269・宮本武蔵「空の巻」「星の中(3)(4)(5)」


朗読「269空の巻10.mp3」14 MB、長さ: 約 15分 14秒

 どうしたものだろう?
 やがて、自分じぶんかおせれば、かなら母子おやこものから、試合しあいもとめられるにちがいない。
 試合しあいえば、自分じぶんは、きっとつ。
 武蔵むさしはそうしんじる。
 けれども、今度こんどもまた、自分じぶんやぶれたなら、あの権之助ごんのすけは、今日きょうまでほこっていたじょう自信じしんうしなって、ほんとにこころざしつであろう。
 また、わが達成たっせいを、唯一ゆいいつきがいとして、貧困ひんこんなかにも教育きょういくわすれずに今日きょうまでた――あの母親ははおやになったら、どんなに落胆らくたんするだろうか。
「……そうだ、この試合しあいは、はずすにかぎる。だまって、裏口うらぐちからそう」
 えんをそっとけて、武蔵むさしそとた。
 もうあさ木々きぎこずえから薄白うすじろくこぼれている。ふと納屋なやのある片隅かたすみると、きのうおつうにはぐれて此家ここひろわれて牝牛めうしが、今日きょう今日きょうゆたかにびて、そこらのくさべていた。
(おい、達者たっしゃくらせよ)
 そんな気持きもちがふとうしむかってもわくのであった。武蔵むさし防風林ぼうふうりんかきて、こま裾野すその畑道はたけみちを、もう大股おおまたあるいていた。
 片方かたほうみみはひどくつめたいが、今朝けさあきらかに全姿ぜんしせているこまいただきからちてくるかぜに、足元あしもとからはらわれてくと、ゆうべからのつかれも焦躁しょうそうっと遠方えんぽうのものになってしまう。
 あおぐと、くもあそんでいる。
 ちぎれちぎれな無数むすうしろ綿雲わたぐも各々おのおのが、各々おのおのすがたち、ままに自由じゆう屈託くったくなく、碧空あおぞらをわがものかおたわむれてゆく。
「――焦心あせるまい、あまりこだわるまい。うもわかれるも、天地てんちなにものかがさせているちからだ。おさな城太郎じょうたろうにも、よわいおつうにも、おさなければおさないなりに、よわければよわいなりに、世間せけんのなかの――それがかみだともいえる――善性ぜんしょうひと加護かごがあるであろう」
 昨日きのうからはぐれかけた――いや、馬籠まごめ女滝男滝めたきおたきからずっとれがちに彷徨さまよってばかりいた武蔵むさしこころが――ふしぎにも今朝けさは、自分じぶんあゆむべき大道だいどうへ、しっかとかえっている心地ここちだった。おつうは? ――城太郎じょうたろうは? ――とか、そんなそばのことのみでなく、死後しごさきまでかけている生涯しょうがいみちがこのあさ――、かれにはえていた。
 午刻ひるぎごろ。
 かれ姿すがた奈良井ならい宿場しゅくばなかかけられる。軒先のきさきおりきたくまっているくま胆屋いやだの、獣皮じゅうひならべた百獣屋ももんじやだの、木曾櫛きそぐしみせだの、ここの宿場しゅくばもなかなかの雑鬧ざっとう
 そのくま胆屋いや一軒いっけん。なんの意味いみか「大熊おおくま」と看板かんばんいてある角店かどみせまえって、
「ものをたずねたいが」
 と武蔵むさしがのぞく。
 うしきにかまを、自分じぶんんでんでいたくま胆屋いやのおやじが、
「はあ、なんでござりますか」
奈良井ならい大蔵殿だいぞうどのというおひとみせはどこであろうか」
「ああ、大蔵殿だいぞうどののおみせならば、これからもうひとさきつじで――」
 と、湯呑ゆの茶碗ぢゃわんったまま、おやじは、店頭みせさきまでみちゆびさしたが、おりふし、そとからかえってあたま丁稚でっちかおかけると、
「これこれ。こちらさまはの、大蔵殿だいぞうどののおみせたずねてかっしゃるという。あのお店構みせがまえは、ちょっとわからんによって、まえまで、おもうしてう」
 と、いいつけた。
