26・宮本武蔵「地の巻」「千年杉(5)(6)」


朗読「地の巻26.mp3」6 MB、長さ: 約9分57秒

手紙てがみだけではない、なにか、おもものがそれにはつつんである。
どじょうひげ野心やしん彼女かのじょにもよくわかっていた。不気味ぶきみであったが、怖々こわごわけてみると、まばゆい山吹色やまぶきいろ慶長大判けいちょうおおばん一枚いちまい
そして、手紙てがみには、

言葉ことばのうえにてももう候通そうろうとおり、この数日以内すうじついないに、武蔵たけぞう首級しるしってひそかに、姫路ひめじ城下じょうかまで、いそぎおそうらえ。
さなくとも此方こなた意中いちゅうは、すでにおもとぞんそうろうべし、不肖ふしょうなれど、池田侯いけだこう家中かちゅうにて、青木丹左衛門あおきたんざえもんもうせば千石取せんごくとりの武士もののふにて、らぬは無之候これなくそうろう。おもとを、宿しゅくつまにせんと真実しんじつもってぞんずるなり、千石せんごくとりの奥方おくがたともなれば、栄華えいがのままにそうろうぞかし。八幡はちまんいつわりはあらじ、このふみを、誓紙せいしがわりにそうらえ。また武蔵たけぞう首級しるし良人おっとのためぞと、それもかならずおたずさたまわるべくそうろう
さきは、いそぎのまま、あらまし。

丹左たんざ

「おつうさん、御飯ごはんべたかね」
そと沢庵たくあんこえがしたので、おつうは、草履ぞうりをはいてきながら、
「こんべたくないんです。すこしあたまいたくて――」
なんじゃ! っておるのは」
「てがみ」
だれの」
ますか」
「さしつかえないならば」
「ちッとも」
つうわたすと、沢庵たくあん一読いちどくして、おおきくわらった。
くるしまぎれに、おつうさんをいろよくとで買収ばいしゅうおったな。あのおひげどのの青木丹左衛門あおきたんざえもんとはこの手紙てがみはじめてった。なかには、奇特きとくなさむらいもある。いや、おめでたいことだ」
「それはいいですけれど、おかねがつつんであったのです。どうしましょう、これを?」
「ホ、大金たいきんだのう」
こまってしまう……」
なんの、かね始末しまつなら」
沢庵たくあんって、本堂ほんどうまえあるいてった。そして、賽銭箱さいせんばこなかほうもうとしかけたが、そのかねひたいてておがんだあと
「いや、そなたがっておるさ。邪魔じゃまにもなるまい」
「でも、あとなにか、いいがかりをつけられるといやですから」
「もうこのかねは、おひげどののかねではない、如来様にょらいさま賽銭さいせんにさしあげて、如来様にょらいさまからあらためていただいたおかねじゃよ。おまもりのかわりにっておいで」
つうおびのあいだへそれをれて、
「……あ。あらしだな、今夜こんやは」
と、そらあおぐ。
「しばらくりませんでしたから……」
はるおわりだから、った花屑はなくずやら人間にんげん惰気だきを、ひとあめドッと、あらいながすもよかろう」
「そんな大雨おおあめたら、武蔵たけぞうさんは一体いったいどうなるでしょう」
「うム、あのひとか……」
ふたつのかおいっしょに、千年杉せんねんすぎのほうをいたときである。かぜなか喬木きょうぼくうえから、
沢庵たくあんっ、沢庵たくあんっ!」
人間にんげんこえがした。
「や? 武蔵たけぞうか」
ひとみをこらしていると、
「くそ坊主ぼうずっ、似非えせ坊主ぼうず沢庵たくあん一言ひとこということがある。このしたまいれっ――」
こずえはげしくきなぐるかぜに、こえけて異様いようにひびく。そして大地だいちへも沢庵たくあんかおへも、さんさんとすぎちてた。

