280・宮本武蔵「空の巻」「銭(7)(8)(9)」


朗読「280空の巻21.mp3」15 MB、長さ: 約 16分 12秒

 あやしみながらひらいてみると、それは石母田外記いしもだげき置手紙おきてがみであった。
 それもたった一行いちぎょう
 当座とうざ御費用ごひよう被成なさるべくそうろう   外記げき
 としかいてない。
 けれどすくなからぬかねである。この一行いちぎょうなにをいっているか。武蔵むさしにはわかるもする。ようするにこれは、伊達政宗だてまさむねばかりでなく、諸国しょこく大名だいみょうがやっているひとつの政策せいさくである。
 有為ゆうい人材じんざいつねかかえておくことはむずかしい。しかし時代じだい風雲ふううんは、愈々いよいよ有為ゆうい人材じんざい要望ようぼうしている。せきはらくずれの浮浪人ふろうにんは、路傍ろぼうちて、ろくあさりあるいているが、さて、これはという人材じんざいきわめてない。あればたちまち、いえ子郎党ころうとう厄介者付やっかいものつきでも、何百石なんびゃくこく何千石なんせんごく高禄こうろくで、すぐくちがついてしまう。
 いざいくさ――というでも、あつまる雑兵ぞうひょうはいくらでもあつまるが、もとめても容易たやすないような人物じんぶつを、いま各藩かくはん血眼ちまなこさがしているのだ。そして、これはとおも人物じんぶつには、なんらかの方法ほうほうで、かなら恩恵おんけいっておく。あるい黙契もっけいをむすんでおく。
 その、大物おおものどころでは、大坂城おおさかじょう秀頼ひでよりが、後藤又兵衛ごとうまたべえ扶持ぶちをやっていることは天下てんか周知しゅうちである。九度山くどやま引籠ひきこもっている真田幸村さなだゆきむらへ、としごとに、大坂城おおさかじょうからどれほどな金銀きんぎん仕送しおくりされているかくらいなことは――関東かんとう家康いえやすでも調しらげているところであろう。
 閑居かんきょしている牢人ろうにんに、そんな生活費せいかつひのいるはずはない。しかし、幸村ゆきむらから、その金銀きんぎんはまた、零細れいさい幾千人いくせんにん生活費せいかつひになってゆくのである。そこには、いくさのあるまで、あそんでくらしている沢山たくさん人間にんげんまちかくれていることはいうまでもない。
 一乗寺下いちじょうじさがまつのうわさから、あといかけて伊達家だてけ臣下しんかが、すぐ武蔵むさし人物じんぶつに、食指しょくしをうごかしたことは当然とうぜんすぎる。――すでにこのかねが、あきらかに、外記げき底意そこい証拠しょうこだてていると間違まちがいはない。
 ――こまったかねである。
 つかえばおんう。
 なければ?
(そうだ、かねたから、まどうのではないか。なければ、ないでもすむものを)
 武蔵むさしはそうおもって、あしもとにちているかねひろあつめ、元通もとどおりに武者修行袋むしゃしゅぎょうぶくろへつつみこんで、
「――では亭主ていしゅ。これをめしだいに、っておいてくれい」
 自分じぶんすさびにった木彫きぼり観世音かんぜおんをそこへすと、茶店ちゃみせ老爺おやじは、今度こんどはなはだしく不平顔ふへいかおで、
「いけませんよ旦那だんな、これやあ、おことわりしますべ」
 と、さない。
 武蔵むさしがなぜ? というと、
「なぜって、旦那だんないま持合もちあわせが一文いちもんもねえとっしゃるから、観音様かんのんさまでもいいといったのじゃが……ればないどころか、あましているほど、おかねってござらっしゃるではねえか。どうか、そんなにせびらかさねえで、おかねはらっておくんなさいまし」
 最前さいぜんから、さけよいをさまして、固唾かたずをのんでいた三名さんめい野武士のぶしは、おやじの抗議こうぎを、もっともだというように、うしろでうなずいていた。

 自分じぶんかねではない――というような弁解べんかいをしてみるのも、この場合ばあいは、いたりである。
「そうか……では仕方しかたがない」
 武蔵むさしは、やむなく一箇いっこ銀片ぎんへんして、おやじのわたした。
