。昨夜さくやのように、相手あいて酩酊めいていしてかえ途中とちゅうせして、暗討やみうちをしかけなければ刃物はものはぬけないともうすのか」
「…………」
「なぜだまっている。きている人間にんげん一匹いっぴきもおらぬのか。一人一人来ひとりひとりくるもよし、たばになってかかるもよし、佐々木小次郎ささきこじろうは、なんじらごときが、たとい鉄甲てつこうかため、つづみらしてせてたとて、背後うしろせるような武芸者ぶげいしゃではないぞ」
「…………」
「どうしたっ」
「…………」
はたいは、見合みあわせか」
「…………」
ほねのあるやつはいないのか」
「…………」
け。よくみみめておけ、刀法とうほう富田五郎左衛門とみたごろうざえもん歿後ぼつご弟子でし抜刀ばっとうわざは、片山かたやま伯耆守久安ほうきのかみひさやす秘奥ひおうをきわめて、みずか巌流がんりゅうとよぶ一流いちりゅう工夫くふうした小次郎こじろうであるぞ。――書物しょもつ講義こうぎばかりかじって、六韜りくとうがどうの孫子そんしなんといったのと、架空かくう修行しゅぎょうしておるものとは、このうでちがう、きもちがう」
「…………」
貴様きさまたちは、平常へいじょう小幡勘兵衛おばたかんべえからなにまなんでいるからぬが、兵学へいがくとはなんぞや? わしはいま、その実際じっさいなんじらに、をもって教訓きょうくんしてつかわしたのだ。――なんとなれば、広言こうげんではないが、ゆうべのような暗討やみうちに出会であえば、たといっても、大概たいがいものなら逸早いちはや安全あんぜん場所ばしょ引揚ひきあげて、今朝けさあたりは、おもしてホッとしておるところだ。――それを、ってってまくり、なお、きのびてげるをい、突然とつぜんてき本拠ほんきょあらわれ、足下そっからが善後策ぜんごさくこうじるもなく不意ふいいて、てき荒胆あらぎもひしぐという――このかたが、つまり軍学ぐんがく極意ごくいもうすもの」
「…………」
佐々木ささきは、剣術家けんじゅつかではあるが軍学家ぐんがくかではない。それなのに軍学ぐんがく道場どうじょうてまで、小癪こしゃくをいうなどと、だれやら何日いつ此方このほう罵倒ばとうしたものもいたが、これで佐々木小次郎ささきこじろうが、天下てんか剣豪けんごうであるばかりでなく、軍学ぐんがくにもたっしていることが、よくわかったろう。……あはははは。これはとんだ軍学ぐんがく代講だいこうをしてしまった。このうえ商売しょうばいちがいの蘊蓄うんちくかたむけては病人びょうにん小幡勘兵衛おばたかんべえ扶持ふちばなれになろうもれん。……ああのどかわいた。おい小六ころく十郎じゅうろうのきかぬやつだ。みずでも一杯持いっぱいもってい」
 振向ふりむいていうと、拝殿はいでんよこで、へいと威勢いせいのよいこたえがする。こも十郎じゅうろうとお稚児ちご小六ころく二人ふたりだった。
 土器かわらけみずんでて、
先生せんせい。やるんですか、やらねえんですか?」
 小次郎こじろうは、みほした土器かわらけを、茫然ぼうぜんとしている小幡おばた門人達もんじんたちまえげつけて、
いてみろ。あのぼやっとしたかおに」
「あははは。なんてえつらだ」
 小六ころくののしると、十郎じゅうろうも、
「ざまあやがれ。意気地いくじなしめ。……さ先生せんせいきましょう。どうたって、一匹いっぴきでも、かかってられるつらはないじゃアございませんか」

 ふたりの六方者むほうものれた小次郎こじろう姿すがたが、かたかぜって、平河天神ひらかわてんじん鳥居とりいそとえてゆくまで――物陰ものかげから北条新蔵ほうじょうしんぞう見送みおくっていた。
「……おのれ」
 新蔵しんぞうはつぶやいた。
 それとともに、苦汁くじゅうをのむような堪忍かんにんふるえがからだのなかをまわった。しかしいまは――
いまろ」
 と、ねんじておくよりほかかれにはなかった。
