264・宮本武蔵「空の巻」「木曽冠者(5)(6)」


朗読「264空の巻5.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 45秒

 そのとき老母ろうぼかみ逆立さかだってえたのは、肉親にくしんとして、さもあるはずのところであろう。
 息子むすこごんげられたことは、この老母ろうぼには、非常ひじょう意外いがいであったらしい。――げつけた武蔵むさし当然とうぜんつぎ咄嗟とっさには、きる権之助ごんのすけこうへ、抜打ぬきうちに一太刀行ひとたちいくべきであった。
 だが、そうではなくて、
「おう、ってやる」
 武蔵むさしは、権之助ごんのすけむねうまのりになり、なお、ぼうはなさないみぎ手頸てくびあしみつけたまま老母ろうぼかおえた小窓こまどあおいだ。
「……?」
 はッと、武蔵むさしはしかしすぐらした。
 なぜならば、老母ろうぼかおは、もうそのまどえなかったからである。――せられながらも権之助ごんのすけは、えず武蔵むさしはずそうともがいているし、武蔵むさし制圧せいあつとどかないかれ二本にほんあしは、くうったり、ったり、その腰車こしぐるま脚技あしわざのあらゆる努力どりょくをあげて、敗地はいち挽回ばんかいしようとしているのだった。
 それもけっして、油断ゆだんはできないうえに、まどからえた老婆ろうばかげは、すぐくりやくらからさっとはして、てきかれている息子むすこののしっていうことには、
なんじゃ、この不覚者ふかくものが。はは助太刀すけだちしてらす、くるな」
 ――窓口まどぐちからてという言葉ことばだったので、武蔵むさしかならずや老母ろうぼがこれへて、ひたいにすりつけて、わが助命じょめいうのかとおもっていたところ、あん相違そういして、九死一生きゅうしいっしょうふちにある息子むすこはげまし、なおたたかおうというつもりらしい。
 れば、老母ろうぼ小脇こわきには、皮鞘かわざやはらった薙刀なぎなた星明ほしあかりをって、うしかくしにたれている。そして武蔵むさしうかがいながら、
「ここな牢人ろうにんめが、土民どみんとあなどって、小賢こざかしい腕立うでたてしやったの。ここをただの百姓家ひゃくしょうやおもうてか」
 と、いう。
 背中せなかせまられることは武蔵むさしにとって苦手にがてであった。いているものがものなので、自由じゆうなおるわけにゆかないのだ。権之助ごんのすけはまた、背中せなか着物きもの皮膚ひふやぶれるであろうほど地上ちじょうりうごいて、はは有利ゆうり位置いちつくろうと、てきしたからはかっている。
「なアに、こんなもの。――おっかあ心配しんぺえしねえでもいい。あんまり近寄ちかよってくれんな。いまえしてみせる」
 うめきながら、ごんがいうと、
焦心あせるでない!」
 と、老母ろうぼはたしなめて、
もとよりこのような野宿者のじゅくものけてよいものか。御先祖ごせんぞをふるいおこせ。木曾殿きそどの御内みうちにもひとありとられた太夫房たゆうぼう覚明かくみょうはどこへやったぞ」
 すると、権之助ごんのすけは、
「ここにっている!」
 いいながら、くびもたげて、武蔵むさし膝行袴たっつけうえから、ももにくいついた。
 すでにぼうはなして、両手りょうてしたからはたらきかけ、武蔵むさしをしてなんわざをする余地よちあたえないのだ。くわうるに老母ろうぼかげは、薙刀なぎなたひかりいて、背中せなか背中せなかへとまわってる。
てっ、老母ろうぼ
 ついにこんどは武蔵むさしからそういった。あらそわかったからである。これ以上いじょうのことは、られるか、どっちかがけなければ解決かいけつしない。
 それまでっても、おつうすくわれるとか、城太郎じょうたろうたすかるとかいうならよいが、そのてんはまだうたがいにぎないのである。――ともあれ一応穏いちおうおだやかに事情じじょう打明うちあけてみるのがいいのではあるまいか。
 そうかんがえたので、武蔵むさしはまず老母ろうぼむかって、やいば退けというと、老母ろうぼはすぐおうとはいわないで、
ごん。どうしやるか」
 と、せられている息子むすこへ、和協わきょうもうでを、れるかれないか、相談そうだんするのであった。