「はて、剰銭つりがないが。……旦那様だんなさま、もっとこまかいお鳥目ちょうもくくださいませ」
 武蔵むさしはまた、かね調しらべてみた。しかしつつみは慶長小判けいちょうこばんと、それがいちばんちいさくてやす銀片ぎんぺんであった。
剰銭つりはいらぬ、茶代ちゃだいっておくがいい」
「それは、どうも」
 と、おやじはきゅうってかわる。
 もうをつけたかねなので、武蔵むさしはそれを腹巻はらまきいた。そして、茶店ちゃみせのおやじからきらわれた木彫きぼり観音像かんのんぞうを、もとのように、武者修行袋むしゃしゅぎょうぶくろれて背中せなか背負せおう。
「まあ、あたってかっしゃれ」
 と、おやじはまきをくべしたが、武蔵むさしはそれをしおに、戸外そとた。
 よるはまだふかい。けれどはらごしらえもまずできた。
 夜明よあけまでに、この和田峠わだとうげから大門峠だいもんとうげまで踏破とうはしてしまおうとおもう。ひるならば、このあたりの高原こうげんは、石楠花しゃくなげやりんどうや薄雪草うすゆきそうかずあるらしいが、よるはただびょうとして、真綿まわたのようなつゆっているばかり。
 はなといえば、そらこそ、ほしのお花畑はなばたけともえる。
「おおオいっ」
 立場茶屋たてばぢゃやはなれておよそ二十町にじゅっちょうころである。
「――いま旦那だんなあ、おわすものをなされたぞよ」
 さっき茶店ちゃみせ居合いあわせた野武士のぶしていのなか一人ひとりであった。
 そばけてて、
はやいおあしだの、あんたがってから、しばらくしてからづいたのじゃ。――このおかねは、あんたのものじゃろうが」
 てのひらに、一粒ひとつぶ銀片ぎんぺんをのせて、武蔵むさしせ、それをかえそうといかけてたのだという。
 いやそれは自分じぶんものではあるまいと武蔵むさしはいったが、野武士のぶしていのおとこは、かぶりをって、たしかにあなたが金包かねづつみをおとしたとき、この一片いっぺん土間どますみころがったものにちがいない、ともどしてる。
 かぞえてっているかねではないので、そういわれてみると、そうかもれないと武蔵むさしおもうほかなかった。
 で、れいをいって、それをたもとおさめたが、武蔵むさしは、このおとこ正直しょうじき行為こういが、なぜかすこしも自分じぶん感激かんげきれないことにづいた。
失礼しつれいじゃが、あんたは、武道ぶどうだれまなびなされた」
 ようがすんでからも、おとこらぬはなしをしかけて、そばへついてあるく。それもおかしい。
我流がりゅうですよ」
 と、武蔵むさしは、げっぱなしな語調ごちょうでいう。
「わしも、いまやまこもってこんなわざをしておるが、以前いぜんさむらいでな」
「ははあ」
「さっき居合いあわせたものみなそうじゃ。蛟龍こうりょうときざればむなしくふちひそむでな、みな木樵きこりをしたり、このやまで、薬草採やくそうとりなどして生計たつきをたてているが、時到じいたれば、はち佐野源左衛門さのげんざえもんじゃないが、この山刀やまがたな一腰ひとこしに、ぼろよろいまとっても、ある大名だいみょう陣場じんばりて、日頃ひごろうでふるうつもりじゃが」
大坂方おおさかがたですか、関東方かんとうがたでございますか」
「どっちでもいい。まずやはり旗色はたいろくわわらぬと、一生いっしょうぼうにふるからなあ」
「はははは、おおきに」
 武蔵むさしは、まるで相手あいてにしない。なるべくあし大股おおまたつとめてみたが、おとこもそれにつれて大股おおまたになるのでなんいもない。
 そしてなお、になることには、自分じぶん左側ひだりがわ左側ひだりがわへと、おとここのんでってくるのだった。これは、こころあるものもっとむところの、抜討ぬきうちをかけるとき姿勢しせいである。

 ――だが武蔵むさし兇暴きょうぼう道連みちづれのねらっているその左側ひだりがわを、わざとけて、あまんじて相手あいてうかがわせておいた。
「どうじゃな修行者しゅぎょうしゃ。もしいやでなかったら、おれたちの住居じゅうきょて、今夜こんやとまってゆかないか。……この和田峠わだとうげさきには、大門峠だいもんとうげがある。夜明よあけまでにえるというても、道馴みちなれないものにはどうして大変たいへんだ。これからさきは、みちけわしくなるばかりだし」
