266・宮本武蔵「空の巻」「毒歯(1)(2)」


朗読「266空の巻7.mp3」11 MB、長さ: 約 11分24 秒

毒歯どくし

 みずうつ火影ほかげと、小舟こぶねなかひとのかざしていると、深夜しんや池心ちしん松明たいまつは、ひとつのひかりでありながら、ちょうど二羽にわ鴛鴦おしどりおよいでゆくようにとおくからはえる。
「……オオ?」
 おつうがそれをったとき
「やっ、だれる」
 と、狼狽あわてぎみに、こえして、おつう縄尻なわじりったのは又八またはちで、だいそれたことをやるくせに、なにことにぶつかると、臆病おくびょうまえはすぐからだしてしまう。
「どうしよう? ……そうだ、こっちへい。やいっ、こっちへやがれ」
 そこは楊柳かわやなぎにつつまれている池畔ちはん雨乞堂あまごいどうであった。なにをまつってあるか郷土きょうどひともよくらないが、ここでなつひでりあめいのると、うしろのこまだけからこの野婦之池のぶのいけ沛然はいぜん天恵てんけいるということがしんじられている。
「いやです」
 おつううごくまいとする。
 どう裏手うらてにひきすえられて、先刻さっきから又八またはちに、さいなまれていた彼女かのじょだった。
 いましめられている両手りょうてがきくものならば、およばぬまでも、きとばしてやりたいとおもうがそれも出来できなかった。すきがあったらまえいけびこんで、どうとうがっている絵馬えまのように、楊柳かわやなぎみきいて、のろおとこまんとしている蛇身じゃしんになっても――とおもうが、それも出来できなかった。
たねえか」
 又八またはちは、っているしのむちにして、おつうを、いやという程打ほどうった。
 たれるほど、おつう意志いしつよくなる。もっとってみろとのぞみたくなる。……だまって又八またはちかおめつけていた。すると又八またはちは、くじけて、
あるけよ、おい」
 と、いいなおす。
 それでもおつうたないので、今度こんど猛然もうぜんと、片手かたてえりがみをつかみ、
いっ」
 ずるずると、られながらおつうが、池心ちしんむかって、悲鳴ひめいをあげようとすると、又八またはちはそのくち手拭てぬぐいしばって、かつぐように、どうなかほうりこんだ。
 そして、木連きつれ格子こうしおさえながら、彼方あなた火影ほかげがどうるかうかがっていると、その小舟こぶねはやがて雨乞堂あまごいどうから二町にちょうほどさき池尻いけじり入江いりえすべんで、松明たいまつもやがてどこかへったらしい。
「……あ。いい按配あんばい
 ほっとして、それにはむねでたが、又八またはち気持きもちはまだ落着おちつきをなかった。
 おつうからだいま自分じぶんなかにあるが、おつうこころはまだ自分じぶんものとなりきれない。こころのない肉体にくたいだけをあるいていることのじつ大変たいへん辛労しんろうであるということを、かれはつぶさによいから経験けいけんした。
 無理むりに――暴力ぼうりょくをもっても、彼女かのじょのすべてを、自分じぶんのものにしてしまおうとすると、おつう血相けっそうせるのであった。したをかみってのうとするのである。それくらいなことはきっとやるおつうであることは幼少ようしょうからっている又八またはちなので、
ころしては)
 と、つい盲目もうもくちから情慾じょうよくくじけてしまう。
(どうしておれをこんなにきらい、武蔵むさしくまでしたうのだろうか。――以前いぜんは、彼女かのじょこころのなかに、おれ武蔵むさしはちょうどあべこべであったものを)
 又八またはちは、わからなかった。武蔵むさしより自分じぶんほうが、おんなかれる素質そしつっているのに――という自信じしんがどこかにある。事実彼じじつかれは、おこうはじめ、幾多いくたおんなに、そうした経験けいけんがある。
 これはやはり武蔵むさしが、最初さいしょにおつうこころ誘惑ゆうわくし、なずけてからは、おりあるごとに、自分じぶんわるくいって、おつうにつよい嫌悪けんおいだかせるようにしたためにちがいない。
 そして自分じぶん出会であえば、自分じぶんにはいかにも友情ゆうじょうふかいようなことをいって――
おれは、お人好ひとよしだ。武蔵むさしたばかられたのだ。そのにせものの友情ゆうじょうなみだをこぼしたりなどして……)
 と、かれ木連格子きつれごうしりかかりながら、膳所ぜぜ色街いろまちでさんざいわれた――佐々木小次郎ささきこじろう忠言ちゅうげんいまこころのうちでかえしていた。

