217・宮本武蔵「風の巻」「門(3)(4)」


朗読「217風の巻59.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 28秒

 さえぎるもののない以上いじょう武蔵むさしほうどま理由りゆうもない。
 大股おおまたかれあしが、もう編笠茶屋あみがさぢゃやまえぎて、百歩ひゃっぽさきをぐんぐんとあるいてころになって、
「やるなッ――」
 と、吉岡方よしおかがたなかから一人ひとりさけんだようであった。
 すると、こえあわせて、
「やるなっ」
「やるな!」
 おな言葉ことばげながら、どやどやとかれうしろからまえほうへとはち九名くめいかげまわり、
「――武蔵待むさしまてッ」
 と、ここにはじめて、正面しょうめんから激突げきとつをあげてきた。
 ――と、武蔵むさしは、
なにかっ?」
 と相手あいてみみ不意ふいかんじるようなつよさでこたえ、そのこたえとともによこへずっと退いて、みちばたの小屋こやにしてった。
 小屋こやよこに、おおきな材木ざいもく枕木まくらぎよこたわっているし、あたりに大鋸屑おがくずもっているなどからても、これは木挽きびき職人しょくにん寝小屋ねごやらしかった。
 物音ものおとに、
喧嘩けんかか」
 と、なかからけかけた木挽こびきおとこは、そと景色けしきをひと目見めみると、
「わっ」
 あわててめ、内側うちがわ心張しんばぼうをかって、それなり布団ふとんでもかぶってしまったのか、しいんとして、なかひとがいるともおもわせない。
 吉岡方よしおかがたのものは、野犬やけん野犬やけんつのるように、指笛ゆびぶえらしたり、呼号こごうをあげたりして、にここへわらわらとあつまってた。こういうおり人数にんずうは、二十人にじゅうにん四十人よんじゅうにんにも、四十人よんじゅうにん七十人ななじゅうにんにも、おおえるものであるが、正確せいかくにかぞえても、三十人以下さんじゅうにんいかではなかった。
 くろに、武蔵むさしりまいた。
 いや、その武蔵むさしが、背中せなか一方いっぽう木挽小屋こびきごやにつけているので、その小屋こやもろとも、かこんだというかたちである。
「…………」
 武蔵むさしは、三面さんめんてき頭数とうすうを、じっとみながら、この状態じょうたいが、どう変化へんかしてかかってるか――それをじっとているようなひとみであった。
 三十人さんじゅうにん人間にんげんがかたまれば、それは三十人さんじゅうにん心理しんりではない、一団いちだんはやはり一個いっこ心理しんりである。その心理しんり微妙びみょううごきをって機先きせんてしまうことは、そうむずかしいことではなかった。
 あんごとく、いきなり単独たんどくで、武蔵むさしりつけてるようなものはない。集合体しゅうごうたい当然とうぜん姿勢しせいとして、多数たすうひと個性こせいにかたまるまでのしばらくのあいだは、ただがやがやとさわいで、武蔵むさし遠巻とおまきにしながら口々くちぐちののしり、なかには、市井まちのならずものみたいに、
「……野郎やろう
 とか、また、たんに、
青二才あおにさい
 とかうめいて、自分じぶんたち個々ここよわさを、いたずらにしめすにぎない虚勢きょせいのまま、ややしばらく、おけのようにまるくなって、武蔵むさしかこんでいた。
 最初さいしょから一個いっこ意思いし行動こうどうっている武蔵むさしのほうは、そのあいだ、わずかなあいだにしろ、かれらよりは十分じゅうぶん余裕よゆうっていた。大勢おおぜいかおなかで、どれとどれが手強てごわいか、どのへんもろいか、ぴかぴかひかつきをひろって、およそこころそなえておく余地よちすらあった。
拙者せっしゃに、てといわれたのはだれだ。いかにも、拙者せっしゃ武蔵むさしだが」
 かれが、見渡みわたしていうと、
「われわれだ。ここにいる一同いちどうびとめたのだ」
「では、吉岡よしおか御門下ごもんかか」
「いうまでもなかろう」
御用事ごようごととは」
「それも、あらためて、ここでいう必要ひつようもないとおもう。――武蔵むさし支度したくはいいか」

