34・宮本武蔵「地の巻」「光明蔵(2)(3)」


朗読「地の巻34.mp3」15 MB、長さ: 約10分36秒

 姫山ひめやまみどりをうしろに、天守閣てんしゅかく太閤丸たいこうまるのある一廓いっかくが、白鷺城はくろじょう本丸ほんまるだった。
 城主じょうしゅ池田いけだ輝政てるまさは、がみじかくて、うすくろがあり、あたまっている。
 脇息きょうそくから、にわやって、
沢庵坊たくあんぼう。あれかよ」
「あれでござる」
 そばにひかえている沢庵たくあんが、あごをいてこたえた。
「なるほど、よいつらだましい。おことよくたすけてとらせた」
「いや、ご助命じょめいをいただいたのはあなたさまからで」
「そうではない、役人やくにんどものうちにおことのようなのがいれば、ずいぶんたすけておいてのためになる人間にんげんもあろうが、しばるのを、吏務りむだとかんがえているやつばかりだからこまる」
 えんをへだてたにわのうえに武蔵たけぞうすわっている。あたらしい黒木綿くろもめん小袖こそで両手りょうてひざについて、になっていた。
新免しんめん武蔵たけぞうというか」
 輝政てるまさがたずねると、
「はいっ」
 はっきりこたえた。
新免家しんめんけもと赤松一族あかまついちぞく支流しりゅう、その赤松あかまつ政則まさのりが、むかしはこの白鷺城はくろじょうあるじであったのだ。そちが、ここへひかれてたのも、なにかのえんだな」
「…………」
 武蔵たけぞうは、祖先そせんどろっているもの自分じぶんだとおもっている。輝政てるまさたいしては、なにかんじなかったが、祖先そせんたいして、あたまがあがらないがした。
「しかし!」
 輝政てるまさ語気ごきあらためていった。
「そのほう所業しょぎょう不埒ふらちであるぞっ」
「はい」
厳科げんかもうしつける」
「…………」
 輝政てるまさは、よこいて、
沢庵坊たくあんぼうしん家臣かしん青木丹左衛門あおきたんざえもんが、わしの指図さしずあおがず、おことたいして、この武蔵たけぞうとらえたら、その処分しょぶんは、おてまえにまかせるといったというはなしは――あれはまことかの」
丹左たんざを、お調しらくだされば、真偽しんぎ明白めいはくでおざるが」
「いや、調しらべてはある」
「しからば、なにをか、沢庵たくあん嘘偽うそいつわりがおざろう」
「よろしい、それで、両者りょうしゃのいうことは一致いっちしておる。丹左たんざは、しん家来けらい、その家来けらいちかったことは、わしのちかいも同様どうようである。領主りょうしゅではあるが、輝政てるまさには、武蔵たけぞう処分しょぶんする権能けんのうはすでにないのだ。……ただこのまま放免ほうめん相成あいなるまい。……しかしこのさき処分しょぶんは、おことまかせじゃ」
愚僧ぐそうも、そのつもりでおざる」
「で、いかがいたそうか」
武蔵たけぞうに、窮命きゅうめいをさせる」
窮命きゅうめいほうは」
「この白鷺城はくろじょうのお天守てんしゅに、変化へんげるといううわさのあるかずのがあるはずで」
「ある」
いまもって、かずのでおざろうか」
「むりにけてみることもなし、家臣かしんどももいやがっておるので、そのままらしい」
徳川随一とくがわずいいちごうもの勝入斎しょうにゅうさい輝政てるまさどののお住居すまいに、あかりのはいらぬひとつでもあることは、威信いしんにかかわるとおもわれぬか」
「そんなことはかんがえてみたことがない」
「いや、領下りょうかたみは、そういうところにも、領主りょうしゅ威信いしんかんがえます。それへあかりをれましょう」
「ふむ」
「お天守てんしゅのその一間いちま拝借はいしゃくし、愚僧ぐそう勘弁かんべんのなるまで、武蔵たけぞう幽閉ゆうへいもうしつけるのでおざる。――武蔵左様心得たけぞうさようこころえろ」
 と、もうわたした。
「ははは。よかろう」
 輝政てるまさは、わらっている。
 いつか七宝寺しっぽうじで、どじょうひげ青木丹左あおきたんざむかって、沢庵たくあんのいったことばは、うそではなかった。輝政てるまさ沢庵たくあんとはぜんともであった。
あとで、茶室ちゃしつぬか」
「また、下手へたちゃでござるか」
「ばかをもうせ、近頃ちかごろはずっと上達じょうたつ輝政てるまさ武骨ぶこつばかりでないところを今日きょうせよう。っておるぞ」
 さきって、輝政てるまさおくへかくれる。五尺ごしゃくらない短小たんしょうなうしろ姿すがたが、白鷺城はくろじょういっぱいにおおきくえた。

