225・宮本武蔵「風の巻」「必殺の地(3)(4)」


朗読「225風の巻67.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 53秒

 半弓はんきゅうたずさえた門人もんじん三名さんめい鉄砲てっぽうった門人もんじん一名いちめい
「おびですか」
 と、まえすすんだ。
 御池十郎左衛門みいけじゅうろうざえもんは、
「ウム」
 とうなずいたのみで、源左老人げんざろうじんむかっていった。
御老台ごろうだいじつは、こういう用意よういまでいたしているのでござる。もう御懸念ごけねんりましたろう」
「ヤ、道具どうぐ
「どこか、小高こだか場所ばしょか、うえせておいて」
みにく仕方しかたと、世間せけんひょうがうるさくはないか」
世評せひょうよりは武蔵むさしたおすことが第一だいいちだ。ちさえすれば世評せひょうつくれる。やぶれたら真実しんじつをいっても、世間せけんごととしかいてくれまい」
「よし、そこまで、はらをすえてやるなら、異存いぞんはない。たとえ武蔵むさしに、五人ごにん六人ろくにん加勢かせいがついてても、道具どうぐがあればよもらしもいたすまい。……では評議ひょうぎ手間取てまどっているうちに、不意ふいかれてもなるまいぞ。采配さいはいはまかせる。すぐ配備配備はいびはいび
 老人ろうじんが、合点がてんすると、
「では、ひそめ」
 一同いちどうあたまうえへ、十郎左衛門じゅうろうざえもん叱咤しったをながした。
 三方さんぽう街道かいどうは、てきくじき、同時どうじに、前後ぜんご挟撃きょうげきするという戦法せんぽうのもとにかくれている前衛ぜんえいであり、さがまつは、本陣ほんじんというかたちでここには十名じゅうめいほどの中堅ちゅうけんのこる。
 蘆間あしまかりのように、くろ影法師かげぼうしわかれ、やぶしずみ、樹蔭こかげかくれ、あぜ腹這はらばいになった。
 また、そのあたりのそうして、たかうえに、半弓はんきゅうってスルスルとのぼってった影法師かげぼうしもある。
 鉄砲てっぽうったおとこは、さがまつこずえによじのぼり、月明つきあかりをにしながら、自分じぶんかげをかくすのに苦心くしんをしていた。
 松葉まつばかわが、ぱらぱらこぼれてた。したっていたかざ人形にんぎょうのような源次郎少年げんじろうしょうねんは、えりくびへをやりながらぶるいをした。
 見咎みとがめた源左老人げんざろうじんが、
「なんじゃ、ふるえているのか。臆病者おくびょうものめが」
背中せなか松葉まつばがはいったんです。なんにもこわくなどありません」
「それならよいが、おぬしにもよい経験けいけんというものだ。やがて斬合きりあいはじまるから、よくておくのだぞ」
 すると、三方道さんぽうみちのいちばんひがしにあたる修学院道しゅうがくいんどうほうで、突然とつぜん
馬鹿ばかッ!)
 と、おおきなこえきこえ、ざざざッ――とそのへんやぶさわいだ。
 ひそんでいた人間にんげんのうごきが方々ほうぼうでいるところをあきらかにした。かざ人形にんぎょう源次郎げんじろうは、
こわいッ」
 と、口走くちばしって、源左老人げんざろうじんこしへしがみついた。
たのだ!」
 御池十郎左衛門みいけじゅうろうざえもんはすぐ気配けはいったほうへむかってした。――しかしけてゆくうちに、へんだな? という気持きもちがした。
 あんじょうけていたてきではなかったのである。いつぞや六条柳町ろくじょうやなぎまち総門そうもんまえで、双方そうほうのあいだにってくちをきいたあの前髪若衆まえがみわかしゅう佐々木小次郎ささきこじろうがそこにって、
はないのか、たたかまえからがっていられるな。わしを武蔵むさし間違まちがえてッかかるようなこしではこころぼそい。わしは、今朝けさ試合しあい見届みとどにんとしてたのだ。立会人たちあいにんへ、やぶからぼうに――いややぶからやりきつける馬鹿者ばかものがあるか」
 と、れい大人おとなびた高慢顔こうまんがおで、そこらの吉岡門人よしおかもんじんしかりつけているのだった。

