24・宮本武蔵「地の巻」「千年杉(1)(2)」


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千年杉せんねんすぎ

 あさである、七宝寺しっぽうじやまで、ごんごんとかねりぬいた、何日いつものときかねではない、約束やくそく三日目みっかめだ。吉報きっぽうか、凶報きょうほうかとむら人々ひとびとは、
「それっ」
 とわれちに、けのぼってった。
つかまった! 武蔵たけぞうが、つかまッてた」
「おウ、ほんまに」
だれが、手捕てどりにしたのじゃ」
沢庵たくあんさまがよ!」
 本堂ほんどうまえは、うばかりなひとかこまれていた。そしてそこの階段かいだん手欄てすりに、猛獣もうじゅうのようにしばりつけられている武蔵たけぞうのすがたをながめって、
「ほウ」
 と、大江山おおえやまおにでもたように生唾なまつばをのんだ。
 沢庵たくあんは、にやにやわらいながら、階段かいだんこしかけていた。
むらしゅう、これでおまえらも安心あんしんして耕作こうさくができるじゃろうが」
 人々ひとびとはたちまち沢庵たくあんむらまもがみか、英雄えいゆうかのように見直みなおした。
 土下座どげざをするものがあった。かれしいただいて、足元あしもとからおがものもあった。
「ごめん、ごめん」
 沢庵たくあんは、それらの人々ひとびと盲拝もうはいに、閉口へいこうしきったって、
むらしゅう、ようけ、武蔵たけぞうつかまったのは、わしがえらいためじゃない。自然しぜんことわりだよ。おきてにそむいててる人間にんげんはひとりもありはしない、えらいのは、おきてじゃよ」
「ご謙遜けんそんなさる、なおえらいわ」
「そんなにりするなら、かりにわしがえらいにしておいてもよいが。――ときに、みなしゅうに、相談そうだんがあるがの」
「ほ、なんぞ?」
「ほかではないが、この武蔵たけぞう処分しょぶんだ。わしが三日みっかのうちにとらえてなかったら、わしがくびくくり、もしとらえてたら武蔵たけぞうはわしの処分しょぶんにまかせると、池田侯いけだこう御家来ごけらい約束やくそくした」
「それはいておりましただ」
「だが、さて……どうしたものじゃろうな。本人ほんにんはこのとおり、ここへ召捕めしとってたが、ころしたものか、それとも、かしてはなしてやったものか?」
滅相めつそうな――」
 人々ひとびとは、一致いっちしてさけんだ。
ころしてしまうにかぎる。こんなおそろしい人間にんげんかしておいたとて、なにになろうぞ、むらたたりりになるだけじゃ」
「ふム……」
 沢庵たくあんなにかをかんがえているのをもどかしがって、
「ぶちころせっ」
 と、うしろの人達ひとたちはわめいた。
 すると、そのって、ひとりの老婆ろうばが、まえて、武蔵たけぞうかおをにらみつけながらそばってった、本位田家ほんいでんけのお杉隠居すぎいんきょであった、っていたくわえだりあげて、
「ただころしたぐらいではらえようか。――このにくていなほおゲタめ!」
 と、ふたみっちすえて、
沢庵たくあんどの」
 と、今度こんどかれのほうへってかかるようなけた。
「なんじゃ、おばば」
「わしのせがれ又八またはちはこやつのために生涯しょうがいあやまり、本位田家ほんいでんけ大事だいじあととりをうしなうたのじゃ」
「ふム又八またはちか、あのせがれは、あまり出来できがようないから、かえって、養子ようしをもろうたほうが、おぬしのためじゃないかの」
なにをいわっしゃる。よかれしかれ、わしのでござる。武蔵たけぞうは、このにとってかたき、こやつの処置しょちは、このばばに、まかせてくだされい」
 すると――ばばのそういう言葉ことばを、だれかうしろのほうさえぎったものがある。ならん! という横柄おうへいこえだった。人々ひとびとは、その人物じんぶつたもとにさわることをおそれるようにさっとひらいた、れい山狩やまがり大将たいしょう、どじょうひげ武士さむらいかおがそこにえた。