 丁稚でっちは、うなずいて、さきにてくてくあるいてゆく。武蔵むさしこころのうちで、その親切しんせつにもかんじたが、かねて権之助ごんのすけからいていた言葉ことばおもあわせて、奈良井ならい大蔵だいぞうというもの徳望とくぼうのほどがしのばれた。

 お百草ひゃくそう卸問屋おろしやといえば、軒並のきなみにある旅人相手たびびとあいてみせひとつのようなものかとおもってたところ、れば、まるで想像そうぞうはずれている。
「おさむらいさん、ここが奈良井ならい大蔵様だいぞうさまのおたくでございますよ」
 案内あんないしてくれたくま胆屋いや丁稚でっちは、なるほど、そばまでれてもらわなければそれともわかるまいとおもわれる――まえ大家たいけゆびさして、すぐはしもどってった。
 みせいていたが、暖簾のれん看板かんばんけてはない。しぶった三間さんけん出格子でこうしに、戸前とまえ土蔵どぞうがつづき、そのほか高塀たかべいめぐらしてある。入口いりぐちには、蔀障子しとみしょうじりていて、おとずれるにも、ちょっと億劫おっくうなほど、おおきな老舗しにせおくふかさをっている。
「ごめん
 武蔵むさしはそこをけていう。
 なかくらい。そして、醤油屋しょうゆや土間どまのようにひろくて、つめたい日陰ひかげ空気くうきかおれた。
「どなたさまで――」
 と、帳場ちょうば箪笥だんすすみからほどなくってものがある。武蔵むさしは、うしろをめて、
「それがしは宮本みやもともう牢人者ろうにんものですが、れの城太郎じょうたろう――ようやく十四歳じゅうよんさいほどのわらべが、昨日きのうか――ことによると今朝けさあたり――ご当家とうけたよってたように途中とちゅういてまいりました。もしやご当家とうけのお世話せわになってはおりますまいか」
 武蔵むさしのことばがおわらないうちに、番頭ばんとうかおには、ああその子供こどもか――といううなずきがただよい、
「それはそれは」
 と、丁寧ていねい敷物しきものをすすめたが、辞儀じぎをしたあと返辞へんじは、武蔵むさし失望しつぼうさせるものだった。
「それは、残念ざんねんなことをいたしましたわい。その子供こどもなら、ゆうべ夜半よなかに、ここの表戸おもてどをどんどんたたきましてな――ちょうど手前てまえどもの主人大蔵様しゅじんだいぞうさまには旅立たびだちの振舞ふるまいで、まだにぎやかに大勢おおぜいしてきておりましたおりなので――何事なにごとかとけてみますと、ただいま、あなたのおたずあそばしたその城太郎じょうたろうという子供こどもが、もんっておりましたようなわけで」
 老舗しにせ奉公人ほうこうにんつねとして、実直じっちょくすぎて前措まえおきも諄々くどくどしいが、つづまるところ要旨ようしは、つぎのようなことだった。
(この街道かいどうのことならなんでも奈良井ならい大蔵だいぞうさんのところたのみにけ)
 と、武蔵むさしだれかにおしえられたとおり、城太郎じょうたろうもまた、おつうさらわれたわけをげて、此処ここきこんでたところ、主人あるじ大蔵だいぞうがいうには、
(そいつは容易たやすくないぞ。ねんのため、手配てはいはしてやるが、このちかくの野武士のぶし荷持人足にもちにんそく仕業しわざならすぐわかるが、たびものたびもの誘拐かどわかしたことだ。いずれ往来おうらい街道かいどうけて、間道かんどうてしまったにちがいない)
 そう見込みこみはつけたが、つい今朝方けさがたまで、八方はっぽうひとして、捜索そうさくしたけれど、大蔵だいぞう予言よげんのとおり、なんの手懸てがかりもられなかった。
 愈々いよいよれないとなると、城太郎じょうたろうはまた、ベソをしたが、ちょうど今朝けさは、大蔵だいぞう旅立たびだちのなので、
(どうだ、おれと一緒いっしょあるかないか。そうしたら、途々みちみちも、そのおつうさんとやらをさがせるし、また、ひょいと、武蔵むさしとかいうおまえのお師匠ししょうさんにえないかぎりもないからなあ)
