214・宮本武蔵「風の巻」「伽羅の君(3)(4)」


朗読「214風の巻56.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 25秒

 ほんとかなあ?
 ほんとにいるのかしら。
 どうも城太郎じょうたろうには、素直すなおしんじられないらしいのである。
 あれほどさがしにさがしぬいていた武蔵むさしが、いま自分じぶんっているすぐまえ小屋こやなかにいる――それがどうもかれにはあま簡単かんたんすぎてけとりがたい。
 ではあきらめて、すかとおもえば、それどころか、その田舎家いなかやめぐあるいて、しきりともう、なかのぞまどをさがしている城太郎じょうたろうなのでもある。
 いえよこに、まどはあった。ただしかれ背丈せたけでは寸法すんぽうがちとらない。そこで城太郎じょうたろうは、植込うえこみのあいだからいしをころがしててそれへってみた。――たけ櫺子れんじにやっとはなとどく。
「……ア、お師匠様ししょうさまだ」
 のぞした行為こういかえりみて、かれは、こえをのんでしまったが、そこからでもばしたいようななつかしいひと姿すがたに、城太郎じょうたろうひさりで出会であった。
 のそばに、武蔵むさしは、手枕てまくらをかってうたたしていた。
「――暢気のんきだなあ」
 と、あきてたようなまるが、そのまま、まど竹格子たけごうしに、いていた。
 こころよげに昼寝ひるねしている武蔵むさしのからだのうえには、だれがそっとかけてったのか、桃山ももやま刺繍ぬいおもそうな裲襠うちかけせてあった。また、かれけている小袖こそでも、つねのごつごつした地味じみなものとはちがい、伊達者だてしゃこのみそうな大柄おおがら着物きものていた。
 すこはなれて、一枚いちまいあか毛氈もうせんいてあり、画筆えふでだの、すずりだの、かみだのがらかっている。その反古ほごのうちには、手習てならいしたような茄子なすや、にわとり半身はんしんなどがえた。
「こんなところで、なんぞいていたんだぜ。おつうさんの病気びょうきらないでさ」
 城太郎じょうたろうは、ふと、いきどおりにたものをむねいた。武蔵むさしのからだにかけてあるおんな裲襠うちかけわないのである。また、武蔵むさしている派手はで着物きもの嫌厭けんえんがわくのであった。かれにも、そこらにただよっているなまめいたもののにおいはわかっている。
 この正月しょうがつ五条大橋ごじょうおおはしかれつけたときも、武蔵むさしは、わかむすめすがられて、往来中おうらいなかかれていた。今見いまみれば、またこのざまだし、
(どうかしているぞ、このごろ、おいらのお師匠ししょうさまは)
 と、大人おとな慨嘆然がいたんぜんたりというかおつきにたようなほろにがさが、かれおさなこころにも、げてずにいられないものらしいのである。
 それからふと、
(よし、おどろかしてやれ)
 と、悪戯心いたずらごころが、忌々いまいましさをそそってて、なにか、おもいついたらしく、そっといしうえからあしおろそうとすると、
城太郎じょうたろうだれた?」
 武蔵むさしこえである。
「え?」
 また、のぞいてみると、ねむっていたひとは、うすいて、わらっていた。
「…………」
 返辞へんじよりもさき城太郎じょうたろうおもて戸口とぐちまわって、そこをけるやいなや、なかはいって武蔵むさしかたきついていた。
「お師匠ししょうさま!」
「おう……たか」
 仰向あおむいたまま、ひじばして、武蔵むさしかれほこりくさいあたまむねかかえこみ、
「どうしてわかった? ……。沢庵坊たくあんぼうにでもいてたか。しばらくだったなあ」
 むっくりと、武蔵むさしかれくびいたままおこした。ひさしくわすれていた懐中ふところぬくみに城太郎じょうたろうは、ちんがじゃれるように、いつまでも、そのくび武蔵むさしひざからはなそうともしなかった。

