245・宮本武蔵「風の巻」「菩提一刀(5)(6)」


朗読「245風の巻87.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 50秒

「なんじゃと」
 っとしたにちがいない、武蔵むさしあしめ、そして自分じぶん嘲罵ちょうばをあびせた堂衆どうしゅうをねめつけた。
きこえたか」
 こういったのはいま武蔵むさしのうしろから、外道げどう呶鳴どなった法師ほうしだった。武蔵むさし心外しんがいそうに、
役寮やくりょうめいとあるゆえ、神妙しんみょうおおせごとをもうしておるに、くちぎたない罵詈ばり心得申こころえもうさぬ。わざとそれがしに喧嘩けんかでもろうとさるか」
「みほとけつかえるわれわれ、喧嘩けんかなどはみじんもないが、おのずからのどやぶって、いまのような言葉ことばてしもうたのだから仕方しかたがない」
 すると、ほか法師ほうしも、
てんこえだ」
ひとをもっていわしめたのだ」
 加勢かせいするように、わめきかかった。
 さげすみのと――嘲罵ちょうばつばとが、武蔵むさしにあつまった。武蔵むさしは、えられない恥辱ちじょくかんじた。しかし、いかにも自分じぶんいどむようなかれらの態度たいどに、かた自分じぶんを、警戒けいかいしてだまっていた。
 このやま法師ほうしといえば、舌長したながいことでは古来こらいから有名ゆうめいである。堂衆どうしゅうというのはいわゆる学寮がくりょう生徒せいとである。生意気なまいきざかり、知識自慢ちしきじまんあたまでっかちの衒気げんき紛々ふんぷんなのがそろっているのだった。
「なんじゃ、さとのうわさがおおきいので、しかるべきさむらいかとおもうたが、こうたところ、つまらぬやつじゃ、はらでもててることか、ろくものもいえんではないか」
 だまっていればいるで、なお、毒舌どくぜつをふるうので、武蔵むさしもややいろした。
ひとをしていわしめるといわれたな。てんこえといわれたな」
「そうだ」
 傲然ごうぜんと、いいしてくる。
「それは、なんの意味いみか」
「わからんのか。山門さんもん衆判しゅうはんをいいわたされても、まだがつかんのか」
「……わからぬ」
「そうか。いやおのれ神経しんけいではそうもあろうて。あわれむべきおとこなんじだ。――だが、輪廻りんねはやがておもるであろう」
「…………」
武蔵むさし。……そこもと世評せひょうはひどくわるいぞ。下山げざんしてもをつけろよ」
世評せひょうなど、なにものでもござらぬ――いわしておけばいいのだ」
「ふふん、なにやら、自分じぶんただしそうなことを」
ただしい! おれは寸毫すんごうも、あの試合しあいにおいて、卑劣ひれつはしていない。……俯仰ふぎょうしてじるところはない」
て。そうはいわさん」
「どこに武蔵むさし卑屈ひくつがあったか。卑怯未練ひきょうみれんをしたというか。けんちかう、おれのたたかいには、微塵みじんよこしまはない!」
天晴あっぱかおして、おおきくいいおるわ」
「ほかのことなら、ながしもするが、拙者せっしゃけんにかかわって、あらぬ誹謗ひぼうをいいたてると、ゆるさぬぞっ」
しからば、いおうか。このいにたいして明答めいとうできるものならこたえてみい。――なるほど、吉岡方よしおかがたにもあま大勢おおぜいであった。敢然かんぜん一人ひとりであたってたたかいぬいたそこもと元気げんきというか、暴勇ぼうゆうというか、生命いのちらずなところだけはおおいにおう。えらいとたたえておいてもいい。――しかし、なにがゆえに、まだ十三じゅうさん四歳しさい子供こどもまでったか。あの源次郎げんじろうとよぶ幼少ようしょうを、無残むざんにもせたか――」
「…………」
 武蔵むさしおもては、みずをあびたように悄然しょうぜんと、のいろをうしなった。
二代目清十郎にだいめせいじゅうろうは、からだ不自由ふじゆうとなって遁世とんせいし、舎弟伝七郎しゃていでんしちろうも、なんじにかかってて、あとのこ血筋ちすじといえば……あの幼少源次郎ようしょうげんじろうしかないのだぞ。源次郎げんじろうったのは、吉岡家よしおかけ断絶だんぜつあたえたも同様どうようなのだ。……いかに武道ぶどううえとはいえ、なみだもない仕方しかたではあるまいか。外道げどう羅刹らせつをもってして、まだいいたらぬがするわ! それでもおぬしは人間にんげんか、いや、このくにやまざくらはなついわれるさむらいといえるかどうじゃ」