 出鼻でばなぎゃくかれて、拝殿はいでんうらすくんでしまった大勢おおぜいものは、まだ一語いちごらすものもなくしらけたまま、かたまっていた。
 小次郎こじろうべんててったように、まったく、かれらは小次郎こじろう戦法せんぽうじょうぜられてしまったのだ。
 一度いちど臆病風おくびょうかぜかれたかおに、最初さいしょ活気かっきはもうよみがえってなかった。
 同時どうじに、心頭しんとうえるほどだったかれらのいかりも、女々めめしいはいになってしまったらしい。だれあって、小次郎こじろううし姿すがたむかって、
(おれが)
 と、すすんでってものもなかったのである。
 そこへ、講堂こうどうほうから、仲間ちゅうげんけてて、いままち棺桶屋かんおけやから棺桶かんおけいつつもとどいてましたが、そんなに棺桶かんおけ注文ちゅうもんしたのでしょうか――とたずねてた。
「…………」
 くちをきくのもいやになったようにみな、それにもこたえるものがない。
棺桶屋かんおけやが、っておりますが……」
 と仲間ちゅうげん催促さいそくに、はじめて一人ひとりが、
「まだりにやった死骸しがいとどかぬから、よくわからぬが、多分たぶん、もうひとつぐらいるだろうから、あとのもたのんで、とどいたのは、物置ものおきへでも一時仕舞いちじしまっておけ」
 と、おもたい口吻くちぶりでいった。
 やがて棺桶かんおけは、物置ものおきのなかにもまれ、めいめいのあたまなかにも、その幻影げんえいが、一個いっこずつまれた。
 講堂こうどうで、通夜つやいとなまれた。
 病室びょうしつへはれぬように、きわめてそっとおくったが、勘兵衛かんべえもうすうすわけをったらしくえる。
 しかし、なにかないのだ。
 そこへかしずいている新蔵しんぞうもまた、なにげなかった。
 げきしていた人々ひとびとは、そのからほとんくちがきけないようにだまって暗鬱あんうつになり、だれよりも消極的しょうきょくてきで、だれからも臆病者おくびょうものえていた北条新蔵ほうじょうしんぞうのひとみには、もう我慢がまんならないといったようなものがつねそこえていた。
 そうしてかれひとり、
いまに、いまに)
 と、っていた。
 そのあいだに、かれはふと、病師びょうし枕元まくらもとからえるおおきなけやきこずえに、一羽いちわふくろうまっているのをつけた。
 そのふくろうは、いつながめても、おなところこずえにとまっていた。
 昼間ひるまつきても、どうかすると、そのふくろうは、ほうほうとくのであった。
 なつえると、あきぐちから、勘兵衛かんべえやまいあつくなった。余病よびょうたのである。

ちかい、ちかい)
 と、ふくろうこえが、死期しきらせるように、新蔵しんぞうには、きこえてならない。
 勘兵衛かんべえ一子いっし余五郎よごろう旅先たびさきにあったが、へんいて、すぐかえると書面しょめんでいってた。――そのひとくのがはやいか、むかえがはやいか――とうれえられていたこの五日ごにちであった。
 どっちにせよ、北条新蔵ほうじょうしんぞうには、自分じぶん決意けついはたちかづいたのであった。かれは、もう明日あす子息余五郎しそくよごろうがここへくという前夜ぜんや遺書いしょのこして小幡軍学所おばたぐんがくじょもんにわかれをげた。
無断むだんりますつみは、どうぞおゆるくださいまし」
 樹陰じゅいんから、老師ろうし病間びょうかんむかって、かれはいんぎんな挨拶あいさつのこしてった。
「もはや明日あしたは、御子息余五郎様ごしそくよごろうさま御帰宅ごきたくゆえ、ご病間びょうかんのことも、安心あんしんしてりまする。――したが、たして、小次郎こじろう首級しるしをさげて、御生前ごせいぜんに、ふたたびおにかかれるやいなや。……万一まんいちにも、わたしもまた、小次郎こじろうにかかり、かえちになったときは、一足先ひとあしき死出しで山路やまみちでおちしておりまする」