262・宮本武蔵「空の巻」「木曽冠者(1)(2)」


朗読「262空の巻3.mp3」11 MB、長さ: 約 11分 55秒

木曾冠者きそかんじゃ

 さっき関所茶屋せきしょぢゃやから程遠ほどとおからぬ場所ばしょで、本位田ほんいでん又八またはちが、おつううし鞭打むちうって、彼女かのじょぐるみ、何処どこかへさらってったということは、目撃もくげきしていた旅人たびびとくちからつたわって、もうこの街道筋かいどうすじでは、かくれもないうわさばなしにのぼっている。
 おかにいたため、それをらずにいたのはかえって武蔵一人むさしひとりであった。
 その武蔵むさしいま倉皇そうこうと、もとみちほうもどってったが、すでに事件じけんつたわってから半刻はんこくほどもあとのことである。
 ――もし彼女かのじょなんらかの危急ききゅうおそったとすれば、うかどうか。
亭主ていしゅ亭主ていしゅ
 関所せきしょさくは、六刻むつまる。それと一緒いっしょに、床几しょうぎをたたんでいた茶店ちゃみせのおやじは、うしろにって、こうあえごえでよぶ人影ひとかげに、
「なにかおわすものでも?」
 と、ふりかえった。
「いや、半刻はんときほどまえに、ここをとおった女子おなご少年しょうねんさがしておるのだが」
「ああ、うしった普賢様ふげんさまのようなお女中じょちゅうでございましたな」
「それだ。その二人ふたりを、牢人体ろうにんていおとこが、無体むたいったというが、そのさきるまいか」
ていたわけではございませぬが、往来おうらいうわさでは、このみせ首塚くびづかのあるところから横道よこみちまがって、野婦之池のぶのいけほうへ、どんどんけてったともうしますが」
 そのゆびさす薄暮はくぼなかへ、武蔵むさしかげはもうちゅうんでうすれてく。
 途々みちみちきあつめたうわさ綜合そうごうしてみても、なんのために、何者なにものが、彼女かのじょらっしてったのか、見当けんとうがつかない。
 その下手人げしゅにん又八またはちであるなどとは、かれには想像そうぞうもできなかった。いずれこの道中どうちゅうあとからいついてるか、江戸表えどおもて落合おちあうかすることにはなっているが、いつぞや叡山えいざん無動寺むどうじから峰越みねごえして大津おおつへかかる途中とちゅう峠茶屋とうげぢゃや五年越ごねんごしの誤解ごかいき、おたがいがおさな友達ともだちむかしかえって、
(きょうまでのことはみずながして)
 とにぎり、
貴様きさま真面目まじめになって、希望きぼうて)
 と武蔵むさしはげませば、又八またはちなみだすらたたえて、
勉強べんきょうする。きっと真人間まにんげんになってなおすから、おれをおとうとともおもって、これからはみちびいてくれ)
 と、あれほどよろこんでいった又八またはち
 その又八またはちが? ――などとどうしてうたがわれようか。
 うたがえば、戦後せんご各地かくちに、しょくもとめながらしょくにもけず、結局けっきょく浮浪ふろうとよばれている牢人ろうにんなかのよからぬものか。あるいは、なか推移すいいにかかわらず世間せけんばかりうかがっているゴマのはいとか、人買ひとかいとかいう、道中荒どうちゅうあらしの鼠賊そぞくか。さもなければ、剽悍ひょうかんなるこの地方ちほう野武士のぶしか。
 武蔵むさしとしては、そんなふうにしか下手人げしゅにんかんがえられなかったが、それとてやみをつかむようなもので、野婦之池のぶのいけ方角ほうがくというだけをあてにいそいでみたが、れると、った星空ほしぞらはんして、地上ちじょうくらさは、一尺先いっしゃくさき足元あしもとおぼつかない。
 第一だいいち野婦之池のぶのいけとかいたが、そのいけらしいところへもなかなかなかった。そしてはたけもりも、ゆるい傾斜けいしゃって、みちすこしずつのぼ気味ぎみなのをかんがえると、すでにこまだけ裾野すそのんでいるらしいが――と武蔵むさしまよい、
みち間違まちがえたな?」
 と、おもった。
 見失みうしなったように――そうしてひろやみまわしていると、こまだけ巨大きょだいかべって、一叢ひとむら防風林ぼうふうりんかこまれた農家のうかから、なにかそといているあかりか、かまどか、ぼうとあかひかり木立こだちのかきしてえた。
 ちかづいて、そこの地内ちないのぞいてると、武蔵むさしにも見覚みおぼえのあるまだら牝牛めうしが――ただしおつうのすがたはどこにもえないが――そのうしだけは健在けんざいに、あかりのしている百姓家ひゃくしょうやくりやそとつながれて、無事ぶじいているではないか。