 くらだ。――かずのといわれる天守閣てんしゅかくたかいところの一室いっしつ
 ここには、暦日こよみというものがない、はるあきもない、また、あらゆる生活せいかつ物音ものおときこえてない。
 ただいっすいともと、それにらさるる武蔵たけぞう青白あおじろほおげたかげとがあるだけであった。
 いまは、大寒だいかん真冬まふゆであろう、くろ天井てんじょうはりいたじきも、こおりのようにえていて、武蔵たけぞう呼吸いきするものが、燈心とうしんひかりしろえる。

孫子曰そんしいわ
地形通ちけいつうずるものあり
かるものあり
ささうるものあり
あいなるものあり
けんなるものあり
とおものあり

 孫子そんし地形篇ちけいへんつくえうえにひらかれていた。武蔵たけぞうは、会心かいしんしょう出会であうと、こえって幾遍いくべん素読すどくをくりかえした。

――ゆえ
へいものうごいてまよわず
げてきゅうせず
ゆえいわ
かれおのれれば
かちすなわちあやうからず
てんれば
かちすなわちまっとうすべし

 がつかれると、みずのたたえてあるうつわって、あらった。燈心とうしんあぶらくとしょくった。
 つくえのそばには、まだやまのように書物しょもつんであった。和書わしょがある。漢書かんしょがある。またそのうちにも、禅書ぜんしょもあるし、国史こくしもあり、かれのまわりはほんまっているといってもよい。
 この書物しょもつは、すべて、はん文庫ぶんこから借用しゃくようしたものである。かれ沢庵たくあんから幽閉ゆうへいもうしつかって、この天守閣てんしゅかく一室いっしつれられたとき沢庵たくあんは、
書物しょもつはいくらでもよ。いにしえ名僧めいそうは、大蔵だいぞうはいって万巻まんがんみ、そこをるたびに、すこしずつこころをひらいたという。おぬしもこの暗黒あんこく一室いっしつを、はは胎内たいないおもい、うま支度したくをしておくがよい。肉眼にくがんれば、ここはただくらかずのだが、よくよ、よくおもえ、ここには和漢わかんのあらゆる聖賢せいけん文化ぶんかへささげた光明こうみょうつまっている。ここを暗黒蔵あんこくぞうとしてむのも、光明蔵こうみょうぞうとしてらすのも、ただおぬしのこころにある」
 と、さとした。
 そして沢庵たくあんったのである。
 以来いらい、もう幾星霜いくせいそうか。
 さむくなればふゆたとおもい、あたたかくなればはるかとおもうだけで、武蔵たけぞうは、まったく月日つきひわすれていたが、今度こんど天守閣てんしゅかく狭間はざまに、つばめかえってくるころになれば、それはたしかに三年目さんねんめはるである。
「おれも、二十一歳にじゅういっさいになる」
 かれは、沈湎ちんめんと、自分じぶんかえりみてつぶやいた。
「――二十一歳にじゅういっさいまで、おれはなにをしてたか」
 慙愧ざんきたれて、びんをそそけてたまま、じっともだえくらしているもあった。
 チチ、チチ、チチ……
 天守閣てんしゅかくひさしうらに、つばめのさえずりがきこえだした。うみわたって、はるたのだ。
 その三年目さんねんめである、ふいに、
武蔵たけぞう、お達者たっしゃか」
 沢庵たくあんがひょっこりがってた。
「おっ……」
 なつかしさに、武蔵たけぞうは、かれ法衣ころもたもとをつかんだ。
いまたびからかえってたのだよ。ちょうど三年目さんねんめじゃ。もうおぬしも、はは胎内たいないで、だいぶほねぐみが出来できたじゃろうとおもってな」
「ご高恩こうおんのほど……なんとおれいをのべましょうやら」
れい? ……。ははは、だいぶ人間にんげんらしい言葉ことばづかいをおぼえたな。さあ、今日きょうよう、光明こうみょういだいて、世間せけんへ、人間にんげんのなかへ」