30・宮本武蔵「地の巻」「三日月茶屋(1)(2)」


朗読「地の巻30.mp3」14 MB、長さ: 約10分33秒

三日月茶屋

「おばば。――おばばッ」
 まご丙太へいただった。
 跣足はだしで、そとからんでかえってると、あお鼻汁はなよこにこすって、
「たいへんだがな、おばば、らんのけ。なにしてるんや」
 と、台所だいどころをのぞいてわめいた。
 かまどのまえに、火吹竹ひふきだけっていていたお杉隠居すぎいんきょは、
「なんじゃ、仰山ぎょうさんな」
むらものが、あんなにさわいでいるに、おばば、めしなどいているんか。――武蔵たけぞうめが、げたのを、らんのやろ」
「えっ。――げた?」
今朝けさンなったら、武蔵たけぞうめが、千年杉せんねんすぎのうえにえんのや」
「ほんまか」
「おてらではおてらで、おつうねええんいうてでかいさわぎだぞい」
 丙太へいたは、自分じぶんらせが、予想以上よそういじょうに、おばばの血相けっそう物凄ものすごかわらせたので、びっくりしたように、ゆびんでいた。
丙太へいたよ」
「あい」
れ、ぱしって、分家ぶんけんちゃまをんでう。河原かわはら権叔父ごんおじにも、すぐてくれというてるのじゃ」
 お杉隠居すぎいんきょこえはふるえていた。
 だが――丙太へいたが、もんないうちに、本位田家ほんいでんけおもてには、がやがやとひとあつまっていた。そのなかには、分家ぶんけむこも、河原かわはら権叔父ごんおじじっていたし、また、ほかの縁類えんるい小作人こさくにんなどもいて、
「おつう阿女あまがしたのやろ」
沢庵坊主たくあんぼうずも、姿すがたえぬ」
「ふたりの仕業しわざじゃ」
「どうしてくれよう」
 すでに、分家ぶんけむこや、権叔父ごんおじなどは、先祖伝来せんぞでんらいやりをかかえて、本家ほんけもんに、悲壮ひそうあつめているのだった。
 そして――
「おばば、いたか――」
 と、おくへいう。
 お杉隠居すぎいんきょは、さすがに、この大事だいじ事実じじつわかると、こみあげる怒気どきおさえて、仏間ぶつますわっていたが、
「――今参いままいるまで、しずかにしていやい」
 と、そこからいって、なに黙祷もくとうしたあと悠々ゆうゆうと、刀箪笥かたなだんすをあけたり、衣裳いしょうあしごしらえをしてみなまえた。
 みじか脇差わきざしおびにさし、草履ぞうりあしにしばっているので、人々ひとびとはこのきかない老婆としよりがもうなに決意けついしているか、よくわかった。
「――さわぐことはない、ばばが、追手おってとなって不埒ふらちよめを、成敗せいばいしてますわいの」
 のこのこ、あるすので、
「おばばまで、くからには」
 と、親類しんるい小作こさくも、いきりって、この悲壮ひそう老婆としより大将たいしょうとし、途々みちみちぼう竹槍たけやりなどをひろって、中山峠なかやまとうげってった。
 しかし、すでにおそい。
 このひとたちが、とうげいただきへかかったのは、もうひるちかかった。
いっしたか」
 と一同いちどうは、だんだをんで無念むねんがった。
 それのみでなく、ここは国境くにざかいなので、役人やくにんて、
徒党ととうんで通行つうこうまかりならぬ」
 と、往来おうらいはばめた。
 それにたいしては、権叔父ごんおじ対応たいおうて、事情わけはなし、
「これをておいたでは、われらとお先祖以来せんぞいらい面目めんぼくにかかわり、むらものよりはわらいいぐさとなり、本位田家ほんいでんけは、御領下ごりょうかにもいたたまれぬことに相成あいなりますので。――なにとぞ、武蔵たけぞう、おつう沢庵たくあん三名さんめいちとるところまで、通行つうこうおゆるしねがいたい」
 と、こっちでは、頑張がんばった。
 理由りゆうめるが、しかし法令ほうれいがゆるさぬ、と役人側やくにんがわではだんじていう。もっとも、姫路城ひめじじょうまでうかがいをして許可きょかのうえなら格別かくべつだが、それではさきとおったものは、とお藩地はんちそとてしまっているから、それでは無駄むだ沙汰さたというほかはない。
「では――」
 と、お杉隠居すぎいんきょは、親類一同しんるいいちどうと、合議ごうぎのうえでれてた。
「このばばと、ごん叔父おじ二人ふたりならとおるもかえるも、さしつかえはおざるまいの」
五名ごめいまでなら、勝手かってじゃ」
 役人やくにんは、いった。
 お杉隠居すぎいんきょは、うなずいて、意気いきまくほか人々ひとびとへ、悲壮ひそうわかれをげようとするらしく、
みなもの
 と、草叢くさむらびあつめた。