「はははは。武蔵たけぞう、なかなか元気げんきでおるな」
沢庵たくあんは、こえのする大樹たいじゅしたへ、草履ぞうりはこんできながら、
元気げんきはよいらしいが、ちかづくおそれに、逆上ぎゃくじょうしての、から元気げんきではあるまいな」
ほどよいところあしをとめて、仰向あおむくと、
「だまれっ」
武蔵たけぞうふたたびいうこえだ。
元気げんきというよりは怒気どきであった。
おそれるほどならば、なんで神妙しんみょうさまのばくをうけるかっ」
ばくをうけたのは、わしがつよくて、おまえがよわいからだ」
坊主ぼうずっ、なにをいうか!」
おおきくたな。いまのいいかたがわるければ、わしが悧巧りこうで、おまえが阿呆あほう――といいなおそうか」
「うぬ、いわしておけば」
「これこれ、うえのおさるさん、もがいたところでこの大木たいぼくへ、がんじがらみになっているおまえが、どうもなるまい、ぐるしいぞ」
けッ、沢庵たくあん
「おお、なんじゃ」
「あのとき、この武蔵たけぞうあらそならば、貴様きさまのようなヘボ胡瓜きゅうりころすのに造作ぞうさはなかったのだぞ」
「だめだよ、もうわん」
「そ! ……それを! ……自分じぶんからをまわしたのは、貴様きさま高僧こうそうめかしたことばに巧々うまうまたばかられたのだ。たとい縄目なわめにはかけても、このようなはじをかかせはしまいとしんじたからだ」
「それから――」
沢庵たくあんうそぶいた。
「だのに、なぜ! なんで! ……この武蔵たけぞうくびはやたないかっ……おな死所ししょえらぶなら、むらやつらや、てきにかかるより、そうでもあるし、武士ぶしなさけもわきまえていそうな貴様きさまに――とおもってからださずけたのがおのれのあやまりだった」
あやまりは、それだけか。おまえのしてきたことはあやまりだらけだとおもわないか。そうしているあいだに、すこし過去かこかんがえろ」
「やかましい。おれは、てんじない。又八またはちのおばばは、おれをかたきなんのとののしったが、おれは、又八またはち消息たよりをあのおふくろへげることが、自分じぶん責任つとめだ、友達ともだち信義しんぎだ、そうおもったからこそ、山木戸やまきどをむりにえ、むらかえってたのだ。――それが武士ぶしみちにそむいているか」
「そんな枝葉えだは問題もんだいじゃない、大体だいたい、おまえのはら――性根しょうね――根本こんぽんかんがえかたが間違まちがっているから、ひとふたつさむらいらしい真似まねをしても、なにもならんのみか、かえって正義せいぎだなどと、りきめばりきむほど、をやぶり、ひと迷惑めいわくをかけ、そのとお自縄自縛じじょうじばくというものにちるのだよ。……どうだ武蔵たけぞう見晴みはらしがよかろう」
坊主ぼうずおぼえておれ」
乾物ひものになるまで、そこからすこ十方世界じっぽうせかいのひろさをろ、人間界にんげんかい高処こうしょからながめてかんがなおせ。あのってご先祖せんぞさまにおにかかり、ぎわに、沢庵たくあんというおとこがこうもうしましたとげてみい。ご先祖せんぞさまは、よい引導いんどうをうけてたとよろこぶにちがいない」
――それまで、石化せきかしたように、うしろのほうすくんでいたおつうは、ふいに、はしりよって、かんだかくさけんだ。
「あんまりです! 沢庵たくあんさん! いくらなんでも、先刻さっきからいていれば、抵抗てむかいのできないものひどすぎます。……あ、あなたは僧侶そうりょじゃありませんか。しかも武蔵たけぞうさんのいうとおり、武蔵たけぞうさんはあなたをしんじて、あらそわずに、いましめをうけたのではありませんか」
「これはしたり、同士打どうしうちか」
無慈悲むじひですっ。……わたしは、いまのようなことをあなたがいうと、あなたがいやになってしまいます。ころすものなら、武蔵たけぞうさんも覚悟かくごのこと、いさぎよくころしてあげてはどうですか」
つうは、血相けっそうえて、ってかかった。