273・宮本武蔵「空の巻」「導母の杖(7)(8)」


朗読「273空の巻14.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 44秒

 きもならない。
 してもゆけない。
 無碍むげにそれをやろうとすれば、たちまち、焦心いらだつほうがやぶれるにきまっている。
 これが、かたなかたなとの場合ばあいならば、つばりというのであろうが、一方いっぽうかたなでも、一方いっぽうじょうである。
 じょうにはつばがない、やいばがない、また、切先きっさきつかもない。
 けれど、まる四尺よんしゃくじょうは、その全部ぜんぶやいばであり、切先きっさきであり、また、であるともいいる。したがって、これを上手じょうず使つかわれると、じょう千変万化せんぺんばんかなことは、到底とうていけんではない。
 けん六感ろっかんで、
(こうるな)
 というような測定そくていをもったらとんだにあう。じょうは、ときによって、かたなのような性格せいかくって、短槍たんそうおなはたらきもするからである。
 十文字じゅうもんじになったじょうかたなうえから、武蔵むさしかたなけない理由りゆうは、その予測よそくがゆるされないからであった。
 権之助ごんのすけほうはなおさらである。かれじょうは、武蔵むさしかたなを、頭上ずじょうささえているのであるから、受身うけみたいであった。――くはおろか、もし、満身まんしん気魄きはくを、びくとでもゆるめたらば、
たり)
 と、武蔵むさしかたなは、そのまま一押ひとおしで、かれあたまくだいてしまうであろう。
 御岳おんたけ夢想むそうをうけて、じょう自由じゆう体得たいとくしたという権之助ごんのすけも、いまはどうすることも出来できなかった。
 ているまに、かれかお蒼白そうはくになってった。下唇したくちびる前歯まえばがめりこんでいる。るしあがったじりから脂汗あぶらあせがねっとりとながす。
「…………」
 頭上ずじょうけとめているじょうかたな十字じゅうじなみってくる。そのしたに、権之助ごんのすけいき刻々こっこくあらくなっていた。
 ――すると。
 その権之助以上ごんのすけいじょうあおざめた形相ぎょうそうとなって、まつがたから凝視ぎょうししていた老母ろうぼが、
ごんッ」
 と、さけんだのである。
 ごん――と絶叫ぜっきょうした瞬間しゅんかん老母ろうぼはわれをわすれていたにちがいない。すわっていたこしげて、そのこし自分じぶんしたたかにちながら、
こしじゃわえ!」
 とののしって、そのままでもいたのか、まえへのめってしまった。
 武蔵むさし権之助ごんのすけも、ふたりともいしるまではなれそうにもえなかったじょうかたなが、とたんに、ったせつなよりもすさまじいちからって、ぱッとはなれた。
 武蔵むさしほうからである。
 退いたのも、二尺にしゃく三尺さんじゃくではない。みぎひだりか、どっちかのかかとが、つちったようないきおいであった。その反動はんどうかれからだ七尺ななしゃくうしろへうつっていた。
 しかし、その距離きょりは、権之助ごんのすけ飛躍ひやくと、四尺よんしゃくじょうに、すぐせまられて、
「――あッ」
 と、武蔵むさしからくもよこはら退けた。
 死地しちから攻勢こうせいったとたんにはらてられたので、権之助ごんのすけは、あたま大地だいちっこむようないきおいで、だッと、まえへのめった。そして、強敵きょうてきったはやぶさが、にものぐるいとなったように、髪逆立かみさかだてた武蔵むさしまえに、あきらかに、いている背中せなかさらしてしまった。
 一本いっぽんあめのようなほそ閃光せんこうが、そのった。――うううっと、仔牛こうしのようにうめきながら、権之助ごんのすけはなお、ととととと、三足みあしほどあるいてそのままたおれ、武蔵むさし片手かたておさえながら、くさなかへ、どたっと、こしをついてすわってしまった。
 そして、
「――けた!」
 とさけんだ。
 武蔵むさしがである。
 権之助ごんのすけこえもない。

