244・宮本武蔵「風の巻」「菩提一刀(3)(4)」


朗読「244風の巻86.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 31秒

「――お小僧しょうそう
 武蔵むさしはやっと、こたえる言葉ことばつけしていった。
「じゃあ、源信僧都げんしんそうずさくだとか、弘法大師こうぼうだいしりだとか、このおやまにもひじりった仏像ぶつぞうがたくさんあるが、あれはどういうものだろう」
「そうですね」
 稚児僧ちごそうくびをかしげて、
「そういえば、おぼうさんでも、をかいたり、彫刻ちょうこくをしたりするんですね」
 と、得心とくしんしたくないかおつきをしながら、うなずいてしまう。
「だから、剣者けんしゃ彫刻ちょうこくをするのは、けんのこころをみがくためだし、仏者ぶっしゃとうってるのは、やはり無我むが境地きょうちから、弥陀みだこころちかづこうとするためにほかならない。――くのもしかり、しょならうんでもしかり、各々おのおのあおつきひとつだが、高嶺たかねにのぼるみちをいろいろにまよったり、ほかのみちからってみたり、いずれもみな具相円満ぐそうえんまん自分じぶん仕上しあげようとする手段しゅだんのひとつにすることだよ」
「…………」
 ちかけると、お小僧しょうそうはおもしろくなくなったとみえ、小走こばしりにさきけて、くさむらのなかいっいしゆびさし、
「お客様きゃくさま、ここにあるは、慈鎮じちん和尚おしょうというおかたいたんですって」
 と、案内役あんないやくほううつる。
 ちかづいて、こけなか文字もじんでみると、

のりみず あさくなりゆく
すえ
おもへばさむし
比叡ひえやまかぜ

 武蔵むさしはじっとそのまえちつくしていた。偉大いだい予言者よげんしゃのようにその苔石こけいしえる。信長のぶながというおそろしく破壊的はかいてきでまた建設者けんせつしゃがあらわれて、この比叡山ひえいざんにも大鉄槌だいてっついくだしたため、それ以後いご五山ござんは、政治せいじ特権とっけんから放逐ほうちくされ、いまではじゃくとして、もと法燈一ほうとういっすいやまかえろうとしているが、いまなお、法師ほうしのうちには、戒力横行かいりきおうこう遺風いふうのこっているし、座主ざす位置いちをめぐって、相剋そうこく権謀けんぼうあらそごとはやまないといている。
 俗生ぞくせいすくうためにある霊山れいざんが、ひとすくうどころか、かえって俗生ぞくせいひとわれて、からくも布施ふせ経済けいざい習慣しゅうかんによってきているという現在げんざいふうおもいあわせると――武蔵むさし無言むごんまえにあって、無言むごん予言よげんかないではいられなかった。
「サ、まいりましょう」
 さきをうながして、お小僧しょうそうあゆみかけるとうしろからをあげて、ものがあった。
 無動寺むどうじ仲間僧ちゅうげんそうである。
 ふりかえ二人ふたりまえへ、その仲間僧ちゅうげんそうけてて、まず、お小僧しょうそうむかい、
「オイ清然せいねん、おまえは一体いったい、お客様きゃくさまをご案内あんないして、どこへくつもりじゃ」
中堂ちゅうどうまでこうとおもって」
「なにしに」
「お客様きゃくさまが、毎日観音様まいにちかんのんさまっているでしょう。ところが、うまくほれないとっしゃるもんだから、それなら中堂ちゅうどうに、むかしの名匠めいしょうつくったという観音様かんのんさまがあるから、それをにゆきませんかといって――」
「では、きょうでなくても、いいわけだの」
「さ、それはらないが」
 武蔵むさしはばかって、あいまいにいうと、武蔵むさしはそれをって仲間僧ちゅうげんそうびた。
御用ごようもあろうに、無断むだんでお小僧しょうそうれまいってわるいことをいたしたな。もとより、きょうとはかぎらぬこと、どうぞおれかえりください」
「いいえ、びにまいりましたのはこの稚児僧ちごそうではなく、あなたさまにおさしつかえなければ、もどっていただきたいとおもいまして」
「なに、拙者せっしゃに?」
「はい、折角せっかく、おましになった途中とちゅうを、なんともおそりますが」
だれか、拙者せっしゃたずねてものでもあるのでござるか」
「――一応いちおうは、留守るすもうしましたが、いやいまついそこでかけた、どうでもわねばならぬから、もどしていというて、がんとしてうごかないのでございます」
 ――はてだれだろうか、武蔵むさし小首こくびをかしげながらともかくもあゆした。

