279・宮本武蔵「空の巻」「銭(5)(6)」


朗読「279空の巻20.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 30秒

 ――ひとよるあゆむ。
 武蔵むさしきだった。
 これはかれ孤独こどく生来せいらいからるものかもれない。自分じぶん跫音あしおとをかぞえ、みみ天空てんくうこえいてくら夜道よみちを、黙々もくもくあるいていると、すべてをわすれて、たのしいのであった。
 人中じんちゅうにぎやかななかにいると、かれのたましいはなぜかひとさみしくなる。さみしい暗夜やみよひとときは、その反対はんたいに、かれこころは、いつもにぎわしい。
 なぜならば、そこでは、人中じんちゅうではこころおもてあらわれないさまざまな実相じっそううかんでくるからであった。世俗せぞくのあらゆるものが冷静れいせいかんがえられるとともに、自分じぶん姿すがたまでが、自分じぶんからはなれて、あかの他人たにんるように、冷静れいせいることができた。
「……オ。える」
 しかし――
 けどもけどもやみ夜道よみちに、ふとひとつの見出みいだすと、やはり武蔵むさしもほっとおもう。
 ひと
 われにかえったかれこころは、人恋ひとこいしさや、なつかしさに、ふるえるほどだった。もうその矛盾むじゅん自分じぶんうているいとまもなく、
「――焚火たきびをたいているらしい。夜露よつゆにぬれたたもとをすこしかわかしてもらおう。ああ、はらもすいた。稗粥ひえがゆなとあらば無心むしんして」
 と、あしはおのずとそのむかっていそいでいる。
 もう夜半よなかであろう。
 諏訪すわたのはよいだったが、落合川おちあいがわ渓橋たにばしえてからはほとんど山道やまみちばかりだった。いちとうげえたが、まださき和田わだ大峠おおとうげ大門峠だいもんとうげが、星空ほしぞらかさなっている。
 そのふたつのやま尾根おねながっているひろさわあたりに、ポチと、えたのである。
 ちかづいてみると、たった一軒いっけん立場茶屋たてばぢゃやだった。ひさしさきには「馬繋うまつなぎ」と棒杭ぼうぐい五本打ごほんうんであり、この山中さんちゅうのしかも深夜しんやに、まだきゃくがあるのか、土間どまのうちからパチパチとのはぜるおとじって、粗野そや人声じんせいれてくる。
「――さて?」
 と、当惑とうわくしたかおつきで、武蔵むさしはその軒端のきばまよった。
 ただの百姓家ひゃくしょうや木樵きこり小屋こやでもあれば、暫時ざんじ休息きゅうそくたのめるし、稗粥ひえがゆ無心むしんぐらいはきいてもくれるであろうが、旅人たびびと相手あいて商売しょうばいしている茶店ちゃみせでは、いっぱいのちゃも、茶代ちゃだいをおかずにつわけにはゆかない。
 どうかんがえても、かねはもう一枚いちまいびたっていないのだ。しかし、あたたかそうなけむりじってれる煮物にもののにおいは、かれえをつよくおもさせて、もう到底とうていないほどだった。
「そうだ、仔細しさいをいって、彼品あれでも、一飯いっぱんあたいかわりにってもらおう」
 そうおもいついた抵当ていとうしなというのは、っている武者修行包むしゃしゅぎょうづつみのなか一品ひとしなだった。
「……ごめん」
 かれがそこへはいるまでには以上いじょうのような当惑とうわくやら苦心くしんのあげくであったが、なかでがやがやいっていた連中れんちゅうには、まったく唐突とうとつ姿すがただったにちがいない。
「……?」
 びっくりしたようにみなだまってしまった。そしてかれ姿すがたを、いぶかしげにまもった。
 土間どまなかおおきな自在鉤じざいかかっている。土足どそくのままかこめるようにつちってあり、なべには、ししにく大根だいこんがふつふつえていた。
 それをさかなに、たる床几しょうぎこしかけて、酒壺さけつぼはいっこみながら、茶碗ちゃわんまわしていた野武士のぶしていのきゃく三人さんにん。――老爺おやじうしきのままいま漬物つけものなにきざみながら、そのきゃくたちと、馬鹿ばかばなしでもしていたらしい。
「なんだ?」
 老爺おやじかわって、そういったのは、なかでものするどい、五分ごぶ月代さかやきおとこだった。