 松薪まつまきはちょうどさかっていた。この母子おやこが、そこへ武蔵むさしともなってたことは、やがてあれから、はなったすえ双方そうほう誤解ごかいけたものであろう。
「やれやれ、あぶないことではあった。とんだちがいからあのような――」
 さも、ほっとしたように、老母ろうぼはそこへひざったが、ともすわりかけた息子むすこおさえて、
「これ権之助ごんのすけ
「おい」
すわらぬうち、そのおさむらいをご案内あんないして、ねんのために、このないくまなくおもうしたがよい。――今外いまそとで、おたずねをうけた女子おなごわらべかくしてないことを、よう見届みとどけていただくために」
「そうだ、おれが街道かいどうから、おんななど誘拐かどわかしてたかと、うたがわれているのも残念ざんねん。――お武家ぶけ、おれにいて、このいえのどこでもあらためてもらおう」
 がれ――としょうぜられたまま、武蔵むさしはわらじをいて、もうまえせきめていたが、母子おやこもの共々ともどもなことばに、
「いやもう、ご潔白けっぱくわかりました。おうたがもうしたつみは、ご勘弁かんべんねがいたい」
 るので、権之助ごんのすけわるくなって、
「おれもくなかった。もっとそっちの用向ようむきをただしたうえおこればよかったのだが」
 と、べりへって、あぐらをむ。
 だが武蔵むさしとしては、こう打解うちとけたところでたずねたい疑問ぎもんがまだある。それは先刻さっきそとから見届みとどけておいたまだら牝牛めうしで、あれは自分じぶん叡山えいざんからいてて、途中とちゅうから病弱びょうじゃくなおつうのため道中どうちゅう乗物のりものあたえて、城太郎じょうたろうに、しかとその手綱たづなあずけておいたものである。
 その牝牛めうしが、どうして、このうらつながれているのか?
「いや、そんなわけなら、おれをうたぐったのもむりはねえ」
 権之助ごんのすけはそれにこたえていう。――じつ自分じぶんはこのへんすこしばかりって百姓ひゃくしょうをしているものだが、夕方ゆうがた野婦之池のぶのいけからふなあみってかえってると、池尻いけじりかわ一頭いっとう牝牛めうしあしっこんでもがいている。
 ぬまがふかいので、もがくほどうしぬますべみ、そのたいてあまして、あわれなごえをあげている様子ようすげてやってると、まだぶさもわか牝牛めうしであるし、あたりをたずねても飼主かいぬし姿すがたはみえぬし、てっきりこれは何処どこからかぬすして野盗やとうあつかって、ててったものにちがいあるまい――とひとりぎめにきめてしまった。
牛一匹うしいっぴきあれば、ヘタな人間にんげん半人前はんにんまえ野良仕事のらしごとをするので、これはおれが貧乏びんぼうで、おっかあにろくな孝養こうようもできねえから、てんさずけてくれたものと――あははははになってっぱってただけのものさ。飼主かいぬしわかっちゃ仕方しかたがねえ、うしはいつでもかえすよ。だが、おつうとか城太郎じょうたろうとか、そんな人間にんげんのこと、おらあ一切知いっさいしらねえぞ」
 はなしわかってみると、権之助ごんのすけなるこの若者わかものは、いかにも粗朴そぼく田舎漢いなかもので、最初さいしょ間違まちがいは、その率直そっちょく美点びてんからむしろおこったものといえる。
「じゃがたびのおさむらい、さだめしそれは心配しんぱいなことでござろう」
 と老母ろうぼはまた老母ろうぼらしくそばからあんじて、息子むすこにいう。
権之助ごんのすけ、はよう晩飯ばんめしっこんで、そのどくなおれを一緒いっしょさがしてあげい。野婦之池のぶのいけあたりにうろついていてくれればよいが、こまだけのふところへでもはいりこんだら、もう他国者よそものしゅうれることじゃない。――あのやまには、うま野菜物やさいものさえのべつさらってゆく野伏のぶせりが、たんとうているそうな。おおかたそんな無頼者ならずもの仕業しわざであろうが」