 ――いま、おつうさんはやまいとこについている。そのおつうさんは、どんなに、どんなに、お師匠ししょうさまにいたがっているかれない。
 かわいそうだ!
 おつうさんは、お師匠ししょうさまのあなたに、えばいいっていうんだ。それだけなんだ。
 この正月しょうがつ元日がんじつ五条ごじょう大橋おおはしでよそながら出会であうことは出会であったが、お師匠ししょうさまがへんおんななかがよさそうにはなしたりかれたりしていたので、おつうさんはすっかりおこってしまい、ふためた蝸牛まいまいのように、いくらったって、やしない。
 むりもないや。
 おいらだって、あのとき、なんだかむしゃくしゃして、しゃくにさわったもの。
 でも、そんなことはもういいから、これからすぐに、烏丸からすまるのおやかたまでてください。そして、おつうさんに、たよといってやってください。それだけでも、おつうさんの病気びょうきはきっとなおってしまうにちがいありませんから。
 ――以上いじょう言葉ことばは、城太郎じょうたろうが、未熟みじゅくべん懸命けんめいにふるって、武蔵むさしへうったえた沢山たくさん口数くちかずのあらましである。
「……うん。……うん」
 武蔵むさし何度なんどもうなずいていう。
「そうか、……そうだったのか」
 と、おなじように。
 そして肝腎かんじんな――ではおつうおうということは、なぜか、くちむすんでいわないのである。
 たのみにたのみ、うったえにうったえぬいても、武蔵むさしが、いわみたいに、こちらのいうことをいてくれないと、城太郎じょうたろうはそれ以上いじょういいようもなくなって、なんだか、武蔵むさしというひとが、あんなにきだったお師匠ししょうさまが、きゅういややつにみえてきた。
喧嘩けんかしてやろうか)
 と、城太郎じょうたろうは、はらのなかでおもったほどだった。
 だが、さすがに、武蔵むさしむかって、あくぐちたたけないとみえ、かれかお表現ひょうげんをもって、武蔵むさし反省はんせいもとめていた。めたようなくちをして、いつまでも、つらふくらませていた。
 かれだまりこむと、武蔵むさし画手本えでほんながら、きかけのふでをとりはじめた。城太郎じょうたろうは、かれならっている茄子なすにらみつけ、
下手へたクソ!)
 と、こころののしっていた。
 そのにもんだらしく、武蔵むさしふであらしたので、もういっぺんたのんでみようかと、城太郎じょうたろうくちびるめてなにかいいかけると、飛石とびいしひろって木履ぼくりおとがして、
「おきゃくさま。洗濯物せんたくものかわきましたからってまいりました」
 と、さっきの引船ひきふねが、きちんとたたみみつけたあわせ羽織はおり一襲ひとかさねをかかえてて、かれまえにおく。
「ありがとう」
 武蔵むさし入念にゅうねんに、あらえて衣服いふくそですそ調しらべて、
「きれいにちましたな」
人間にんげんというものは、あらってもあらっても、なかなかちないものでございますね」
「これでよい。……とき吉野よしのどのは」
「こよいも、お客方きゃくがたせきが、あちらにもこちらにもという有様ありさまで、わずかなおすきもございませぬ」
おもいがけないお世話せわになったが、こうしていると、ひとり吉野よしのどのへづかいをわずらわすばかりでなく、扇屋おうぎや内緒ないしょへも、迷惑めいわくのかさむばかり。……こよいの夜更よふけをって、そっとここをりますゆえどうぞ、そうつたえておいてください。くれぐれも、よろしゅうおれいを」
 城太郎じょうたろうかおつきをなおして、やはりお師匠様ししょうさまひとだとおもった。はらなかでは、おつうさんのところへってやろうと、とうにめていたにちがいない。
 そうひとめして、にこにこしていると、武蔵むさしは、引船ひきふねるとすぐ、小袖羽織こそではおりのその一襲ひとかさねを、城太郎じょうたろうまえしていった。
「きょうは、よいところへてくれたな。この着物きものは、いつぞやこの遊廓くるわおり本阿弥ほんあみさま御老母ごろうぼが、わしにせてくれた着物きもの。つまりじゃ。これを光悦こうえつどののおやしきへおかえしにって、わしのもと着物きものっててくれぬか。城太郎じょうたろう、よいだから、一走ひとはしっててくれい」