215・宮本武蔵「風の巻」「伽羅の君(5)(6)(7)」


朗読「215風の巻57.mp3」13 MB、長さ: 約 14分 14秒

「はい、かしこまりました」
 と、城太郎じょうたろう神妙しんみょうである。
 この使つかいさえめば、武蔵むさしはここをて、おつうさんのところてくれるものとおもい、それをたのしみに、
「じゃあ、ってます」
 先方せんぽうかえ小袖羽織こそでばおり風呂敷ふろしきにつつみ、べつに、武蔵むさしから光悦こうえつてていた一通いっつうもそのあいだはさんで背中せなかいかけていると、そこへ夜食やしょくはこんで以前いぜん引船ひきふねが、
(オヤ、どこへ)
 と、をみはって武蔵むさしからそのわけくと、
「まあ、んでもないこと」と、かためた。
 なぜならば――
 と引船ひきふね武蔵むさしはなす。
 この夕方ゆうがたに、扇屋おうぎや店先みせさきで、みせわかものを、にもない木刀ぼくとうなぐりつけ、ちどころがわるかったとみえて、そのおとことこについてうんうんうなとおしている。
 遊廓くるわ喧嘩けんかだからさわぎはそれきりでんでいるし、吉野様よしのさまからお内緒ないしょへもわかしゅうへも、そっと、内済ないさいにとくちをきいてはあるが、そのがやたらに、宮本武蔵みやもとむさし弟子でしだと威張いばりちらしたので、だれくちからともなく、武蔵むさしはまだ扇屋おうぎやおくにかくれているといううわさよいからひろがり、それが遊廓ゆうかく総門そうもんそとに、さきごろからあみっている吉岡方よしおかがたものへもきこえているらしい。
「……ははあ」
 と、武蔵むさしはじめて、そんな事件じけんったように、城太郎じょうたろう姿すがた見直みなおす。
 城太郎じょうたろうは、かくしていたことが武蔵むさしにわかって、面目めんぼくないように、あたまき、だんだんすみ退がって、ちいさくなっている。
「だのに、そこへいま、ひょこひょことそんなもの背負せおって総門そうもんからってごらん――どうなるか」
 と、引船ひきふねはまた、それについて外部がいぶのもようを武蔵むさしげるのであった。
 ――何分なにぶんにも、おとといから昨日きのう今日きょうと、三日みっかにわたって、吉岡方よしおかがたものが、あなたのねらっていることはたいへんなもので、吉野様よしのさまやお内緒ないしょでも、それを心痛しんつうしている。
 光悦様こうえつさまもおとといのよる、ここからかえおりにくれぐれもたのんでかれたことだし、扇屋おうぎやとしても、そういう危地きちにあるあなたを、すようなことはできない。こと吉野様よしのさま細心さいしんづかいをして、あなたのかばっている。
 ……しかし。
 こまったことは、吉岡方よしおかがたもの執念深しゅうねんぶかく、この遊廓くるわ出入でいりに見張みはりをつけていることで、みせへも昨日きのうから、何度なんど吉岡門下よしおかもんかものというのが武蔵むさしかくまっているだろうとか、うるさくさぐりにるので、それはていよくはらってはいるが、先方せんぽう疑惑ぎわくは、なかなかくべくもなく、
扇屋おうぎやからたら)
 と、その機会きかいを、つばきしてっていることはれている。
 よくはわからないが一人ひとりのあなたをつために、吉岡方よしおかがたものは、まるでいくさのような物々ものものしい段取だんどりをして、幾重いくえにも見張みはりて、どんなことをしても、今度こんどころしてしまうといっているそうです――とも引船ひきふねはいって、
「ですから、もう五日ごにち、じっとここにかくれておいであそばしたほうがよかろうと、吉野様よしのさまもお内緒ないしょ心配しんぱいしていらっしゃいます。そのうちには、吉岡よしおかしゅういてしまって、見張みはりを退くでございましょうし……」
 武蔵むさし城太郎じょうたろう二人ふたりへ、夕飯ゆうはん給仕きゅうじをしながらも、あれやこれや親切しんせつ引船ひきふねはいってくれたが、武蔵むさし好意こういだけをしゃして、
おもうところもありますから」
 と、今夜こんやここを意思いしひるがえさなかった。
 で――光悦こうえついえ使つかいのけんだけは、引船ひきふね忠告ちゅうこくれて、それからすぐ、扇屋おうぎやわかものはしらせてやることにした。