 まえのめりにたおれたまま、権之助ごんのすけはいつまでもうごかなかった。――それを見入みいっているうちに、老母ろうぼ喪心そうしんしてしまった。
ちです」
 武蔵むさしは、老母ろうぼむかって、こう注意ちゅういあたえた。それでもまだ、老母ろうぼってないので、
「はやく、みずをおやりなさい。御子息ごしそくには、何処どこ怪我けがはないはずだ」
「……えっ?」
 老母ろうぼは、はじめてかおげ、ややうたがうように権之助ごんのすけ姿すがたていたが、武蔵むさしのいうとおり、にまみれてはいなかったので、
「オオ」
 つぎには、よろめいて、いきなりわがからだへ、すがりついた。みずあたえ、んで、老母ろうぼがそのからだうごかすと、権之助ごんのすけいきをふきかえした。――そして茫然ぼうぜんすわっている武蔵むさしると、
おそれいりました」
 いきなりそのまえってつちぬかずいた。武蔵むさしはわれにかえるとともに、あわててそのにぎって、
「いや、やぶれたのは、其許そこもとではない、拙者せっしゃほうです」
 かれは、襟元えりもとひらいて、自分じぶんを、二人ふたりせた。
じょうさきが、あかあとになっているでしょう。もうすこはいったら、おそらく拙者せっしゃ生命いのちはなかったにちがいない」
 いいながらも、武蔵むさしはまだ、茫然ぼうぜんとしているのである。どうしてやぶれたかを理解りかいるまでは。
 おなじように、権之助ごんのすけ老母ろうぼも、かれ皮膚ひふにある一点いってんあか斑点はんてんをながめて、くちもきけなかった。
 武蔵むさしえりわせて、老母ろうぼたずねた。――いま二人ふたり試合しあいのうちに、こし! とさけんだのはなんのためか。あの場合ばあい権之助殿ごんのすけどの腰構こしがまえに、そも、どういうきょ見出みいだされて、あんなこえはっしられたのか。
 すると、老母ろうぼは、
「おはずかしいことじゃが、せがれはただ、あなたのかたなじょうささえるに必死ひっしとなって、両足りょうあしまえておりました。退いてもあぶない、いてもあぶない、絶体絶命ぜったいぜつめいしばりにっての。――それをよこからておるうち、はっと、武術ぶじゅつなにわからぬわしにすらえたきょがある。それは――あなたのかたなこころのすべてをうばわれていたからしばりにったのじゃ。こうか、をもってこうかと、逆上うわずっているのでさらがつかぬようじゃったが、あのからだのまま、もそのまま、ただこしおとしさえすれば、自然しぜんじょうさきが、相手あいて胸元むなもとへどんとびる……そこじゃと、おもうたので、なにさけんだのやらおもわず口走くちばしったのでござりました」
 と、いう。
 武蔵むさしはうなずいた。よいおしえをけたと、この機縁きえん感謝かんしゃした。
 黙然もくねんと、権之助ごんのすけいていた。かれにもなに会得えとくするところがあったにちがいない。これは、御岳おんたけかみ夢想むそうではない、まえに、られるかきるかのさかいて、現実げんじつははが、あいなかからつかみした「窮極きゅうきょく活理かつり」であった。
 木曾きそ一農夫権之助いちのうふごんのすけのちに、夢想権之助むそうごんのすけしょうして、夢想流むそうりゅう杖術じょうじゅつ始祖しそとなったかれは、その伝書でんしょ奥書おくがきに、
導母どうぼ一手いって
 なる秘術ひじゅつしるして、はは大愛たいあいと、武蔵むさしとの試合しあいつまびらかにしているが「武蔵むさしつ」とはいていない。かれ生涯しょうがい武蔵むさしけたとひとにもかたり、そのけたことをとうと記録きろくとしていた。
 それはそうと、この母子おやこ多幸たこういのってわかれ、いのはらって、武蔵むさし上諏訪かみすわあたりまでいたかとおもわるるころ
「この道筋みちすじを、武蔵むさしというものとおらなかったであろうか。たしかに、このみちたわけだが――」
 と、馬子まご立場たてばだの旅人たびびとに、途々みちみち訊合ききあわせながら、あとしたってゆく一名いちめい武家ぶけがあった。