「こういう手違てちがいも、いえときから、あらかじめ、覚悟かくごのうちにあったことよ。なにも、あわてるにはおよばぬわいの」
 お杉隠居すぎいんきょのそういううすくちびると、ぐきのているおおきな前歯まえばを、一族いちぞくものは、厳粛げんしゅくに、ならんでまもっていた。
「このばばはの、もう、いえ伝来でんらい一腰刀ひとこしびてまえに、ちゃんとご先祖様せんぞさまのお位牌いはいへ、おわかれをげ、ふたつのおちかいをしてまいった――それは、家名かめいどろった不埒ふらちよめ成敗せいばいすること。もひとつは、せがれ又八またはち生死せいしをたしかめ、いきてこのにいるものなら、くびなわをつけてもかえって、本位田家ほんいでんけ家名かめいをつがせ、ほかから、おつう何倍なんばいまさるとておとらないほどなよいよめをむかえ、むらものへもれがましゅう、きょうの名折なおれをそそがにゃならぬ」
「……さすがは」
 と、大勢おおぜい縁者えんじゃのうちで、だれか、うめくようにらした。
 おすぎは、分家ぶんけむこかおへ、じろりと、をやって、
「ついては、わしと、河原かわはら権叔父ごんおじとは、どっちゃも、まあ隠居身分いんきょみぶん。ふたつの大望たいぼうはたすまで、一年いちねんかかるか三年さんねんかかるか、巡礼じゅんれいいたすつもりで、他国たこくめぐってまいろうとおもう。留守中るすちゅうには、分家ぶんけむこ家長かちょうて、飼蚕かいこおこたるまいぞ、はたけくさやすまいぞよ。よいかの、みなもの――」
 河原かわはら権叔父ごんおじ五十ごじゅうちかいし、お杉隠居すぎいんきょ五十ごじゅうをこえている。万一まんいち武蔵たけぞうにでも出会であったら、ひとたまりもなくかえちにあうにっている。――だれかもう三人さんにんほどわかものいてっては――というものもあったが、
「なんのい」
 と、ばばくびっていう。
武蔵武蔵たけぞうたけぞうというが、あかにすこしえたような餓鬼がき一人ひとりなにおそれることがあろうぞ。ばばには、ちからはないが、智謀ちぼうというものがあるぞよ。また、一人ひとり二人ふたりてきならば、ここ――」
 と、自分じぶんくちびるへ、ひとさしゆびてて、なに自信じしんありげにいった。
「いいしたら、あとへは退かぬおばばのことじゃ、それでは、になされ」
 と、はげまして、もう一同いちどうめようとはしなかった。
「さらばじゃ」
 河原かわはら権叔父ごんおじかたをならべ、おすぎは、中山越なかやまごえを、ひがしりた。
「おばば。――しっかりやらっしゃれのう」
 縁者えんじゃたちは、とうげからって、
んだら、すぐに、むら使つかいをてなされよっ――」
「はよう、元気げんきでもどらっしゃれ――」
 口々くちぐちに、わかれをおくった。
 そのこえが、きこえなくなると、
「のう権叔父ごんおじ。どうせ、わかものより、さきじゃ。こころやすいではないかの」
 権叔父ごんおじは、
「そうとも、そうとも」
 と、うなずいた。
 この叔父おじは、いまでこそ、狩猟かりをして生活たつきをたてているが、わかいうちは、なかそだった戦国武者せんごくむしゃてだ。いまでも頑丈がんじょうほねぐみをつつんでいる皮膚ひふには、戦場せんじょうけのいろのこっている。かみも、ばばほどはしろくない。せい淵川ふちかわ権六ごんろくという。
 いうまでもなく、本家ほんけ息子むすこ又八またはちは、おいにあたるので、この叔父おじが、こんどの事件じけんたいして、関心かんしんをもたないでいるはずはない。
「おばば」
「なんじゃい」
「おぬしは、覚悟かくごして、旅支度たびじたくもしてたろうが、わしはふだんのままじゃ。どこかで足拵あしごしらええをせにゃならんが――」
三日月山みかづきやまくだると、茶屋ちゃやがあるわいの」
「そうそう、三日月茶屋みかづきぢゃやまでゆけば、わらじもあろう、かさもあろう」