 使つかいはもなくかえってた。光悦こうえつからの返辞へんじには、

おりもあらばまたそうろわん、ながみじかひとみち、たのみまいらすにつけお身大事みだいじにいそしみたまわれとのみ、よそながらいのもうされてこそそうろ
  がつ   にち   光悦こうえつ
武蔵むさしどの

 といてあった。短文たんぶんではあるが光悦こうえつ気持きもちはよくれる。また武蔵むさしが、いま身辺しんぺんるいを、あの平和へいわ母子おやこ生活せいかつにおよぼすまいとして、わざと、かれいえらないでいるこちらの気持きもちも、十分理解じゅうぶんりかいしてくれているようであった。
「そしてこれは、先日せんじつあなたさま光悦様こうえつさまのおいえいでおいた以前いぜんのお小袖こそでだそうで」
 と、使つかいのおとこは、こちらからとどけた羽織小袖はおりこそでとひきえに、武蔵むさしまえからていたふる着物きものはかまとをってかえり、
本阿弥ほんあみのお老母様としよりさまからも、くれぐれもよろしくとおおせられました」
 と、口上こうじょうつたえて、扇屋おうぎや母屋おもや退がってった。
 つつみをいて、以前いぜんふる着物きものると、武蔵むさしはなつかしかった。あのやさしい気持きもち妙秀尼みょうしゅうにせてくれた小洒張こざっぱりした衣裳いしょうよりも、この扇屋おうぎや借着かりぎしている伊達だてあわせよりも、雨露あめつゆよごれた一着いっちゃく木綿着物もめんきもののほうが、かれには、自分じぶんはだにぴったりしたもののようにおもわれた。これこそ、修行中しゅぎょうちゅう行衣ぎょういであり、これ以上いじょう必要ひつようすこしもかんじないのであった。
 ほころびてもいたし、雨露あめつゆあせにもよごれていたはず、さだめしむさいにおいがたたまれていたであろうとおもいながら、そでとおはかまけてみると、意外いがいにも折目おりめが、ぴんとついていて、あの襤褸つづれにひとしい古小袖ふるこそでが、うまかわったように、仕立したなおしてあった。
老母としよりというものはよいものだ。自分じぶんにもははがあったら」
 武蔵むさしはふと孤愁こしゅうとらわれて、これからきてこうとする生涯しょうがいを、こころなかはるかにえかいてみる。
 すでに父母ふぼはない。自分じぶんれない故山こざんに、わびしいひとりのあねがあるばかりである。
 かれは、しばらく沈湎ちんめん俯向うつむいていた。ここも、三日みっかかり宿やどだった。
「さ、とうか」
 れたかたなせ、かためたおび肋骨ろっこつのあいだへぎゅっとむと、かれのふとしたさびしさはもうつよ意思いしそとはじされていた。そのかたなこそ父母ふぼでありつまであり兄弟きょうだいであるとしよう――と、そうかねがねこころちかっていたところへかれこころかえっていた。
くの。――お師匠ししょうさま」
 城太郎じょうたろうさきにそこをて、うれしそうに今夜こんやほした。
(これから烏丸様からすまるさまのおやかたまでけば、ずいぶんおそくなるけれど、いくらけたって、おつうさんはきっと、ずにっているにちがいない。――どんなにびっくりするだろうな、きっと、あんまりうれしがって、またいちまうかもれないぞ)
 ゆきばんからこっち、毎晩まいばんそらうつくしかった。城太郎じょうたろうは、これから武蔵むさしれてって、おつうよろこんでもらうことのみ空想くうそうしていた。ほしあおぐと、そのほしのまたたきまでが、自分じぶんとともに、よろこんでくれているようにおもえる。
城太郎じょうたろう、おまえは、裏木戸うらきどからはいってたのか」
「え。うらだかおもてだからないけれど、さっきのおんなのひとと一緒いっしょに、そこのもんから」
「では、さきて、っていてくれ」
「お師匠ししょうさまは」
「ちょっと、吉野よしのどのに挨拶あいさつもうして、すぐくから」
「じゃあ、そとて、っているよ」
 そんなわずかなあいだも、かれのそばをはなれるのは、多少不安たしょうふあんがないでもなかったが、今夜こんや城太郎じょうたろうはもう、なにをめいぜられても、いたって素直すなおになりきっていた。