 なぐさ半分はんぶんに、大蔵だいぞうがいったところ、城太郎じょうたろう地獄じごくほとけったように、ぜひ一緒いっしょくといい――一方いっぽうもそれではと、きゅうれてになって、たびそらったばかり――という番頭ばんとうはなしなのである。
 それも、時間じかんにすれば、わずか二刻ふたときばかりのちがいなのに――
 と、いかにもどくそうに、繰返くりかえしていった。

 二刻ふたときがあっては、いくらいそいでたところで、わなかったことは確実かくじつだが、それにしても――と武蔵むさし残念ざんねんがする。
「して、大蔵殿だいぞうどののお旅先たびさきは、いずれでござろうか」
 たずねると、番頭ばんとうこたえはまた、はなはばくとしたもので、
「ごらんとおり、手前てまえどものみせは、おもてっておりませぬし、薬草やくそうやまつくり、売子うりこ春秋しゅんじゅう二回にかいに、仕入しいれた背負せおって、諸国しょこく行商あきないてしまいまする。それゆえ、主人あるじひまおおからだで、があれば神社仏閣じんじゃぶっかくもうでたり、湯治とうじくらしたり、名所めいしょたりするのが道楽どうらくなのでござりましてな――今度こんども、多分たぶん善光寺ぜんこうじから、越後路えちごじ見物けんぶつして、江戸えどへはいるのではないかとはおもいますが」
「では、おわかりにならぬのか」
「とんともう、はっきりと、さきをいってためしのないおかたで」
 それから、番頭ばんとうは、
「まア、おちゃをひとつ」
 と、一転いってんして、みせからそこまで、あるくにもかなりかかるようなおくちゃりにはいってったが、武蔵むさしは、ここに落着おちついているにもなれない。
 やがて、ちゃはこんで番頭ばんとうむかい、主人しゅじん大蔵だいぞう容貌ようぼう年配ねんぱいいてみると、
「はいはい、道中どうちゅうでおいなされましても、てまえどもの御主人ごしゅじんなら、一目ひとめでおわかりになるにちがいございません。おとし五十二ごじゅうににおなりでございますが、どうして、まだ屈強くっきょうほねぐみで、おかおは、どちらかといえばかくあかがおのほうで、それに痘瘡ほうそうあとがいっぱいござりましてな、みぎ小鬢こびんに、少々しょうしょうばかり薄禿うすはげえまするで」
背丈せたけは」
なみほうとでももうしましょうか」
衣服いふくは、どんなものを」
「これは、今度こんどのおたびには、さかいでおもとめなされたとかいう唐木綿とうもめんしまかれました。これはめずらしいもので、まだ世間一般せけんいっぱんにはているおかたまれでございますから、主人しゅじんっておいであそばすには、なによりもよい目印めじるしになろうかとぞんじまする」
 かれ人柄ひとがらはそれであらましわかった。なおこの番頭ばんとう相手あいてにしてはなしをしていたらりもあるまい。折角せっかくなので、ちゃいっきつするとすぐ武蔵むさしはそこをて、さきへといそいだ。
 あかるいうちにはもうむずかしいかもれないが、よるとおして、洗馬せばから塩尻しおじり宿場しゅくばぎ、今夜こんやのうちに、とうげまでのぼってちかまえていれば、そのあいだに、二刻ふたとき道程みちのりし、やがて夜明よあけとともに、あとから奈良井ならい大蔵だいぞう城太郎じょうたろうとおりかかるにきまっている。
「そうだ。さきえて、彼処あそこてば――」
 贄川にえがわ洗馬せばぎて、ふもと宿場しゅくばまでかかると、すでにはかげって、夕煙ゆうけむり往来おうらいに、のきごとの燈火ともしびが、はるくれながら、なんともいえない山国やまぐにわびしさをまたたいている。
 そこから塩尻峠しおじりとうげいただきまでは、なお二里以上にりいじょうはある。武蔵むさしは、いきもつかずのぼりつめた。そしてまだそうけぬうちに、いのはら高原こうげんち、ほっといきをつきながら、ほしなかいて、しばらく恍惚こうこつとなっていた。