253・宮本武蔵「風の巻」「連理の枝(1)(2)」


朗読「253風の巻95.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 27秒

連理れんりえだ

 柴折戸しおりど入口いりぐちから、城太郎じょうたろう声張こえはりあげて、
「おつうさん、ただいま
 おく呶鳴どなっておいてから、かれは、そこのいえめぐっているきれいなながれのそばすわりこみ、ざぶざぶとすねどろあらっていた。
 山月庵さんげつあん
 茅葺かやぶきの合掌がっしょうに、木額もくがくしろ文字もじあおがれる。つばめが、そこらにしろふんをちらし、ピチピチとさえずりながら、あしあらっている城太郎じょうたろうおろしていた。
「オオ、つめてえ。オオつめてえ」
 まゆをしかめていながら、かれはいつまでもあしこうともせず、あしみずなぶっていた。
 このみずはすぐそこの銀閣寺ぎんかくじ苑内えんないからながれてくる清冽せいれつなので、洞庭どうていのそれよりもきよく、赤壁せきへきつきのそれよりもつめたい。
 だが、つちあたたかく、かれこししたには、はなすみれがひしがれていた。城太郎じょうたろうほそめて、こういう日月にちげつしたせいけているのほどを、ひとりでたのしんでいるらしくえる。
 やがてかれは、れたあしくさいて、そっと縁側えんがわほうまわってった。ここのいえは、銀閣寺ぎんかくじ別当べっとうなにがし閑宅かんたくであったが、ちょうどいているというので、ぐるの――武蔵むさし瓜生山うりゅうやまわかれたあの翌日よくじつから、烏丸家からすまるけ口添くちぞえで、おつうのためにしばらくりうけたものだった。
 で――おつうは、あれ以来いらい、ずっとここにやまいやしなっていた。
 勿論もちろんのこと、さがまつにおける決戦けっせん結果けっかちくいち、ここにもつたわっている。
 黄母衣組きほろぐみのお使番つかいばんのように、あの城太郎じょうたろうさがまつ戦場せんじょうと、こことのあいだを、何十遍なんじゅっぺんとなく往復おうふくして、にとるごとく、おつう枕元まくらもとへそれを報告ほうこくしていたからである。
 城太郎じょうたろうはまた、彼女かのじょいまからだにとっては、薬餌やくじよりもなによりも、武蔵むさし無事ぶじなことをつたえてやるのが、最善さいぜん良法りょうほうであるとしんじていた。
 その証拠しょうこには、おつう日増ひまし血色けっしょくあらため、いまではつくえってすわっていられるくらいにまでなっている。――一度いちどはどうなるかと、城太郎じょうたろうすら心配しんぱいしたほどであった。おそらく、武蔵むさしさがまつんでいれば気持きもちだけでも、彼女かのじょもあのままってしまったにちがいなかった。
「ああ、おなかった。――おつうさん、なにしていたんだい」
 おつうは、かれ元気げんきかおを、むかえて、
「わたしはあさからただ、こうしてすわっていたり」
「よくきないなあ」
からだうごかさないでも、こころはさまざまに、あそばせていますから。――それより城太じょうたさんこそ、朝早あさはやくから、どこへったんですか。そこのお重筥じゅうばこなかに、きのういただいたはいっているからおべなさい」
あとにしよう。おつうさんにさきよろこばしてやることがあるから」
「なあに?」
武蔵様むさしさまネ」
「ええ」
叡山えいざんにいるとさ」
「ア……叡山えいざんへ」
「きのうも、おとといも、そのまえも、毎日まいにちのように、おいら方々聞ほうぼうきいてあるいていたんだよ。――するとね、きょういたのさ。武蔵様むさしさまは、東塔とうとう無動寺むどうじとまっているって」
「……そう。……ではほんとに御無事ごぶじでいらっしゃるのだわ」
「そうわかったら、一刻いっこくはやくがいい、またどこかへっちまうといけないからね。おいらもいまべたら支度したくするから、おつうさんもすぐ支度したくをおしよ。――こう、これからたずねてこう、無動寺むどうじへ」