 この三日みっかほどを、このかくのうちで、武蔵むさしは、われながら、かえってよくあそんだとおもう。
 たとえていうならば、今日きょうまでの自分じぶん心神しんしん肉体にくたいというものは、ちょうど、りつめている厚氷あつごおりのようなものであったとおもう。
 つきにもこころじ、はなにもみみをふさぎ、太陽たいようにもむねをひらかず、ただつめたく凝結ぎょうけつしていた自分じぶんというものが、かえりみられる。
 そうした精進一途しょうじんいちず自分じぶんのすがたにも、かれは、ただしさをしんじているが、同時どうじに、せまくてちいさい一個いっこ頑固者がんこものにすぎないものが――自分じぶんとなることをかれはおそれかけた。
 沢庵たくあんからずっとまえに、
(おまえのつよさは、けものつよさとかわりがない)
 といわれたり、また奥蔵院おくぞういん日観にっかんからも、
(もっとよわくなれ)
 と忠告ちゅうこくされたりしたことをおもいあわせると、武蔵むさしはこのさきともに、この三日さんにちのような悠暢ゆうちょうつことが、自分じぶんには大事だいじであるとかんがえた。
 そういう意味いみで、いま、ここの扇屋おうぎや牡丹ぼたんばたけるにつけても、かれ無益むえきついやしたとはすこしもおもわなかった。むしろ、あまりにりきっている生命せいめいへ、暢々のびのびと、天然放縦てんねんほうじゅうのわがままをあたえて、さけものみ、転寝うたたねもし、しょみ、画筆がひつもてあそび、欠伸あくびもしたりして、存分ぞんぶんごした得難えがた貴重きちょうであったと感謝かんしゃされるのだった。
(――そのれいを、吉野よしのどのに一言ひとこといいたいが)
 と、武蔵むさしは、扇屋おうぎやにわただずみながら、彼方あなたはなやかな灯影ほかげていた。けれど奥深おくぶか座敷ざしきほうにはかわらない「買手かいてども」の猥歌わいか三絃さんげんちていて、吉野よしのにこっそりってすべもない。
(ではここから)
 と武蔵むさしは、むねのうちで、わかれをげ、また三日みっかにわたるあいだの彼女かのじょ好意こういにも、しんかられいげてそこをった。
 ――裏木戸うらきどからそとて、たせておいた城太郎じょうたろうかげへ、をあげて、
「さ、こうぞ」
 びかけると、そのうしろから、城太郎じょうたろうとはべつに、小走こばしりにいかけてものがある。
 禿かむろのりんであった。
 りんは、武蔵むさしへ、
「これ、太夫様たゆうさまから――」
 となにかわたして、すぐ木戸きどなかけこんでしまった。
 ちいさくむすんだ一片いっぺんかみきれである。色紙しきしほどな懐紙かいしであった。ひらいて、文字もじのゆくまえに、ほのかな伽羅きゃらうつがする。

ちぎりてはちる夜々よよのあだばな数々かずかずよりも、つきのおんかげこそわすざらめ
しみじみ、かたろういとまもなく雲間くもまのおわかれ、よそのさかずきに、なげけばと、ひとはわらいそうろわめど、ただ一筆いっぴつのみを

   よしの

「お師匠ししょうさま、それ、だれからたてがみ」
だれからでもない」
おんなひと
らん」
「なんといてあるの」
「そんなこと、かなくてもよい」
 武蔵むさしたたみかけると、城太郎じょうたろうのびをして、
「いいにおいがする。伽羅きゃらみたいなにおいだなあ」
 と、のぞいていう。
 伽羅きゃらのかおりは、城太郎じょうたろうはなにもわかるものとみえる。