296・宮本武蔵「空の巻」「かんな屑(1)(2)」


朗読「296空の巻37.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 57秒

かんなくず

 かえりの小舟こぶねなか
 同舟どうしゅうという言葉ことばがあるが、ひとつふねたくすとなれば、いやでもおたがいにこころけあうものである。
 まして、さけもある。
 新鮮しんせん魚鱗ぎょりんもある。
 それに、ばば小次郎こじろうとは、以前いぜんからふしぎに、気心きごころい、そのはなしもるほどあって、
相変あいかわらず、御修行ごしゅぎょうかの」
 と、ばばがいえば、
「そちらの大望たいもうはまだか」
 と、小次郎こじろうく。
 ばばの大望たいもうとは、いうまでもなく「武蔵むさしつ」ことにあるが、その武蔵むさし消息しょうそくが、このごろはとんとれないので――といえば、小次郎こじろうが、
「いや、昨年さくねんあきから冬頃ふゆごろまでのあいださん武芸者ぶげいしゃおとずれたうわさがある。まだ多分たぶん江戸表えどおもてにいるにちがいない」
 と、小次郎こじろうちからづける。
 半瓦はんがわらくちして、
じつは、手前てまえおよばずながら、ばば殿どのうえいてお力添ちからぞえをしておりますが、武蔵むさしとやらのあしどりがいまのところ皆目かいもくわからねえので」
 と、はなしばば境遇きょうぐう中心ちゅうしんとしてそれからそれへむすびつき、
「どうぞ、これからご懇意こんいに」
 と、半瓦はんがわらがいえば、
「わしからも」
 と、小次郎こじろうは、さかずきあらって、かれのみでなく、乾児こぶんたちへも、順々じゅんじゅんまわしてぐ。
 小次郎こじろう実力じつりょくは、たったいま河原かわらているので、けると、お稚児ちごこもも、無条件むじょうけん尊敬そんけいをはらった。また、半瓦はんがわら弥次兵衛やじべえは、自分じぶん世話せわしているばば味方みかたというので、肝胆かんたんらしうところがあり、ばばばばでまた、おおくのうしだてかこまれて、
わた世間せけんおにはないというが――ほんに小次郎殿こじろうどのといい、半瓦はんがわら身内みうちしゅうといい、わしのようないさらぼうたものを、ようしてもるこころざし……なんというてよいやら。これも観世音かんぜおん御庇護ごひごでがなあろう」
 と、はなをかまないばかり、なみだぐんでいうのだった。
 はなしがしめっぽくなりかけたので半瓦はんがわらが、
「――とき小次郎様こじろうさま最前さいぜん、あなたさま河原かわらはたしなすった四人よにんは、あれはどういう人間にんげんどもでござりますな」
 と、たずねると、っていたように、小次郎こじろうが、それからの得意とくい雄弁ゆうべんであった。
「アア、あれか――」
 と、最初さいしょこともなげに一笑いっしょうして、
「あれは、小幡おばたもん出入でいりする牢人ろうにんで、先頃さきごろから六回ろっかいほど、わしが小幡おばたおとずれて議論ぎろんしておると、いつも横合よこあいからくちをさしはさみ、軍学上ぐんがくじょうのことばかりか、けんについても小賢こざかしくいうので、さらば隅田河原すみだかわらい、幾名いくめいとでも立対たちむかって、巌流がんりゅう秘術ひじゅつと、物干竿ものほしざおあじせてしんぜるといったところ、今日五名きょうごめいしてつというので出向でむいたまでです。……一人ひとり立合たちあうとたんにげおったが、いやはや、江戸えどには、くちほどもないのがおおくて」
 とまた、かたわらう。
小幡おばたというのは?」
 と、たずかえすと、
らんのか。甲州武田家こうしゅうたけだけ御人ごじん小幡おばた入道にゅうどう日浄にちじょうすえで――勘兵衛景憲かんべえかげのり。――大御所おおごしょひろされ、いまでは秀忠公ひでただこう軍学ぐんがくとして、門戸もんこっておる」
「アアあの小幡様おばたさまで」
 と、半瓦はんがわらは、そういうだたる大家たいかを、まるで友達ともだちのようにいう小次郎こじろうかおを、まもった。
 そしてこころうらで、
(いったいこのわかさむらいは、まだ前髪まえがみでいるが、どんなにえらいのか?)
 と、おもった。

