274・宮本武蔵「空の巻」「一夕の恋(1)(2)」


朗読「274空の巻15.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 32秒

一夕いっせきこい

 どうもいたむ……。
 中心ちゅうしんれてすこ肋骨ろっこつにかかっている。夢想権之助むそうごんのすけからうけたじょういたみである。
 ふもとか、上諏訪かみすわのあたりにあしをとめて、城太郎じょうたろう姿すがたさがし、おつう消息しょうそくらねばならぬとおもうのであったが、なんとなくえない。
 かれは、下諏訪しもすわまであしばした。下諏訪しもすわまでけば温泉がある。そうおもってからきゅうすぐあるいたのである。
 湖畔こはんまちは、町屋千軒まちやせんけんといわれていた。本陣ほんじんまえ屋根やねのある風呂小屋ふろごやいっ所見しょみえたが、あと往来おうらいばたにあって、だれ入浴はいろうとあやしむものはない。
 武蔵むさしは、着物きもの立木たちきえだけ、大小だいしょうくくけた。そして、野天風呂のてんぶろひとつにからだけて、
「ああ」
 と、いしまくらに、をふさいだ。
 今朝けさからかわぶくろのようにこわばっていたを、そうしてなかんでいると、ねむくなるようなこころよさが血管けっかんめぐってくる。
 かたむきかけている。
 漁師りょうしいえでもあろうか。湖畔こはんいえいえあいだからえる水面すいめんには、茜色あかねいろ淡靄うすもやって、それも皆湯みなゆのようにかんじられる。三枚さんまいはたけへだてたすぐそこの往来おうらいには、うま人間にんげんくるま物音ものおと頻繁ひんぱんであった。
 と――そのへんあぶら荒物あらものっているささやかな店先みせさきで、
草鞋わらじ一足いっそくくれぬか」
 と床几しょうぎりうけて、足拵あしごしらえをなおしているさむらいがいっているのである。
「うわさはこのへんへもきこえておろう。京都一乗寺きょうといちじょうじさがまつで、吉岡方よしおかがた大勢おおぜい一身いっしんにうけ、近頃ちかごろではめずらしい、よい試合しあいぶりをしたおとこだ。たしかにとおったにちがいないが、づかなかったかの」
 塩尻峠しおじりとうげえるともなくから、往来おうらいいてあるいているれい武家ぶけであった。そのくせ、そうよくはらないとえて、われたものから、服装ふくそう年頃としごろなどを反問はんもんされると、
「さあ、そのほどは」
 と、あいまいなのである。
 しかし、なんようがあるのか、熱心ねっしん熱心ねっしんで、そこでもかけないという返辞へんじくと、ひどく落胆らくたんして、
なんとか、いたいものだが……」
 と、草鞋わらじをくくりえても、まだ愚痴ぐちのように繰返くりかえしている。
 自分じぶんのことではないか。
 武蔵むさしは、畑越はたけごしに、なかからその武家ぶけとくていた。
 旅焦たびやけのしている皮膚ひふ――四十しじゅうぐらいな年配ねんぱい――牢人ろうにんではない主持しゅもちである。
 かさ紐癖ひもぐせでそそけているのかもれないが、小鬢こびんあらって、これが戦場せんじょうったら、武者面むしゃづらのほどもしのばれる骨柄こつがらである。はだかにしたらよろいずれや具足ぐそくだこできたかれているからだだろうともおもわれる。
「はて……おぼえがないが」
 かんがえているに、武家ぶけってしまった。吉岡よしおかくちにしたところからて、ことによったら、吉岡よしおか遺弟いていではあるまいかなどともおもってみる。
 あれだけの門下もんかのうちだ。気骨きこつのある人間にんげんもいよう。奸計かんけいをめぐらして、復讐ふくしゅうしようとつけねらっているものがないとはいえない。
 からだき、衣服いふくけて、武蔵むさしがやがて往来おうらい姿すがたあらわすと、何処どこからか最前さいぜん武家ぶけが、
「おたずもうすが」
 と、ふいにかれまえ会釈えしゃくして、しげしげとかおながらいった。
「もしや尊公そんこうは、宮本殿みやもとどのではござるまいか」