 じっと、さし俯向うつむいて沈黙ちんもくしつづけている武蔵むさしたいして、
山門さんもんにくしみもそのいきさつがれてたためじゃ、ほかのいかなる事情じじょうんでも、あんな幼少ようしょうを、てきかずれてった武蔵むさしこころはゆるしがたい。このくにのさむらいとは、そんなものじゃない。もっと、つよければつよいほど、傑出けっしゅつしていればいるほど、やさしいもの、ゆかしいもの、また、もののあわれをっているもの……。叡山えいざんは、なんじう! 一刻いっこくもはやく、このおやませいっ」
 あらゆる罵詈ばり、あらゆる嘲蔑ちょうべつ――武蔵むさしむねにはすくなくもそうこたえた――を堂衆どうしゅうたちはかれびせかけて、ぞろぞろとかえってった。
「…………」
 あまんじて、武蔵むさしは、そのしもとをうけ、ついにだまりとおしてしまった。
 ――が、しかし、それにたいしてこたえがなかったのではない。
(おれはただしい! おれの信念しんねんはちがっていない! あの場合ばあい、ただ、あれ以上いじょうるしかおれの信念しんねんてっする仕方しかたはなかったのだ)
 かれは、こころのうちで、いいわけではけっしてない――いまもこの信条しんじょうってうごかないのである。
 では、なぜ源次郎少年げんじろうしょうねんったのか。
 それにたいして、かれ自分じぶんむねのうちでは、あきらかにいいれる。
てき名目人めいもくにんとあるからには、それはてき大将たいしょうである。三軍さんぐん旌旗はたである)
 なぜ、それをってわるいか。また、こういう理由りゆうもある。
てきは、七十人ななじゅうにんからの人数にんずうであった。いかに、自分じぶん舎利しゃりとなってたたかっても、そのうち、十名じゅうめいれば、善戦ぜんせんしたものといわなければならない。だがもし、吉岡よしおか遺弟ゆいていばかりを、たとえ二十人斬にじゅうにんきっても、のこ五十人ごじゅうにんは、あと凱歌がいかをあげるだろう。――だから自分じぶんが、勝名乗かちなのりをげるためにも、だれよりもさき敵方てきがた旌旗せいきであるところの大将首たいしょうくびをまずさきげておく必要ひつようがあったのだ。――全軍ぜんぐんまもっている中心ちゅうしん象徴しるしに、自分じぶん一撃いちげきくだしておきさえすれば、たとえ、自分じぶんがあのさいにしても、あとに、自分じぶん勝利しょうり証拠しょうこだてられる)
 もっと、もっと、かれをしていわしめるならば、けん絶対的ぜったいてき法則ほうそくとその性質せいしつからでも、理由りゆうはなお幾言いくこともいうことができる。
 けれど武蔵むさしは、堂衆どうしゅうたちの面罵めんばたいして、とうとう、それを一言ひとこともいわずにしまった。
 なぜなら、それほどの理由りゆうをかたく信念しんねんしても、他人たにんでない彼自身かれじしんむねのうちになんともいえないざめのわるさ――いたましさやら慚愧ざんきやらを――かれ以上いじょうに、生々なまなましくむねにもっていたんでいるからである。
「……ああ、修行しゅぎょうなんて、もうめようか?」
 うつろなをあげて、武蔵むさしはなお、門前もんぜんちつくしていた。
 れかかって夕風夕空ゆうかぜゆうぞらなかに、しろやまざくらはりまよっている。きょうまでの一心不乱いっしんふらんも、そのはなびらのように霏々ひひくだけてちゅうにさまよう心地ここちがする。
「……そして、おつうさんと」
 かれはふと、町人ちょうにん気楽きらくさをおもいうかべた。光悦こうえつ紹由しょうゆうんでいる世間せけんかんがえた。
(いや! ……)
 大股おおまたに、かれは、無動寺むどうじなか姿すがたをかくした。
 部屋へやにはもうあかりがともっていた。ここも今夜こんやかぎりにらねばならない。
巧拙こうせつうところでない、供養くようこころもちが、菩提ぼだいへとどけばりるのだ。――今夜こんやのうちにげて、このてらのこしてゆこう)
 武蔵むさしは、短檠たんけいしたすわった。
 そしてりかけの観音像かんのんぞうひざうえおさえ、彫刀こがたなって、一念いちねんにまた、あたらしいくずらしはじめた。
 ――と、戸締とじまりもない無動寺むどうじ大廊下だいろうかへ、そっといあがって、のろまなねこのように、部屋へやそとにかがみこんだものがあった。