210・宮本武蔵「風の巻」「春を病む人(1)(2)」


朗読「210風の巻52.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 29秒

はるひと

 あわただしくったはるゆきであった。おとといのりはもうあとかたもない。きゅうにつよくかんじられるに、今日きょう綿わたものはだから皆捨みなすててしまいたくなった。ぬるかぜって、はるはいっさんにけつけてたかのように、すべての植物しょくぶつあざらかにふくらませていた。
「たのもう。ものもうす」
 まで泥濘ぬかるみねをげているわかたび禅坊主ぜんぼうずだった。
 烏丸家からすまるけ玄関げんかんち、さっきから、大声おおごえでこうもうれていたが、ものがないので、雑掌部屋ざっしょうべやそとまわり、そこのまどから背伸せのびしてのぞいていると、
「なんだい? おぼうさん」
 うしろからいう少年しょうねんがあった。
 禅坊主ぜんぼうず振向ふりむいたが、
(おまえこそ何者なにものだ?)
 といたげなをして、その奇態きたい風態ふうてい子供こどもまもった。
 烏丸光広卿からすまるみつひろきょうやかたなかに、どうしてこんなわらべがいるのか、その不調和ふちょうわをみはったのであろう。禅坊主ぜんぼうずへんかおしたまま、じろじろと城太郎じょうたろう姿すがたばかりていてものをいわないのである。
 相変あいかわらずなが木剣ぼっけんこしよこたえ、なにをれているのか、懐中ふところおおきくふくらませて、そのうえ城太郎じょうたろうおさえながら、
「おぼうさん、お施米せまいをもらうなら台所だいどころほうまわらなければだめだよ。裏門うらもんらないのかい」
 と、いった。
「お施米せまい。――そんなものをいただきにたのじゃない」
 わか禅坊主ぜんぼうずは、自分じぶんむねにかけている文筥ふばこしめし、
「わしは、泉州せんしゅう南宗寺なんそうじものだが、このおやかたている宗彭沢庵しゅうほうたくあんどのへ、きゅう御書面ごしょめんをおとどけするためにたのだ。おまえは、お台所だいどころ出入でいりの小僧こぞうか」
「おいらか、ここにとまっているものだよ。沢庵様たくあんさまおなじお客様きゃくさまなんだ」
「ほうそうか、しからば沢庵たくあんどのへげてくれぬか。――お国元くにもと但馬たじまから寺中じちゅうてて、なにか、火急かきゅうなお手紙てがみがまいりましたゆえ、南宗寺なんそうじものってうかがいましたと」
「じゃあッといで。いま沢庵たくあんさんを、んでてやるから」
 城太郎じょうたろう玄関げんかんがった。きたなかかとあと式台しきだいにべたべたのこる。そこの衝立ついたてあしつまずいたはずみに、かれおさえていたふところのなかから、ちいさい蜜柑みかんいくつもころがりした。
 あわてて、蜜柑みかんきあつめ、城太郎じょうたろう往来おうらいぶようにおくけてった。ややしばらくってかれはまたそこへもどってて、
「いないよ」
 と、っている南宗寺なんそうじ使つかいへいった。
「いるかとおもったら、きょうは、あさから大徳寺だいとくじったんだとさ」
「おかえりはわかりませぬか」
「もうかえってるだろ」
「では、たせていてもらいます。どこかお邪魔じゃまにならないお部屋へやはありませんか」
「あるよ」
 城太郎じょうたろうそとた。このやかたのことならなんでもわきまえているように、心得顔こころえがおしてさきあるき、
「おぼうさん、このなかっているといいよ。ここのなかなら邪魔じゃまにならないから」
 と、牛小屋うしごや案内あんないした。
 わらだの、牛車くるまだの、うしふんだのが、いっぱいにらかっている。南宗寺なんそうじ使つかいはおどろいたかおしたが、城太郎じょうたろうはもうきゃくいて彼方あなたしていた。
 ひろ邸内ていないにわづたいにはしり、「西にしおく」のあたりのよい一間ひとまのぞいて、
「――おつうさん、蜜柑買みかんかってたよ」
 と、さけんだ。

