31・宮本武蔵「地の巻」「三日月茶屋(3)(4)」


朗読「地の巻31.mp3」13 MB、長さ: 約9分28秒

 ここをくだれば、もう播州ばんしゅう龍野たつのから斑鳩いかるがへもほどちかい。
 だが、夏隣なつどなりのみじかくないも、もうれかけていた。三日月茶屋みかづきぢゃや一息入ひといきいれていたお杉隠居すぎいんきょは、
龍野たつのまでは、ちと無理むり今夜こんやは、新宮しんぐうあたりの馬方宿うまかたやどで、くさ蒲団ふとんることかいの」
 と、茶代ちゃだいをおく。
「どれ、まいろう」
 と、権六ごんろくは、ここでもとめたあたらしいかさってったが、
「おばば。ちょっと、たれい」
なんじゃ」
竹筒たけづつへ、うら清水しみずれてるで――」
 茶屋ちゃやうらまわって、権六ごんろくは、かけひみず竹筒たけづつんだ。――そしてもどりかけたが、ふと、窓口まどぐちから、薄暗うすぐらへやなかをのぞいて、あしをとめた。
病人びょうにんか?」
 だれか、わらぶとんをかぶってているのである。くすりのにおいがつよくする。かおは、ふとんへめているのでよくわからないが、黒髪くろかみまくらにみだれかかっていた。
権叔父ごんおじよ。はようぬか」
 ばばのよぶこえに、
「おい」
 けてゆくと、
「なにをしていなさる」
 と、ばばは、不機嫌ふきげんだ。
なにさ、病人びょうにんがいるらしいで」
 権六ごんろくあゆしながらいいわけすると、
病人びょうにんが、なんでめずらしい。どものような道草みちくさするひとじゃ」
 と、ばばしかりつける。
 権六ごんろくも、本家ほんけのこの隠居いんきょには、あたまがらないものとみえ、
「は、は、は」
 と、磊落らいらくにごまかしてしまう。
 茶屋ちゃやまえから、みちは、播州路ばんしゅうじむかって、かなりきゅうさかである。銀山ぎんざんがよいの荷駄にだ往来おうらいあらすので、雨天うてんのひどい凸凹でこぼこがそのままにかたまっている。
「ころぶなよ、おばば」
なにをいやる、まだ、こんなみちに、いたわれるほど、ばばは、耄碌もうろくしておらぬわいの」
 すると、二人ふたりうえから、
「おとしより、元気げんきでございますなあ」
 と、だれかいう。
 ると、茶屋ちゃや亭主ていしゅだった。
「おう、いまほどは、お世話せわになった。――何処どこへおかけか」
龍野たつのまで」
「これから? ……」
龍野たつのまでかねば医者いしゃはございませぬでの。これから、うまむかえてても、かえりは夜中よなかになりますわい」
病人びょうにんは、御家内ごかないか」
「いえいえ」
 亭主ていしゅは、かおをしかめ、
かかや、自分じぶんなら、為方しかたもないが、ほんの床几しょうぎやすんだたびものでな、災難さいなんでござりますわ」
先刻さっき……じつ裏口うらぐちからちょっとかけたが……たびものか」
わか女子おなごでな。みせさきにやすんでいるに、悪寒さむけがするというので、ててもおけず、おく寝小屋ねごやしておいたところ、だんだんねつがひどうなって、どうやらむつかしい様子ようすなのじゃ」
 お杉隠居すぎいんきょは、あしをとめて、
「もしやその女子おなごは、十七じゅうななぐらいの――そして、ッそりしたむすめじゃないか」
左様さよう。……宮本村みやもとむらものだとはもうしましたが」
権叔父ごんおじ
 と、お杉隠居すぎいんきょは、くばせをして、きゅうに、おび指先ゆびさきでさぐりながら、
「しもうたことした」
「どうなされた」
数珠じゅずをな、茶屋ちゃや床几しょうぎへ、わすれたらしい」
「それはそれは。てまえが、ってまいりましょう」
 と、亭主ていしゅはしりかけると、
「なんのいの、おぬしは、医者いしゃいそ途中とちゅう病人びょうにん大事だいじじゃほどに、さきんでくだされ」
 権叔父ごんおじは、もとみちを、もう大股おおまたさきもどっていた。茶屋ちゃや亭主ていしゅいやって、おすぎあとからいそいでゆく。
 ――たしかにおつう
 ふたりの呼吸いきあらくなっていた。