 六方者むほうものは、単純たんじゅんである。市井しせい事々ことごと複雑ふくざつだが、そのなかを、単純たんじゅんきようというのが、おとこである。
 半瓦はんがわらはすっかり、小次郎こじろう傾倒けいとうしてしまった。
(このひとえらい)
 とおもうと、こういう持前もちまえおとこは、一本槍いっぽんやりれこんでゆく。
「いかがでしょうひとつ」
 と、早速さっそくにも、相談そうだんであった。
「てまえどもには、しょッちゅう、ごろついているわかやつらが五十人ごじゅうにんはおります。うらには空地あきちもあるし――そこへ道場どうじょうててもよろしゅうございますが」
 と、小次郎こじろう自宅じたく世話せわをしたいらしい意嚮いこうらすと、
「それは、おしえてやってもいいが、わしのからだは、三百石さんびゃっこくでの、五百石ごひゃっこくでのと、諸侯しょこうからそでかれて、よわっているのだ。自分じぶんは、千石以下せんごくいかでは奉公ほうこうせぬ所存しょぞんで、まだ当分とうぶんは――いまやしきあそんでおるが、そのほう義理ぎりもあるから、きゅううつすわけにもゆかぬ。――そうだな、つきさん四度よんどぐらいならば、教授きょうじゅ出向でむいてつかわそう」
 と、いう。
 それをくと、半瓦はんがわら乾児こぶんは、いよいよ小次郎こじろうおおきくった。小次郎こじろうのことばには、つねに、単純たんじゅんでない伏線ふくせん自己宣伝じこせんでんひそんでいるが、それをみわけないのである。
「それでも結構けっこうです。ぜひひとつおねがもうしたいもので」
 ひくくして、
「また、おあそびに」
 と半瓦はんがわらがいえば、おすぎばばも、
っていますぞよ」
 と、小次郎こじろうのことばをつがえた。
 小次郎こじろう京橋堀きょうばしぼりふねまがかどで、
「ここでろしてくれ」
 と、おかがった。
 小舟こぶねからていると、牡丹色ぼたんいろ武者羽織むしゃばおりは、すぐ町中まちなかほこりにかくれてしまった。
「たのもしいひとだ」
 と半瓦はんがわらはまだ感心かんしんしていたし、ばばも、くちきわめて、
「あれが、まこと武士ぶしじゃろう。あのくらいな人物じんぶつなら、五百石ごひゃくこくでも、大名だいみょうくちがかかりましょうわえ」
 と、いった。
 そして、ふと、
「せめて又八またはちも、あのくらいに、人間にんげん出来できてくれれば……」
 とつぶやいた。
 それから五日程後いつかほどのち小次郎こじろうはぶらりと、半瓦はんがわらいえあそびにた。
 五十名ごじゅうめいもいる乾児こぶんが、かわがわかれのいる客間きゃくまへ、挨拶あいさつた。
「おもしろい生活くらしをしておるものだな」
 小次郎こじろうは、そういって、しんから愉快ゆかいになったらしい。
「ここへ、道場どうじょうを、てたいとおもいますが、ひとつ地所じしょてくださいませんか」
 と、半瓦はんがわらは、かれさそって、いえうらした。
 二千坪にせんつぼぐらいの空地あきちだった。
 そこには、紺屋こうやがあって、げたぬのを、たくさんにしていた。その地所じしょは、半瓦はんがわらしているので、いくらでもひろれるというのである。
「ここなら、往来おうらいものが、ちもすまいし、道場どうじょうなどはるまい。野天のてんでいい」
「でも、雨降あめふりのが」
「そう、毎日まいにちは、わしがられないから、当分とうぶん野天稽古のてんけいことしよう。……ただし、わしの稽古けいこは、柳生やぎゅうまち師匠ししょうなどより、うんと手荒てあらいぞ。――下手へたをすれば、けがにんもできる。死人しにんもできる。それをよく承知しょうちしておいてもらわんとこまるが……」
もとより、合点がってんでございます」
 半瓦はんがわらは、乾児こぶんあつめて、承知しょうちむねちかわせた。