 山法師やまほうし横暴おうぼうぶりは、政権せいけん武家社会ぶけしゃかいからは、完全かんぜんわれていたが、尾羽おはらしても、まだ山法師やまほうしそのものの棲息せいそくは、このやま残存ざんぞんしていることは勿論もちろんである。
 雀百すずめひゃくまでのたとえのとおり、いまだにすがたもあらたまらないで、高木履たかぼくりをはき、大太刀おおたちよこたえているのがあるし、長柄刀ながえ小脇こわきっているのもある。
 それがひとかたまり、ざっと十名じゅうめいほど、無動寺むどうじ門前もんぜんで、ちかまえていた。
「……た」
「あれか」
 耳打みみうちしいながら、朽葉色くちばいろ頭巾ずきん黒衣こくいかげが、もうそこにちかえてた――武蔵むさし稚児ちごそうと、その二人ふたりむかえにった仲間僧ちゅうげんそうのすがたとへ、じっと、視線しせんをそろえた。
何用なにようだろうか?)
 むかえにものらないのであるから、武蔵むさしにはもとよりわかっていない。
 ただ東塔山王院とうとうさんのういん堂衆どうしゅうだということだけは途中とちゅういた。しかしその堂衆どうしゅうのうちに、一人ひとりとして知合しりあいなどはいそうもないのである。
大儀たいぎじゃった。おぬしらにようはない。門内もんない退んでおれ」
 ひとりの大法師だいほうしが、長柄刀ながえさきで、使つかいにやった仲間僧ちゅうげんそう稚児僧ちごそうとをはらった。
 そして武蔵むさしむかい、
「そこもとが宮本武蔵みやもとむさしか」
 と、たずねた。
 さきれいらないので、武蔵むさし直立ちょくりつしたまま、
「されば」
 と、うなずいてみせた。
 すると、そのうしろから、ずいと一足進ひとあしすすした老法師ろうほうしが、
中堂ちゅうどう延暦寺えんりゃくじ衆判しゅうばんによりもうしわたす」
 と奉書ほうしょでもむような口調くちょうでいった。
「――叡山えいざん浄地じょうちたり、霊域れいいきたり、怨恨えんこんうて逃避とうひするものの潜伏せんぷくをゆるさず。いわんや、不逞闘争ふていとうそうやからをや――じゃ。ただいま無動寺むどうじへももうしおいたが、即刻そっこく当山とうざんより退去たいきょあるべし。違背いはいあるにおいては、山門さんもん厳則げんそくらして断乎だんこ処罰申しょばつもうそうぞ、左様心得さようこころえられい」
「……?」
 武蔵むさしは、唖然あぜんとして、相手あいていかめしさをながめていた。
 なぜだろう。不審ふしんなわけだとおもう。はじめこの無動寺むどうじへたどりついて、がらを依頼いらいしたおりに、無動寺むどうじではねんのため、中堂ちゅうどう役寮やくりょうとどけをして、
(さしつかえない)
 という許可きょかをうけ、そのうえで、自分じぶん滞在たいざいゆるしてくれたのであった。
 それをきゅうに、罪人ざいにんでもうようにてるには、なにか、理由りゆうがなくてはならない。
おおせのおもむき承知しょうちいたしました。支度したくもととのわず、今日きょうはもはやあかるいとぼしゅうござれば、明朝みょうちょう発足ほっそくつかまつりましょう。それまでの御猶予ごゆうよを」
 武蔵むさし一応いちおう、そうおとなしくけておいて、
「――しかし、これはなにか、司直しちょくのお指図さしずでござろうか、それとも当山とうざん役寮やくりょう沙汰さたであろうか。さきに、無動寺むどうじよりのとどけには、滞在たいざいのことくるしからずと、おゆるしあったものを、にわかな御厳命ごげんめいはなはだそのぬが」
 むと、
「おう、そうくならばいってつかわそう。役寮やくりょうにおいては最初さいしょさがまつにて吉岡方よしおかがた大勢おおぜいをただ一名いちめい相手あいてにしたさむらいと、おてまえに、満腔まんこう好意こういをもっていたのであるが、そのあと、いろいろと悪評あくひょうつたわり、おやまかくまいくべからず――という衆議しゅうぎになったからじゃ」
「……悪評あくひょう
 武蔵むさしは、さもあろうことのようにうなずいた。その吉岡方よしおかがたが、世間せけんでどう自分じぶんをいいふらしているか――想像そうぞうするにかたくないからである。
 ここで、そんなうわさをまたきした人々ひとびとと、なにをかいいあらそおう。
 武蔵むさしひややかにもういちど、
「わかりました。いなやもござらぬゆえ、明朝みょうちょうは、かなら退きまする」
 こたはなして、門内もんないへはいろうとすると、そのへ、つばするようにべつの法師ほうしたちが口々くちぐちののしった。
よ! 外道げどう
羅刹らせつめ」
馬鹿ばかッ」