 大雨おおあめたれてえこんだあのばんからの風邪熱かぜねつなのである。
 とうげ武蔵たけぞうわかれるまでは、それもわすれていたが、かれたもとわかってあるきだしてからもなく、おつうは、からだじゅうが痛懶いただるくなって、この三日月茶屋みかづきぢゃやおく臥床ふしどりてよこたわるまでのつらさは一通ひととおりではなかった。
「……おじさん……おじさん……」
 みずがほしいのであろう、囈言うわごとのようにらしている。
 みせをしめると、亭主ていしゅは、医者いしゃむかえにったのだ。たったいま彼女かのじょ枕元まくらもとをのぞいて、かえってるまで辛抱しんぼうしておいで――といったのを、おつうは、もうわすれているほどな高熱こうねつらしい。
 くちかわく。いばらのトゲをほおばってるように、ねつしたす。
「……みずをくださいな、おじさん……」
 ついに、して、おつうは、ながもとのほうへくびをのばした。
 水桶みずおけそばまで、やっとった。そして竹柄杓たけびしゃくをかけたときである。
 ガタと、何処どこかで、たおれた。もとより戸閉とじまりなどはない山小屋やまごやである。三日月坂みかづきざかからかえしてたばばと権六ごんろくは、そこからのそのそはいってて、
くらいのう、権叔父ごんおじ
たっしゃれ」
 土足どそくのまま、のそばへた。そしてひとつかみのしばべて、そのあかりに、
「あっ……おらぬぞ。ばば」
「えっ?」
 ――だが、おすぎはすぐ、ながもとすこひらいているのをつけ、
そとじゃ」
 と、さけんだ。
 そのかおへ、ざっと、みずはいっている水柄杓みずびしゃくげつけたものがある、おつうだった、かぜなかとりのように、途端とたんに、たもとすそひるがえして、茶屋前ちゃやまえ坂道さかみちを、さかさまに、はしってく――
畜生ちくしょうっ」
 おすぎ軒下のきしたまでして、
権叔父ごんおじよっ、なにしているのじゃ」
げたか!」
げたかもないものよ、こなたが間抜まぬけゆえ、さとられてしもうたのじゃわ。――あれっ、はよう、どうかせぬかいの」
「あれか」
 くろく――さかしたをまるで鹿しかのようにげてゆくかげをのぞんで、
大事だいじはない、さき病人びょうにん、それにほどれた女子おなごあしいついて、一討ひとうちに」
 すと、おすぎも、うしろからけつづいて、
権叔父ごんおじよ、一太刀浴ひとたちあびせるはよいが、くびばばうらみをいってからりますぞい」
 そのうちに、さきはしっている権六ごんろくが、
「しまった」
 大声おおごえはなって振向ふりむいた。
「どうしたぞ」
「この竹谷たけだにへじゃ――」
おどりこんだか」
たには、あさいが、くらいのが閉口へいこうじゃわ。茶屋ちゃやへもどって、松明たいまつなどってねば」
 孟宗竹もうそうだけがけぶちからのぞきこんで、ためらっていると、
「ええ、なに悠長ゆうちょうな!」
 と、おすぎ権叔父ごんおじなかをきとばした。
「あっ」
 ――ザザザッと、笹落葉ささおちばがけすべってったおおきな足音あしおとが、やがて、はるやみしたまると、
「くそばば。なに無茶むちゃしやるぞっ。われはやりてうっ!」