224・宮本武蔵「風の巻」「必殺の地(1)(2)」


朗読「224風の巻66.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 28秒

必殺ひっさつ

 ――まだつきがある。
 あさといってもおそろしくはやいのだ。自分じぶんたちの影法師かげぼうししろみちうえに、黒々くろぐろかさなってうごくのが、なんだか不思議ふしぎえる。
案外あんがいだなあ」
「ウム、だいぶえないかおがある。百四ひゃくし五十人ごじゅうにんあつまるとおもっていたが」
「このぶんでは、半分はんぶんかな」
「やがてあとからえる壬生みぶ源左衛門殿げんざえもんどのや、御子息ごしそくや、あの親類しんるいがたをれて、まあろく七十人しちじゅうにんだろうな」
吉岡家よしおかけすたったなあ。やはり清十郎様せいじゅうろうさま伝七郎様でんしちろうさまふたつのはしらがもうけてしまったのだ。大廈たいかくつがえるとはこのことか」
 影法師かげぼうしひとかたまりがささやいていると、彼方かなた石垣いしがきくずれにこしかけているいちぐんが、
よわいことをいうな。盛衰せいすいはこのつねだ」
 と、だれ呶鳴どなるようにこっちへむかっていう。また、べつな一団いちだんが、
ないやつないにしておけばいいじゃないか。道場どうじょうじたからには、めいめい自活じかつみちかんがえるやつもあろう。将来しょうらい損得そんとく思慮しりょする人間にんげんもあるだろう。あたまえなことだ。――そのなかで、あくまで、意地いじ義気ぎききようとする遺弟ゆいていだけがここにおのずとあつまるのだ」
ひゃく二百にひゃくのという人数にんずうはかえって邪魔じゃまになる。つべき相手あいてはたった一人ひとりではないか」
「アハハハ。だれかまた、つよがっているわい。蓮華王院れんげおういんときはどうした。そこにいる連中れんちゅう、あのおり居合いあわせながら、みすみす武蔵むさし姿すがた見送みおくっていたのじゃないか」
 叡山えいざん一乗寺山いちじょうじさん如意にょいたけ、すぐ背後うしろやまみな、まだうごかないくもふところふかねむっている。
 ここは俗称ぞくしょう藪之郷やぶのごうさがまつ一乗寺いちじょうじあと田舎道いなかみち山道やまみち追分おいわけで、つじまたにわかれている。
 あさつきつらぬいてひょろなが一本松いっぽんまつ傘枝かさえだをひろげていた。一乗寺山いちじょうじさん裾野地すそのちともいえるやま真下ましたなので、みちはすべて傾斜けいしゃしているうえいしおおく、雨降あめふりのときながれになるみずのないかわあといくすじも露出ろしゅつしている。
 さがまつ中心ちゅうしんに、吉岡道場よしおかどうじょう面々めんめんは、月夜蟹つきよがにのようにさっきからそのあたりをめて、
「この街道かいどうみっつにわかれているので、武蔵むさしがどこからるかそれがかんがえものだ。同勢どうぜいをすべて三手さんてけて、途中とちゅうせ、さがまつには名目人めいもくにん源次郎様げんじろうさまに、壬生みぶ源左げんざどの、そのほか旗本格はたもとかくとして御池十郎左みいけじゅうろうざ植田良平殿うえだりょうへいどのなど、古参方こさんかた十名じゅうめいほどひかえておられたらよろしかろう」
 地形ちけいあんじていうものがあると、また一人ひとりが、
「いや、ここの足場あしば狭隘きょうあいだから、あまりいっしょ人数にんずうをかためておいてはかえって不利ふりだろう。それよりも、もっと距離きょりをおいて、武蔵むさしとおみちにかくれ、いちど、武蔵むさし姿すがたをやりすごしてから、まえうしろと、いちどにって、ふくろづつみにすればばんちもらすことはあるまい」
 と、一説いっせつてる。
 人数にんずう多数たすうからおのずとわきあがる意気いきてんをもくようにえた。はなれたりあつまったりする影法師かげぼうしにはみなながやかなかたなこじりか、よこたえているやりかげ串刺くしざしになっていた。そしてそのなかには、一人ひとり卑怯者ひきょうものらしいものもなかった。
「――た、た」
 まだ十分じゅうぶん時刻じこくはやいとわかっていながら、彼方あなたから一人ひとりさけんでると、すぐに、ぎくっとはだのうぶこおるような心地ここちして、影法師かげぼうしみなしいんとだまりこくった。
源次郎様げんじろうさまだ」
かごでござったな」
「なんといっても、まだお年若としわかだからな」
 人々ひとびといたほうに――とお提燈ちょうちんつ――その提燈ちょうちんよりもあかるいつきした叡山颪えいざんおろしにかれながら、ちらちらちかづいてるのがえた。

