277・宮本武蔵「空の巻」「銭(1)(2)」


朗読「277空の巻18.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 03秒

ぜに

 をさますと、武蔵むさしはすぐおもす。――おつうはどうしたろう。また、城太郎じょうたろうはどこをあるいているだろう。
「やあ昨夜さくやは」
 と、あさぜんで、石母田外記いしもだげきかおをあわせる。わすれるともなくはなしまぎれて、やがて旅籠はたごいでると、この二人ふたりも、中山道なかせんどう往還おうかんする旅人たびびとながれのなかじってく。
 武蔵むさしは、そのながれに、えず無意識むいしきのうちにもをくばっていた。
 ひとうし姿すがたにも、はっとして、
(もしや?)
 と、すぐそれかとおもう。
 外記げきがついたのか、
誰方どなたか、おれでも、おさがしかの」
 と、く。
「さればです」
 と、武蔵むさしいつまんで事情わけはなし、江戸えどまいるにしても、途々みちみち、その二人ふたり安否あんぴこころがけてきたいから、ここでべつなみちりたいと、それをしおに、夜来やらいれいをのべてわかれかけた。
 外記げきは、残念ざんねんそうに、
折角せっかくよい道連みちづれとぞんじたが、それではぜひもござらぬ。――したが、昨夜さくや諄々くどくどはなししたが、ぜひ一度いちど仙台せんだいほうへおしください」
かたじけのぞんじます。――おりもあらばまた」
伊達だて士風しふうていただきたいのじゃ。さもなくば、さんさ時雨しぐれくつもりでおざれ。うたもいやならば、松島まつしま風光ふうこうでにわたらせられい。おもうすぞ」
 そういって、一夜いちやともは、すたすたと和田峠わだとうげほう一足先ひとあしさきってしまった。なんとなくこころひかれる姿すがただった。そして武蔵むさしこころのうちで、いつか、伊達だて藩地はんちたずねてみようとその時思ときおもった。
 その時代じだい、こういう旅人たびびと出会であうことは、武蔵むさしばかりでなかったろう。なぜならば、まだ明日あすをもれぬ天下てんか風雲ふううんである。諸国しょこく雄藩ゆうはんしきりと人物じんぶつもとめている。路傍ろぼうからよい人物じんぶつ見出みいだしてって、主君しゅくん推挙すいきょすることは、家臣かしんとして、おおきな奉公ほうこうひとつだからであった。
旦那だんな旦那だんな
 うしろでだれびかける。
 一度和田いちどわだほうへかかりながら武蔵むさしがまた、あしめぐらして、下諏訪しもすわ入口いりぐちへもどり、甲州街道こうしゅうかいどう中山道なかせんどうのわかれにって、思案しあんにくれていると、その姿すがたかけて宿場人足しゅくばにんそくたちのこえなのである。
 宿場人足しゅくばにんそくといっても、荷持にもちもあれば馬曳うまひきもあるし、これから和田わだへかけてはのぼりなので、きわめて原始的げんしてき山駕やまがかごかきもいる。
「――なにか?」
 と、武蔵むさしはふりかえった。
 その姿すがたを、無作法ぶさほうまわしながら、人足にんそくたちは木像蟹もくぞうがにのようなうでんでちかづいてた。
旦那だんなあ。さっきからおれをさがしている様子ようすだが、おれは別嬪べっぴんですかえ。それともおともでもおあんなさるかね」