 くすりんでいるし、手当てあて十分じゅうぶんなはずなのに、どうしたのか、こんどの熱症ねつはさがらない。
 したがって、食慾しょくよくがなかった。
 自分じぶんおもてれるたびに、おつうは、
(ああ、こんなにせて)
 と、ふとおどろく。
 病気びょうきというような病気びょうき自分じぶんでもないとしんじているし、見舞みまってくれた烏丸家からすまるけ医師いしも、心配しんぱいはないと保証ほしょうしていたが、どうしてこうせてしまうのかしら――そこについ神経質しんけいしつなやみと熱症ねつがからむ。しきりに、くちびるかわくので、
蜜柑みかんべたい)
 と、ふとらしたところ、この数日来すうじつらい、なんにもべないでいる彼女かのじょ容態ようだいをひどく心配しんぱいしていた城太郎じょうたろうは、
蜜柑みかん――)
 と、かえすと、早速さっそく、それをりに、先刻さっきここをったのであった。
 台所だいどころ役人やくにんいたところが、蜜柑みかんなどはおやかたにもないという。それからそとて、青物店あおものてんだの物屋ものやあるいたが、どこにも蜜柑みかんはなかった。
 京極きょうごくはらに、いちっていた。かれはそこへもって、
蜜柑みかんはないか、蜜柑みかんはないか)
 と、さがあるいたが、絹糸きぬいとだの、木綿もめんだの、あぶらだの、毛皮けがわだの、そんなみせばかりていて、蜜柑みかんなどひとつだってつからなかった。
 城太郎じょうたろうは、どうかして、彼女かのじょべたいという蜜柑みかんれたいとおもった。よその屋敷やしきへいうえにたまたま、その蜜柑みかんがあったとおもって、ぬすんでもほしいがしてってると、それはだいだいであったり、べられない花梨かりんであった。
 京都きょうとまちを、半分はんぶんさがしてあるいた。すると、あるおやしろ拝殿はいでんにその蜜柑みかんつかった。いもだの人参にんじんだのといっしょに、三方さんぽうって、神前しんぜんがっていたのである。城太郎じょうたろう蜜柑みかんだけ懐中ふところめこんでげてたのだった。うしろから神様かみさまが、
泥棒どろぼう泥棒どろぼう
 といかけてるような気持きもちがした。城太郎じょうたろうは、それがこわくなって、
わたしべませんから、ばちをあてないでください)
 と、烏丸家からすまるけもんなかむまで、むねなかあやまっていた。
 けれど、おつうには、そんなことははなせない。枕元まくらもとすわって、懐中かいちゅう蜜柑みかんしてひとつずつならべてせ、そのうちの一個いっこってさっそく、
「おつうさん、うまそうだぜ、べてごらん」
 かわいて、彼女かのじょたせてやると、おつうは、なにかつよい感情かんじょうかれたとみえ、かおよこにかくしたまま、蜜柑みかんべようともしないのであった。
「どうしたのさ」
 城太郎じょうたろうは、そのかおをのぞきこんだ。
 いとうように、おつうは、よけいにまくらかおうずめてしまい、
「……どうもしやしない。どうもしやしない」
 といった。
 城太郎じょうたろうは、舌打したうちして、
「また、泣虫なきむしはじまったね。よろこぶかとおもって蜜柑みかんってたら、いちまうんだもの――つまらねえなあ」
「ごめんよ。城太じょうたさん」
べないの」
「……ええあとで」
いたのだけべてみなよ。ね……べてみれば、きっと、美味おいしいよ」
美味おいしいでしょう、城太じょうたさんの気持きもちだけでも。……だけどものると、もうくちれるにならないんです。……勿体もったいないけれど」
くからさ。なにがそんなにかなしいの」
城太じょうたさんが、あんまり親切しんせつにしてくれるから、うれしくって」
いちゃいやだなあ、おいらもきたくなっちまわあ」
「もうかない……もうかない……かんにんしてね」
「じゃ、それべてくれる。なにかべないと、んじまうぜ」
「わたし、あとでいただきます。城太じょうたさんおべ」
「おいらは、べない」
 かみさまのおそれて、城太郎じょうたろうはそういいながら生唾なまつばをのんだ。