 じっと、おつうのひとみは、あらぬほういている。いおりひさしごしにえるそらこころとおくしているのである。
 城太郎じょうたろうは、べ、ものつと、ふたたび、
「さ。こうよ」
 と、うながした。
 だが、おつう気色けしきもなく、いつまでも、すわっているので、
「どうしたんだい?」
 やや不満ふまん不平ふへいをあらわしてめた。
城太じょうたさん、無動寺むどうじくのは、しましょう」
「ヘエ?」
 すこし、かすように、城太郎じょうたろう不審いぶかりくちとがらして、
「なぜさ」
「なぜでも」
「ちぇッ、おんなって、これだからいやになっちまう。んでもきたいくせにして、さあ、そのひとのいるところわかったとなると、今度こんどはヘンてこにまして、そうのなんのとくるんだもの」
城太じょうたさんのいうとおり、んでもきたいほどですけれど」
「だから、んでこうというのに」
「けれど。……けれどね、城太じょうたさん。わたしはいつぞや瓜生山うりゅうやまで、武蔵様むさしさまとおにかかったとき、これが今生こんじょう最後さいごだとおもって、ありッたけなこころうちはなしてしまいました。武蔵様むさしさまも、きてはふたたわないとっしゃいました」
「だけど、きているんだから、いにってもいいじゃないか」
「いいえ」
「いけないの?」
さがまつ勝負しょうぶはついても、まだ武蔵様むさしさまこころとしては、ほんとにったとおもっているか、どんな用心ようじんをして叡山えいざん退いていらっしゃるのかそのお気持きもちわかりません。――それに、わたしっしゃったお言葉ことばもあるし、わたしも、必死ひっしつかんでいたあのおかたたもとはなして、もう、今生こんじょう恩愛おんないことわったと覚悟かくごしたのですから、たとえ、武蔵様むさしさま居所いどころわかっていても、武蔵様むさしさまのおゆるしがなければ……」
「じゃあ、このまま十年じゅうねん二十年にじゅうねんもお師匠様ししょうさまからなにもいってなかったらどうする?」
「こうしています」
すわったきり、そらながめてくらしているの」
「ええ」
へんひとだなあ、おつうさんというひとも」
「わからないでしょ。……だけどわたしにはわかっているの」
「なにが」
武蔵様むさしさまのおこころがです。――瓜生山うりゅうやま最後さいごのおわかれをするまえよりも、あのあとになってからのほうが、わたしには武蔵様むさしさまのおこころが、ずっとふかわかってたからです。それは、しんじるということなのです。以前いぜんは、武蔵様むさしさましたってはいました。生命いのちがけでおもっていました。城太じょうたさんのまえだけれど、ほんとにくるしいこいをつづけてました。けれど、武蔵様むさしさまをほんとにしんじていたかといえば、どうだかわかりませんでした。……いまはもうそうではない。たとえきてもんでも、はなれていても、おたがいのこころは、比翼ひよくとりのように、連理れんりえだのように、かたくむすばれているものとしんじていますから、ちっともさみしくなんかない。……ただ武蔵様むさしさまが、武蔵様むさしさまのおこころのままに、修行しゅぎょうみちへすすんでおあそばすように、いのっているばかりなんです」
 だまって、おとなしくいていたとおもうと、城太郎じょうたろうはいきなり呶鳴どなるようにいった。
うそいってらあ。――おんなって、うそばかりいってるんだ。――いいよ、じゃあもうきっとお師匠様ししょうさまいたいといわないね! これからさきはいくらベソをいたって、おいらはらないぜ」
 この数日すうじつ努力どりょくを、にされたように、城太郎じょうたろうはらてた。そしてばんまでくちをきかなかった。
 よいはいるともなくであった。いおりそと松明たいまつあかひかりし、そこをほとほとと打叩うちたたくものがあった。