 たせる荷物にもつもないし、山駕かごやともない。
 武蔵むさしはうるさくておもって、
「いや……」
 と、くびったのみで、黙々もくもくと、人足にんそくたちのれをはなれて、あゆみかけたが、彼自身かれじしんまだ、
西にしせんか? ひがしせんか?)
 こころまよっている姿すがただった。
 一度いちどは、何事なにごと天意てんいにまかせて、自分じぶん江戸表えどおもてへと、こころにきめたが、やはり城太郎じょうたろうをふとかんがえ、おつうおもうと、そうもかない。
(そうだ、きょう一日いちにちだけでも、この附近ふきんたずねてみよう。……もしそれでもれなければ、ひとまずあきらめてさきつとして)
 かれかんがえがきまったとき
旦那だんな、もしやなにか、おさがしになることでもあるなら、どうせあっしらは、こうしてなたぼッこしてあそんでいるのでございますから、お指図さしずなすっておくんなさいまし」
 また、って人足にんそく一人ひとりがいうと、ほかものも、
駄賃だちんなんざあ、いくらくれとはもうしません」
一体いったいさがしになっているのは、お女中じょちゅうでござんすか、ご老人ろうじんですかえ」
 あまりいうので、武蔵むさしも、
じつは――」
 と仔細しさいはなして、だれか、そんな少年しょうねんわかおんなを、この街道筋かいどうすじかけたものはないかとくと、
「さあ?」
 と、かれらはかお見合みあわせ、
だれもまだ、そんなおひとは、かけねえようですが、なあに旦那だんな、こちとらが手分てわけをして、諏訪すわ塩尻しおじり三道さんどうにかけて、さがすとなれやあ造作ぞうさアありませんぜ。誘拐かどわかされた女子おなごだって、みちのねえところえてゆくはずはなし、そこはじゃみちはヘビってもんで、まわるにも、土地とちあかるいこちとらでなけれやあわからねえあながございますからね」
「なるほど」
 武蔵むさしはうなずいた。おおきにそれは理窟りくつがある。土地とちにも不案内ふあんない自分じぶんが、いたずらにあるいてみたり焦躁しょうそうするよりは、こういうやから使つかえばたちまち、二人ふたり消息しょうそくわかるかもれない。
「――ではたのむ、ひとつ其方そのほうたちので、さがしてくれまいか」
 率直そっちょくにいうと、人足にんそくたちは、
「ようがす」
 と、一斉いっせいにひきけてから、しばらくがやがや手分てわけの評議ひょうぎをしていたが、やがて一名いちめい代表者だいひょうしゃまえて、揉手もみでをしながら、
「ええ、旦那だんなえ。エヘヘヘ、まこともうしかねますが、なにしろ裸商売はだかしょうばい、こちとらあまだ、朝飯あさめしべておりません。夕方ゆうがたまでにゃあ、きっと、おたずねのおひとめますから、半日はんにち日雇ひやとちんと、わらじぜにとを、ちっとばかりやっておくんなさいませんか」
「おう、もとよりのこと」
 武蔵むさし当然とうぜんおもって、まずしい路銀ろぎんをかぞえてみたが、かれ要求ようきゅうするがくには、その全部ぜんぶをはたいてもりなかった。
 武蔵むさしかね貴重きちょうなことをひとよりもみてっている。なぜならば、孤独こどくである。またたびにばかりくらしているから。――しかし武蔵むさしはまた、かね執着しゅうちゃくったことがない。それは、孤独こどくかれには、だれ扶養ふようする責任せきにんもない。その身一みひとつは、てら宿やどり、し、ときには知己ちき清浄しょうじょうめぐまれ、なければべずにいても、そう痛痒つうようにはかんじない。――そのうちになんとかなってたのが今日きょうまでの流浪生活るろうせいかつつねであった。
 かんがえてみると、ここまで道中どうちゅうついえも、一切いっさいつうてくれたのだった。おつうは、烏丸家からすまるけから莫大ばくだい路銀ろぎんめぐまれ、それをもって、道中どうちゅう経済けいざいをしていたうえ武蔵むさしへもなにがしかのかねけて、
(おちになっていらっしゃいまし)
 と、わたしてくれたものだった。
 そのおつうからもらった全部ぜんぶを、武蔵むさし人足にんそくたちに皆渡みなわたして、
「これでよいか」
 といった。人足にんそくたちは、てのひらぜにって、
「ようがす。けておきましょう。――じゃあ旦那だんなは、諏訪すわ明神みょうじん楼門ろうもんでおちなすっていておくんなさい。ばんまでにゃ、きっと、いおらせをいたしますから」
 と、蜘蛛くもみたいにらかってった。