「やあ、そろったな、各々おのおの
 かごてたのは老人ろうじんだった。つぎかごからまだ十三じゅうさん四歳しさい少年しょうねんりた。
 少年しょうねん老人ろうじんも、白鉢巻しろはちまきをして、たか股立ももだちをかかげていた。壬生みぶ源左衛門げんざえもん父子おやこである。
「これ、源次郎げんじろう
 老人ろうじんは、へいいかせた。
「そちはこのさがまつのところにっておればよい。まつ根元ねもとからうごくでないぞ」
 源次郎げんじろうだまってうなずいた。
 そのつむりでながら、
「きょうのはたいは、そちが名目人めいもくにんになっているが、たたかいは、ほか門弟衆もんていしゅうがやる。おまえはまだおさないからじっとここにひかえていればよいのじゃ」
 源次郎げんじろうはこっくりして、正直しょうじきにすぐまつ根元ねもとき、五月人形ごがつにんぎょうのように凛々りりしくった。
「まだよい、まだちとはやい、夜明よあけまでにはだいぶがあるでな」
 こしさぐって、がんくびおおきな太閤張たいこうばりの煙管きせるき、
はないか」
 と、まず味方みかた余裕よゆうのあるところをしめすつもりでまわすと、
壬生みぶ御老台ごろうだい火打石ひうちいしはいくらもあるが、そのまえに、人数にんずう手分てわけしておいてはどうか」
 御池十郎左衛門みいけじゅうろうざえもんまえていう。
「それも一理いちりあるな」
 たとえ血脈けつみゃくあいだがらとはいえ、幼少ようしょうはたいの名目人めいもくにん提供ていきょうしてしまないほどの好々爺こうこうやである。いちもなく他説たせつしたがって、
「――では早速さっそくそなてしててきとう。しかし、この人数にんずうをどうけるというのか」
「このさがまつ中心ちゅうしんとし、三方さんぽう街道かいどうへ、各々おのおの約二十間やくにじゅっけんばかりの距離きょりをおいて、みち両側りょうがわひそんでいることとする」
「して、ここには」
源次郎様げんじろうさまのそばには、拙者せっしゃ、また御老台ごろうだい、その他十名ほかじゅうめいほどのものがいて、まもるばかりでなく、三道さんどうのどこからか、武蔵むさしたとの合図あいずおこったら、すぐそれへ合体がったいして一挙いっきょかれほうむってしまう」
まつたっしゃい」
 老人ろうじんらしく、っくりかんがえこんで、
「――いくしょにも分割ぶんかつしてしまうことになるなら、武蔵むさしが、どのみちからるかわからぬが、さきかれへぶつかる人数にんずうは、およそ二十名にじゅうめいぐらいにしかあたるまい」
「それだけが、一斉いっせいいているうちには」
「いや、そうでないぞ。武蔵むさしにも、何名なんめいかの加勢かせいがついてるにきまっている。それのみでなく、いつぞやのゆきよる伝七郎でんしちろうとの勝負しょうぶてに、あの蓮華王院れんげおういんでの退しりぞきようをても、武蔵むさしというやつけんするどいかしらんが、退きも上手じょうずじゃ。いわゆる上手じょうずという兵法へいほうったやつじゃ。だから、手薄てうすなところで、ばやくさん四名よめいわせ、さっとげて――あと一乗寺いちじょうじあとにおいては、吉岡よしおか遺弟七十余名ゆいていななじゅうよめい相手あいてに、われ一人ひとりにてったりと、世間せけんへいいらすかもわからぬて」
「いや、そうはいわさぬ」
「――というたところであととなれば水掛論みずかけろん武蔵むさしほうに、何名助太刀なんめいすけだちがついてても、世間せけんかれひとつしかいわぬ。その一人ひとり大勢おおぜいとでは、世間せけん相違そういなく、大勢おおぜいらしいほうにくむ」
「わかりもうした。つまり今度こんどという今度こんどこそは、だんじて、武蔵むさしかしてがすようなことがあってはならぬということでしょう」
「そうじゃ」
っしゃるまでもなく、まんいちにも、ふたたび武蔵むさしがすような失策しっさくしょうじたら、あとでどう弁解べんかいしても、われわれの汚名おめいはもうぬぐわれますまい。ですから今暁こんぎょうは、ただひとつに彼奴きゃつころすのを目的もくてきとし、そのためには、手段しゅだんえらばない所存しょぞんでござる。死人しにんくちなし、ころしてさえしまえば、世間せけんはわれわれのぶるげんしんじてくしかないのですから」
 御池十郎左衛門みいけじゅうろうざえもんはそういって、あたりにれをつくっている人々ひとびとのうちを見廻みまわして、五人ごにんびあげた。