支度したく?」
 ちらとくちびるゆがむ。
 てつおけみたいに、かれかこんでいる殺気さっきは、かれしろかられた冷笑れいしょうに、ふと毛穴けあなまるようなものにおもてかれた。
 武蔵むさしは、語気ごきげて、すぐいいつづけた。
武士ぶし支度したくは、にも出来できておること、いつでもまいられい。もない喧嘩仕けんかしかけに、人間にんげんらしい口数くちかずや、武士ぶしらしい刀作法かたなさほうは、ことおかしい。――だが、て、一言聞ひとこときいておきたい。各々おのおのはこの武蔵むさしを、暗殺あんさつしたいか、正当せいとうちたいか」
「…………」
意趣遺恨いしゅいこんたか、試合しあい仕返しかえしでたか。それをこう」
「…………」
 言葉ことばのうちにでも、勿論もちろん武蔵むさし――またそのからだめるすき見出みいだせたなら、まわりのやいばあなからみずくように、かれきょむかっていてるはずであるが、そういうものもなく、数珠ずずのような沈黙ちんもくしばられている大勢おおぜいのうちから、
「いわずともれたこと!」
 と、大喝だいかつして、武蔵むさしのことばにこたえたものがある。
 ぎらっと、武蔵むさしはそのかおひとみ射向いむけた。年輩ねんぱい態度たいど、このなかでは、吉岡方よしおかがたしかるべきものらしくおもえる。
 それは、高弟中こうていちゅう御池みいけ十郎左衛門じゅうろうざえもんだった。十郎左衛門じゅうろうざえもんは、自分じぶんがまず、初太刀しょだち皮膜ひまくろうとするものらしく、ズズと、あしをすすめて、
清十郎敗せいじゅうろうやぶれ、つづいて御舎弟ごしゃてい伝七郎様でんしちろうさまたれ、なんのかんばせあって、われわれ吉岡門よしおかもん遺弟ゆいていが、なんじ無事ぶじかしておけるかっ。――不幸ふこうなんじのために、吉岡門よしおかもん泥地どろちにまみれたれど、恩顧おんこ遺弟数百ゆいていすうひゃくちかって御無念ごむねんをはらさいではおかぬ。意趣遺恨いしゅいこんのという狼藉ろうぜきではない、えんをそそぎたてまつ遺弟ゆいていとむら合戦がっせんだわ。武蔵むさしっ、不愍ふびんだが、なんじくびはわれわれがもうしうけたぞ」
「おお、武士ぶしらしい挨拶あいさつうけたまわった。そういう趣意しゅいとあれば、武蔵むさし一命いちめいあるいはさしげぬかぎりもない。しかし、師弟してい情誼じょうぎくちにし、武道ぶどうえんそそごうというかんがえなれば、なぜ、伝七郎殿でんしちろうどのごとく、また清十郎殿せいじゅうろうどのごとく、堂々どうどうと、この武蔵むさしへすじみちてて正当せいとう試合しあいおよばれぬか」
「だまれっ! なんじこそ、今日きょうまで居所きょしょをくらまして、われわれのがなくば、他国たこくげのびようといたしながら」
卑劣者ひれつものは、ひと心事しんじ卑劣ひれつ邪推じゃすいする、武蔵むさしは、かくのとおり、げもかくれもしておらぬ」
つかッたればこそであろうが」
「なんの、姿すがたくらますこころなら、これしきの場所ばしょ、どこからでも」
しからば、吉岡門よしおかもんものが、あのまま、なんじ無事ぶじとおすと心得こころえていたか」
「いずれ、各々おのおのから挨拶あいさつはあるものとぞんじていた。しかし、かような繁華はんか町中まちなかで、ひとさわがせ、野獣やじゅうか、無頼者ならずもののような、理不尽りふじんあらそいをえんじては、われら、一個いっこばかりか、武士ぶしというものすべてのはじさらし。各々おのおのもうさるる師弟してい名分めいぶんも、かえって、わらいぐさではあるまいか、たいしてもはじのうわりではござるまいか。――さもあらばあれ、師家しか絶滅ぜつめつ吉岡道場よしおかどうじょう離散りさん、このうえはじ外聞がいぶんもあろうかと、武門ぶもんてたとあらばなにをかいおう、武蔵五体むさしごたい両刀りょうとうのつづくかぎりは、相手あいてになる、死人しにんやまきずいてみせる」
「なにをッ」
 十郎左衛門じゅうろうざえもんではない。十郎左衛門じゅうろうざえもんよこあいから一人ひとりが、こうひじつるりかけると、どこかで、
「――板倉いたくらるぞっ」
 呶鳴どなったものがある。