 猪汁ししじるのにおいや、このいえあたたかいにつつまれると、武蔵むさし飢渇きかつは、もういっときもしのべなくなった。
 居合いあわせた野武士のぶしていのおとこが、なにかいったが、それにこたえもせず、ずっととおって、いている床几しょうぎすみめ、
「おやじ、湯漬ゆづけでもよい、はやくめし支度したくしてくれい」
 亭主ていしゅ冷飯ひやめし猪汁ししじるはこんでて、
どおしで、とうげをおえなされますか」
「ウム、夜旅よたびじゃ」
 武蔵むさしはもうはしっている。
 猪汁ししじる二杯目にはいめって、
「きょうの昼間ひるま奈良井ならい大蔵だいぞうというものが、一名いちめいわらべれて、とうげえてかなかったであろうか」
「さあ、ぞんじませんなあ。――藤次とうじどのや、ほかしゅうのうちで、そんなたびものかけたものはございませんか」
 おやじが、土間炉どまろ鍋越なべごしにたずねると、くびせて、ったりささやいたりしていた三名さんめいは、
らねえ」
 にべもなくみなかおった。
 武蔵むさし満腹まんぷくして、ひとわんをのみほし、からだあたたまるとともに、さて食事しょくじあたいがかりになった。
 最初さいしょに、事情わけげて、それからにすればよかったが、ほか三名さんめいきゃくんでいるし、慈悲じひうつもりでもないので、さきはらこしらえてしまったが、もし亭主ていしゅがききれてくれなかったらどうしよう。
 そのときには、かたなこうがいでも――とおもいきめて、
「おやじ、まこと相済あいすまぬたのみだが、じつは、鳥目とりめ一銭いちせんあわせておらぬ。――ともうしても、無心むしんたのむわけではない、此方このほうあわせておる品物しなものを、そのあたいとしてっておいてくれまいか」
 いうと、案外気あんがいきやすく、
「ええ、よろしゅうござりますとも。――したが、そのおしなとは、なんでございますな」
観音像かんのんぞうじゃ」
「え、そんなものを」
「いや、なにがしさくというようなしなではない。拙者せっしゃたびのつれづれに、うめ古木ふるき小刀こがたなりでったちいさい坐像ざぞう観世音かんぜおん一飯いっぱんあたいにはらぬかもしれぬが……。まあ、てくれい」
 っている武者修行包むしゃしゅぎょうづつみのむすきかけると、むこがわにいる三名さんめい野武士のぶしたちは、さかずきわすれてみな武蔵むさし凝視ぎょうししていた。
 武蔵むさしは、つつみをひざにのせた。それは雁皮がんぴ紙縒こより渋汁しぶいた一種いっしゅいとで、ふくろのようにんだものである。武者修行むしゃしゅぎょうしてあるものみな、そのふくろへ、大事だいじものめてっているが、武蔵むさしつつみのなかには、今彼いまかれのいった木彫きぼり観音かんのんと、一枚いちまい肌着はだぎまずしい文房具ぶんぼうぐしかはいっていなかった。
 編袋あみぶくろ一方いっぽうって、武蔵むさしはそれをうごかした。すると、なかからずしりと、土間どまころがったものがある。
「……やっ?」
 これは、茶屋ちゃやのおやじとまた、むこがわにいた三名さんめいくちからこえだった。――武蔵むさし自分じぶん足元あしもとおとしたまま、ただ唖然あぜんたるかおでしかない。
 かねつつみである。
 慶長小判けいちょうこばんぎん金色こんじきのかねが、そこらまでらばった。
(――だれかね?)
 と、武蔵むさしおもった。
 四人よにんも、そううたぐっているらしく、いきをのんで、土間どまかねへ、うばわれていた。
 武蔵むさしは、もう一度武者修行袋いちどむしゃしゅぎょうぶくろってみた。すると、かねうえへ、さらにまた、一通いっつう書面しょめんがこぼれた。