「……お? あの斑牛ぶちだが」
 ほっとして武蔵むさしむねをなでろした。
 このに、おつうっていたうしつながれているからには、おつうも、ともにここへまれていることはもううたが余地よちもあるまい。
 だが。
 この防風林ぼうふうりんなか百姓家ひゃくしょうやはいったい何者なにもの住居すまいか。――不覚ふかくんで、再度さいど、おつうかくされるようなことになってはならないと、同時どうじに、武蔵むさし戒心かいしんする。
 で、しばらくのあいだかげひそめて、なか様子ようすうかがっていると、
「おっかあ、いいかげんにもうめんかい。がわるいわるいといいながら、そんなれえとこでいつまで、仕事しごとしてるだ」
 まき籾殻もみがららかっているすみくらがりから、途方とほうもない大声おおごえでいうものがある。
 つぎ気配けはいみみましていると赤々あかあかかげれているのは、くりやつぎ炉部屋ろべやで、その部屋へやか、つぎやぶ障子しょうじまっているあたりで、かすかに、いとをつむぐ糸車いとぐるまおとがする。
 しかし、すぐそのおとんだのは、おっかあ今呼いまよんだおそろしく威張いばった息子むすこのいうことをいて、すぐ仕事しごとかたづけているものとおもわれた。
 すみ小屋こやで、なにかはたらいていた息子むすこは、やがてそこをめながらまた、
いまあしあらうからすぐめしえるようにしといてくれえ、いいかあおっかあ
 草履ぞうりって、くりやのそばをながれているみぞぎわのいしこしかけ、三度足さんどあしをざぶざぶやっていると、そのかたへ、まだら牝牛めうしがのっそりしたかおをつきした。
 息子むすこ牝牛めうしはなづらをでながら、いっこう返辞へんじもない母屋おもやひとむかってまたおおきなこえでいう。
「おっかああとがあいたら、ちょっとここへさっしゃい。おらあ今日きょうんでもねえひろものをしてたぜよ。――なんだとおもう? わかるめえが、うしだよ、しかもすばらしい牝牛めうしだ。はたけにも使つかえるし、ちちれる」
 その言葉ことばも、そとたたずんでいた武蔵むさしが、よくみみれて、その人間にんげん何者なにものかをもっと見届みとどけていたら、のち間違まちがいもなかったであろうに――生憎あいにくかれはもうあらかたの空気くうきさっして、この木立こだがこいの一軒いっけん入口いりぐちもとめ、いえよこせまっていた。
 農家のうかとしては、かなりひろそうだし、壁造かべづくりをても、旧家きゅうか間違まちがいないが、小作こさくもいない女気おんなけもない、わら屋根やねこけちながら、その屋根葺やねふきとぼしい無人むじんいえらしくおもわれた。
「……?」
 いているよこ小窓こまど。その小窓こまどしたいしだいにして、武蔵むさしは、母屋おもやうちをまずそっとのぞいてみた。
 なによりさきに、かれたのは、くろ長押なげしかっている一筋ひとすじ薙刀なぎなただった。めったに民間みんかんにあっていい品物しなものではない。すくなくも、ひとかどの武将ぶしょう手艶てつやにかけた業物わざもので、さや揉皮もみかわには金紋きんもんはくすらおぼろにのこってえる。
 ――さては。
 と、武蔵むさしおもわせて、よけいにうたがいをふかくした。
 さっき、すみ小屋こやからあしあらいにしたわかおとこつらがまえは、ちらと火影ほかげただけであるが、到底とうてい凡者ただものまなざしではなかった。
 こしきりの野良着のらぎに、どろまみれな脚絆きゃはん穿き、一本いっぽん野差刀のざしこしにぶちこんでいるが、まるっこいかおに、そそけかみを、眼尻めじりあがりにわらでつかね、五尺五寸ごしゃくごすんるまいが、むねにくづきといい、足腰あしこしのよくにすわっているうごきといい、一見いっけん
(こいつ曲者くせもの
 とかんじないでいられないものを武蔵むさしさきていたのである。
 あんのじょう、母屋おもやには、百姓ひゃくしょうつべきでない薙刀なぎなたなどがある。そして、いたゆかひとえず、ただおおきななかに、ばちばちと松薪まつまきえ、そのけむりは、ひとつのまどからむうっとそとされてくる。
「……あっ」
 武蔵むさしは、たもとくちをおおったが、たちまむせんで、こらえようとするほど――せきをしてしまった。
だれじゃ?」
 くりやなかで、老婆ろうばこえがした。武蔵むさしまどしたにかがみんでいると、炉部屋ろべやにはいってたらしく、ふたたびそこで、
権之助ごんのすけっ。――小屋こやめたか。また、あわ泥棒どろぼうがそこらへて、をしておるぞよ」