 おそろしく不機嫌ふきげんなていでいる。
「こらッ。見世物みせものではないぞ、百姓ひゃくしょう町人ちょうにんどもは、りおろう」
 どじょうひげは、呶鳴どなった。
 沢庵たくあんも、よこからいった。
「いや、むらしゅうるにはおよばんよ、武蔵たけぞう処分しょぶんをどうするか、相談そうだんのため、わしがんだのだ、いておくれ」
「だまれっ」
 どじょうひげは、かたをそびやかし、そういう沢庵たくあんをはじめ、お杉隠居すぎいんきょ群集ぐんしゅうめまわして、
武蔵たけぞうめは、国法こくほうおかした大罪人だいざいにん、しかも、せきはら残党ざんとうだんじてそのほうどもの処置しょちすることは相成あいならん。成敗せいばいは、おかみにおいてなされる」
「いけないよ」
 沢庵たくあんは、かおって、
約束やくそくがちがう!」
 断乎だんことしたいろしめした。
 どじょうひげは、自分じぶん一身いっしんにかかわるところと、躍起やっきになって、
沢庵たくあんどの、貴公きこうには、おかみより約束やくそく金子きんすをとらせるであろう。武蔵たけぞう此方こっちもうしうける」
 くと、沢庵たくあんはおかしげに、からからと哄笑こうしょうした。こたえもせず、わらってばかりいた。
 どじょうひげは、さおになって、
「ぶッ、ぶれいな。なにがおかしい」
「どちらが無礼ぶれいか。これ、おひげどの。おぬしはこの沢庵たくあんとの約束やくそく反古ほごにするか。よろしい、反古ほごにしてみい、そのかわり、沢庵たくあんとらえたこの武蔵たけぞうは、いますぐ、縄目なわめいて、ぱなすぞ」
 むら人々ひとびとは、おどろいて、ごし退いた。
「よいか!」
「…………」
なわいておぬしへケシかけよう。おぬしはここで武蔵たけぞう一騎打いっきうちして、勝手かって召捕めしとるがいい」
「あっ、て」
「なんじゃ」
折角せっかく召捕めしとったもの、縄目なわめいて、また騒動そうどうおこすにもおよぶまい。……では、武蔵たけぞうることはまかせるが、くびは、此方こちらわたすであろうな」
くびを? ……冗戯じょうだんではない、葬式そうしき坊主ぼうずのつとめ。おぬしに、死骸しがいをまかせては、てら商売しょうばいちゆかぬ」
 子供こどもあしらいである。沢庵たくあんは、揶揄やゆして、またむら人々ひとびとなおっていた。
一同いちどうへ、ご意見いけんもとめても、にわかに評議ひょうぎまりそうもない。ころすにしても、ばっさりってしまッては、はらえんというばばもいるからの。――そうだ、五日ごにちのあいだ、武蔵たけぞうは、あの千年杉せんねんすぎこずえげて、手足てあしみきしばりつけ、あまざらしかぜざらし、からすだまをほじらせてくれたらどうじゃろ?」
「…………」
 すこしひどすぎるとおもったのであろう、だれ返辞へんじをしなかった。すると、お杉隠居すぎいんきょが、
沢庵たくあんどの、よい智慧ちえじゃ、四日五日よっかいつかはおろか、十日とおかでも二十日はつかでも、千年杉せんねんすぎこずえさらしにかけ、最後さいごにはこのばばがとどめをしてくれまする」
 と、いった。
 無造作むぞうさに、
「じゃあ、そうめよう」
 沢庵たくあんは、武蔵たけぞうなわじりをつかんだ。
 武蔵たけぞうは、黙然もくねんと、うついたまま千年杉せんねんすぎしたあゆむのであった。
 むらものたちは、ふと、不愍ふびんかんじたが、先頃さきごろからの憤怒ふんぬはまだれなかった。たちまち、麻縄あさなわして、かれからだを、二丈にじょうそらこずえげ、藁人形わらにんぎょうのようにしばりつけてりてた。