「ありがとうぞんじます。おことばにあまえて、めていただきましょうかな」
「そうするがいい、そうするがいい。――だがなにも、もてなしはないぜ」
もとより、からださえよこたえれば、それでいいのでございます。して、お住居すまいは」
「この谷道たにみちから、ひだりほう六町ろくちょうほどのぼったところさ」
「えらい山中さんちゅうにおすまいですな」
「さっきもいったとおり、時節じせつるまで、からかくれて、薬草採やくそうとりをしたり、猟師りょうしわざをまねたりして、あのものたちと三人さんにんしてくらしているのじゃ」
「そういえば、あとのお二人ふたりは、どうなされましたか」
「まだ立場たてばんでいるじゃろう。いつも彼家あすこむといつぶれて、小屋こやまでかついでやくがおれときまっているが、今夜こんやは、面倒めんどうなのでいてた。……おッと、修行者しゅぎょうしゃ、そこのがけりるとすぐ谿川たにがわ河原かわらだ、あぶないからをつけろよ」
彼方むこうへ、わたるのですか」
「ム……そのながれのせまところ丸木橋まるきばしわたって、谿川たにがわづたいに、ひだりのぼってゆく……」
 と、おとこひくがけ途中とちゅうまっている様子ようすだった。
 武蔵むさしは、きもしない。
 そして丸木橋まるきばしわたりかけていた。
 がけ中途ちゅうとからぽんとんだおとこは――いきなり武蔵むさしっている丸木橋まるきばしはしをかけて、かれ姿すがたを、激流げきりゅうなかおとそうとして、げたが、
なにをする?」
 と、かわなかこえにぎょっとしてくびげた。
 武蔵むさしあしは、はしはなれて、飛沫しぶきなかいわうえに、鶺鴒せきれいまったようにっていた。
「――あッ」
 ほうした丸木橋まるきばしはしが、しろ飛沫しぶき途端とたんらした。その水玉みずたまかさまでちないうちに、河中かわなか鶺鴒せきれいはぱっとんでかえって、いわゆるせない間髪かんぱつに、狡智こうちけたその卑怯者ひきょうものなぐった。
 ――こんな場合ばあい武蔵むさしは、った死骸しがいにはもくれなかった。死骸しがいがまだよろめいているうちに、かれけんは、もうつぎなにものかをっている。かれかみは、わし逆毛さかげのようにって、満山皆敵まんざんみなてきるもののようであった。
「…………」
 たして、ぐわあん! と谷間たにまけるようなおと渓流けいりゅうむこがわからとどろいた。
 いうまでもなく、猟銃りょうじゅうたまである。たままさしく、武蔵むさしった位置いちを、ぴゅんととおりぬけ、うしろの崖土がけつちなかもぐった。
 たまつちなかはいったあとから武蔵むさしおなじところへたおれた。そして対岸たいがんさわていると、ほたるみたいなあかいものがチラチラする。
 ――ふたつの人影ひとかげが、そろそろとかわべりまでしてる。
 一足先ひとあしさき冥土めいどった卑怯者ひきょうものは、あと二人ふたり仲間なかまは、立場たてば居酒屋いざかやでのみつぶれているとうそをいったが、さきまわって、せのぐすねいていたのである。
 それも、武蔵むさしかんがえていたとおりであった。
 猟師りょうしだとか、薬草採くすりとりだとかいっていたのは勿論もちろんうそで、このやま巣喰すくぞくであることはうたぐってみるまでもない。
 けれど、さっき、
時節じせつるまで)
 と、途々みちみちいった言葉ことばは、ほんとであろう。
 どんな盗賊とうぞくでも、子孫しそんまで盗賊とうぞくでやってこうとかんがえているもの一人ひとりもあるまい。乱世らんせい方便ほうべんとしての世渡よわたりに、諸国しょこくにはいま山賊さんぞく野盗やとう市盗しとう急激きゅうげきにふえつつある。そして、いざ天下てんか合戦かっせんとなると、これがみなひとかどの錆槍さびやりとボロよろいをかついで、陣借じんがりして、真人間まにんげんかえるのだ。――ただしいかなこの手輩てあいは、ゆききゃくうめいて、時節じせつちながらも時節じせつ度外どがいしている雅懐がかいはないのである。