 不審顔ふしんがおに、武蔵むさしがただうなずくと、かれただしたその武家ぶけは、
「やあ、さてこそ」
 と、自分じぶん六感ろっかん凱歌がいかをあげて、また、さもさもなつかしげに、
「とうとうおにかかることが出来でき大慶至極たいけいしごく。……いやなにかしら、今度こんどたびでは、何処どこかでおにかかれるような気持きもちが、はじめからいたしておった」
 と、ひとりでよろこんでいる。
 そして武蔵むさしが、なにいとまもなく、とにかく今夜こんやはご迷惑めいわくでも同宿どうしゅくねがいたいといい、
「さりとて、けっして不審ふしんものではござらぬ。こうもうしては、烏滸おこのようなれど、いつも道中どうちゅうには、とも者十四ものじゅうし五名ごめいれ、うま一頭いっとうかせてある身分みぶんものでござる。ねんのため名乗なのもうすが、奥州青葉城おうしゅうあおばじょうあるじ伊達だて政宗公まさむねこう臣下しんかで、石母田外記いしもだげきというものでござる」
 とつけした。
 にまかせてともなわれてゆくと、外記げき湖畔こはん本陣ほんじんとまりをめ、とおるとまず、
風呂ふろは」
 と、自分じぶんたずねながら、すぐ自分じぶんして、
「いや、尊公そんこうはもう、野天風呂のてんぶろでおすみじゃな。では失礼しつれいして」
 と、旅装りょそうき、気軽きがる手拭てぬぐいって、ってしまう。
 おもしろそうなおとこではある。しかし武蔵むさしにはまだわかっていない。一体いったいなんであんなに自分じぶんあとたずね、自分じぶんしたしみをっているのか?
「おつれさまも、お召替めしかえなさいませぬか」
 と、宿やどおんなが、してかれへすすめる。
「わしはらぬ。都合つごうによっては、ここへとまるかとまらぬか、まだわからぬのだから――」
「おや、左様さようでございますか」
 はなしてあるえんて、武蔵むさしはようやくれてきた湖水こすいひとみをやり、そのひとみに、またふと、
「どうしたか?」
 と物思ものおもわしく、彼女かのじょかなしむとき睫毛まつげなどを、えがいていた。
 うしろで女中じょちゅうぜんをすえている物音ものおとしずかにする。やがて燈火あかりからす。そしててすりまえのさざなみは、ているうちに濃藍のうらんからくらになってゆく。
「……はてな、このみちたのは、方角ほうがくちがえたのではないか。おつう誘拐かどわかされたという。おんな誘拐かどわかほどわるやつが、こんな繁華はんかまちへさしかかるわけはない」
 そんなことをかんがえたりしていると、みみ彼女かのじょすくいをよぶこえきこえるようながする。何事なにごと天意てんいだと達観たっかんしていながら、すぐてもってもいられない心地ここちがしてくる。
「いや、どうも、おおきに失礼しつれいつかまつった」
 石母田外記いしもだげきもどってた。
「さ、さ」
 と早速さっそくぜんまえへ、着座ちゃくざをすすめたが、自分じぶんだけの姿すがたづいて、
尊公そんこうも、どうぞ、お着替きがえくだされい」
 と、っていう。
 それを武蔵むさしも、って固辞こじして、つね樹下石上じゅかせきじょうのおきふしにれているるにもこのままの姿すがたあるくにもこのままの姿すがた、それでなかなかくつろげもすれば窮屈きゅうくつでもございませぬとこたえると、
「いや、それよ」
 と、外記げきひざたたいて、
政宗公まさむねこうのおこころがけは、行住坐臥ぎょうじゅうざが、やはりそこにござる。かくもあろうおひととはおもっていたが、ウウムさすがは」
 と、燈火とうかよこにうけている武蔵むさしかおを、あなのあくほど見惚みほれているのだった。
 そしてわれにかえると、
「いざ。おちかづきに」
 と、さかずきあらって、これからのよるこころゆくまでたのしもうとするもののように、慇懃いんぎんいっこんける。
 辞儀じぎだけして、ひざにおいたまま、武蔵むさしはじめてたずねた。
外記殿げきどの。これは一体いったいどうしたご好意こういでござりますか。路傍ろぼう拙者せっしゃって、このおしたしみは?」