 しかし、此方こっちっているおりではあるし、小次郎こじろうのそうした態度たいどに、不審ふしんいだものもあって、
(こいつ、くさいぞ)
武蔵むさし助太刀すけだちたのまれて、さき様子ようすたのかもれぬ)
 吉岡方よしおかがたものささやいて、手出てだしは一応控いちおうひかえたものの、かれのまわりをこうとはしないのであった。
 そこへ十郎左衛門じゅうろうざえもんけつけてたので、小次郎こじろうのひとみはすぐしゅうてて、んで十郎左衛門じゅうろうざえもんってかかり、
立会人たちあいにんとして今暁こんぎょうこれまでまいったるに、吉岡衆よしおかしゅうはわしをもてきてかかった。これはそもそも貴所きしょのお指図さしずでありまするか。しかるとせば、不肖ふしょうながら、佐々木小次郎ささきこじろうも、ひさしく伝家でんか物干竿ものほしざお生血いきちぎをおこたっていたところで――勿怪もっけしあわせといいたいのだ。武蔵むさし助太刀すけだちする縁故えんこはさらにないが、自分じぶん面目上めんぼくじょう相手あいてとなってもしつかえないが。ご返答へんとうこう!」
 威猛高いたけだか獅子吼ししくである。
 こうした高飛車たかびしゃ物腰ものごしは、なんぞというと、この小次郎こじろう常套的じょうとうてき態度たいどであるが、その姿すがた前髪まえがみやさしげなところだけていたものは、ちょっと、度胆どぎもかれてしまう。
 ――だが、御池十郎左衛門みいけじゅうろうざえもんは、そのわないというかおつきで、
「ハハハハ、これはひどいご立腹りっぷくだな。しかし、今暁こんぎょう試合しあいに、貴公きこう立会人たちあいにんとして、だれたのんだか。――当吉岡一門とうよしおかいちもんものとしては依頼いらいしたおぼえがないが、それとも武蔵むさしからおたのみをうけてられたか」
「だまんなさい。いつぞや六条ろくじょう往来おうらいに、高札こうさつてたおり、しかと、わしから双方そうほうへいいおいた」
「なるほど、あの時貴公とききこうはいった。――自分じぶん立会人たちあいにんつとかたぬとか。――だがそのおり武蔵むさし貴公きこうたのむとはいわなかったし、当方とうほうでもおねがもうすといったつもりはない。ようするに、貴公一人きこうひとり事好ことごのみに、まくでもないまくへ、ひとりでやくってたのでござろう。そういうおせッ介者かいもの世間せけんによくあるものだて」
「いうたな」
 小次郎こじろう激発げきはつは、もう虚勢きょせいではなかった。
「――かえれっ」
 十郎左衛門じゅうろうざえもんはさらにいって、
見世物みせものではないっ」
 と、つばするようににがりきった。
「……ウム」
 いきくように、あおざめたおもてをうなずかせて、小次郎こじろうはすぐひるがえした。
「――ておれ、うぬら」
 かれもとみちのほうへしてこうとすると、ちょうどそのとき、十郎左衛門じゅうろうざえもんより一足遅ひとあしおくれてここへ壬生みぶ源左老人げんざろうじんが、
「おわかいの、小次郎殿こじろうどのとやら、ちなされ」
 と、あわててうしろからめた。
「わしに、ようはあるまい。いまの一言ひとことあとにものせてくれるからっておれ」
「まあ、そういわないで、しばらく、しばらく」
 老人ろうじんはそういって、息巻いきまきながらろうとしかけた小次郎こじろうまえまわって、
此方このほうは、清十郎せいじゅうろう叔父おじにあたるものでござる。おてまえさまは、かねて、清十郎せいじゅうろうからも、頼母たのもしき御仁ごじんなりとうけたまわっておりました。どういうちがいか、門弟もんていどもの卒爾そつじは、この老人ろうじんめんじて勘弁かんべんしてくださるよう」
「そうご挨拶あいさつをされると恐縮きょうしゅくします。四条道場しじょうどうじょうには、以前いぜん清十郎殿せいじゅうろうどのとの好誼よしみもあるので、助太刀すけだちとまではかずとも、十分好意じゅうぶんこういをもっているつもりなのに……あまりといえば、雑言ぞうごんくので」
「ごもっともじゃ、ご立腹りっぷくもっともじゃ。したが、唯今ただいまのことは、まあおながしのうえ、どうぞ、清十郎せいじゅうろう伝七郎でんしちろうふたりのために、何分なにぶん、ご加担かたんをおねがいもうす」
 如才じょさいなく、源左老人げんざろうじんは、この精悍せいかん慢心青年まんしんせいねんを、いい気持きもちにさせて、なだめぬいた。