 いまになっておもいあたる――
 あの佐々木小次郎ささきこじろうが、自分じぶんのお人好ひとよしをわらい、武蔵むさしはらぐろいことをさんざんののしって、
しりまでかれるぞ)
 といった言葉ことば
 それがいまかれこころにぴったりする忠言ちゅうげんとして、よみがえってきこえてる。
 同時どうじに、武蔵むさしたいしての、又八またはちかんがえは一変いっぺんした。これまでも、何度なんどとなく豹変ひょうへんしてはまたなおして友情ゆうじょうではあるが、今度こんどいままでの憎悪ぞうおをかけて、
「よくもおれを……」
 と、こころそこからわきがるのろいとなって、くちびるふかんだ。
 ひとにくんだりそねんだりすることは、日常にちじょう人一倍烈ひといちばいはげしいたち又八またはちであるが、呪咀じゅそするほどのつよ意力いりょくは、ひとうらむことにすら出来できないたち又八またはちであった。
 けれど今度こんどという今度こんどこそは、武蔵むさしたいして、七生しちしょうまでのかたきのような怨念おんねんかもされてしまった。かれ自分じぶんとは、同郷どうきょうともとしてそだちながら、どうしても、生涯しょうがいかたきみづけられて悪縁あくえんかのようにおもわれてるのだった。
 似非君子えせくんしめ。――とおもう。
 そもそも、あいつが自分じぶんるたびに、いかにもまことしやかに、やれ真人間まにんげんになれの、発奮はっぷんしろの、ってなかようのと、いう口吻こうふんからして、おもえば面憎つらにくかぎりである。
 そのおとしにのせられて、なみだをこぼしたかとかんがえると、又八またはちは、業腹ごうはらでたまらない。自分じぶんのお人好ひとよしを、武蔵むさしすかされて翻弄ほんろうされたかのように、からだじゅうのが、のろいと口惜くやしさにたぎってくる。
なか善人ぜんにんなんていうものは、みんな武蔵むさしのような君子面くんしづらしたやつばかりだ。ようし、おれはそのむこうにまわってやろう。くそ勉強べんきょうして、窮屈きゅうくつをしのんで、そんな似非者えせもののお仲間入なかまいりはぴらだ。悪人あくにんというならいえ。おれはその悪方あくがたまわって、一生涯いっしょうがい野郎やろう出世しゅっせさまたげてくれよう)
 何事なにごとにつけ、いつもよく又八またはち根性こんじょうではあったが、今度こんど場合ばあいかぎっては、かれうまれて以来胸いらいむねいだいた精神力せいしんりょくのうちの最大さいだいのものであった。
 ――どんと、ひとりでのように、かれあしは、うしろの木連きつれ格子こうしとばしていた。たったいま、そこへおつう押籠おしこめたまえかれと、そとって腕拱うでぐみしてはいなおしてかれとは、わずかなあいだに、ヘビがじゃになったほどかわっていた。
「――ふん、いてやがら」
 雨乞堂あまごいどうなかくらゆかながめやって、又八またはちは、こうすようにつめたくいった。
「おつう
「…………」
「やいっ。……さっきの返辞へんじをしろ、返辞へんじを」
「…………」
いていちゃわからねえ」
 あしをあげて、ろうとすると、おつうはやくもそれをかんじて、かたかわしながら、
「あなたへする返辞へんじなどはありません。おとこらしく、ころすならおころしなさい」
「ばかをいえ」はなわらって――
「おらあいまはらめた。てめえと武蔵むさしとが、おれ生涯しょうがいあやまらせたのだから、おれも生涯しょうがい、てめえと武蔵むさしとに、復讐しかえししてやるのだ」
「うそをおいいなさい。あなたの生涯しょうがい間違まちがえたのは、あなた自身じしんです。それから、おこうというおんなのひとではありませんか」
なにをいやがる」
「あなたといい、おすぎばばさまといい、どうして、あなたのいえのおすじは、そう他人たにん逆恨さかうらみするのでしょう」
「よけいなくちをたたくな。返辞へんじをしろといったのは、おれの家内かないになるかいやか、それを一言聞ひとこときけばよいのだ」
「その返辞へんじならば、何度なんどでもいたしまする」
「おうかせ」
きているあいだはおろかなこと、未来みらいまで、わたくしのこころむすんだおひと宮本武蔵様みやもとむさしさま。そのほかに、こころせるおひとがあってよいものでしょうか。……まして貴方あなたのような女々めめしいおとこ、おつうは、きらいもきらい、身慄みぶるいのるほどきらいでございます」