208・宮本武蔵「風の巻」「牡丹を焚く(4)断弦(1)」


朗読「208風の巻50.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 39秒

 武蔵むさしは、処女おとめのように、かおあからめた。きこえないりをよそおっても、どぎまぎして、こたえにこまっている様子ようすが、そば人達ひとたちにもえた。
「……ね、よろしいのでございましょう。このおかたを、おもうしても」
 吉野よしのは、紹由しょうゆうむかって、今度こんどはそういた。紹由しょうゆうは、
「よいともよいとも。たんと、可愛かわいがってやってくだされ。わしらが、無下むげもど筋合すじあいはない。のう光悦こうえつどの」
 武蔵むさしはあわてて、吉野よしのはらい、
「いや、わたしも、かえります。光悦こうえつどのとご一緒いっしょに」
 そとへ、無理むりようとすると、どういうかんがえか、光悦こうえつまでが、
武蔵むさしどの、まあそうっしゃらずに、今夜こんやはここへおまりになって、明日あした、よいしおにお引揚ひきあげになってはいかがですか。――太夫たゆうもせっかく、ああいって、心配しんぱいしているのですから」
 と一緒いっしょになって、彼一人かれひとりを、ここへのこしてこうとするのである。
 あそびの世界せかいにも、女性じょせいというものにも、まったく初心うぶ未経験者みけいけんしゃ一人ひとりぼっちのこしていて、あとわらいのたねにしようという、この大人達おとなたち計画的けいかくてき悪洒落わるじゃれではないかと、武蔵むさし邪推じゃすいしてみたが、吉野よしの光悦こうえつ真面目まじめかおると、けっして、そんなれごとともおもえない。
 もっとも、吉野よしの光悦以外こうえついがい人達ひとたちは、武蔵むさしこまっているていきょうがって、
日本随一にほんずいいち果報者かほうものよ」
 とか、
「わしが身代みがわりになってもよいが――」
 などと揶揄からかったりしていたが、やがて、その人々ひとびとぐちも、裏垣根うらかきねもんからんで一人ひとりおとこのことばに、冗談口じょうだんぐちふさがれて、
(さては)
 と、いまさらのようにづいたことであった。
 ここへけておとこは、吉野よしののいいつけをけて、遊廓くるわそとへ、様子ようすさぐりにって扇屋おうぎや雇人やといにんであった。いつのに、吉野よしのがそんな周到しゅうとうくばりをはたらかせていたのかと人々ひとびとおどろいていたが、光悦こうえつだけは、昼間ひるまから武蔵むさし行動こうどうともにしていたし、また、吉野よしのがさっきそばで、武蔵むさしたもとについていたしおをそっとってやっていたときに、すべてを、察知さっちしていたらしかった。
「ほかのおかたはともかく、武蔵様むさしさまだけは、かつに遊廓くるわそとられませぬぞ」
 と、さぐってたそのおとこは、いきはずませて、吉野太夫よしのたゆうへも、ほか人々ひとびとへも、目撃もくげきして事実じじつを、多少誇張たしょうこちょうしているのではないかとおもわれるくらいな口吻くちぶりげるのであった。
「――もうこの遊廓さともんは、一方口いっぽうくちしかひらいておりません。その総門そうもんはさんで、編笠茶屋あみがさぢゃやあたりにもあれから柳並木やなぎなみき物蔭ものかげにも、すごい身仕度みじたくをしたお武家ぶけたちが、ひからせ、あっちこっちに五人ごにん十人じゅうにんぐらいずつ、黒々くろぐろとかたまってっています。……それがみんな四条しじょう吉岡道場よしおかどうじょう門人もんじんだといって、あの近所きんじょ酒屋さかやでも商人家あきんどやでも、いまになにがおこるのかと、をおろしてふるえているんで。……いや、もう大変たいへんなことですよ、なんでも遊廓さとから馬場ばばほうにかけて、百名ひゃくめいぐらいはているだろうといううわさですぜ」
 そう報告ほうこくするおとこが、がちがちと奥歯おくばふるわせていうことであるから、はな半分はんぶんとしていても、事態じたい容易よういでないことはあらそえなかった。
「ご苦労くろうだった。もうよいからおやすみ」
 そのおとこ退しりぞけると、吉野よしのはまた武蔵むさしへいった。
いまのようなことをけば、あなたはよけいに、卑怯者ひきょうものといわれたくないとおもい、んでもかえるとっしゃるかもれませんが、そんなはやはやめてくださいませ。こん夜卑怯者やひきょうものといわれてもあした卑怯者ひきょうものでなければよいではございませんか。まして今夜こんやはおあそびにたはずでございましょう。あそときあそるのがむしろおとこ余裕ゆとりというものではございますまいか。――相手方あいてがたはあなたのかえるのをちうけて、闇討やみうちにしようとしているので、それをけたからといって、なんの名折なおれでもありませぬ。そこへすすんでつかってゆくのは、かえって、思慮しりょのないものといわれるばかりか、この遊廓さとでも迷惑めいわくをしますし、ご一緒いっしょれば、おれの方々かたがたにも、きぞえをけて、どんなお怪我けがのないかぎりもございませぬ。そこをおかんがあそばして、こんは、この吉野よしのに、あなたのおからだあずけてくださいませ。……吉野よしのがきっとおあずかりいたしましたほどに、皆様みなさまには途中とちゅうをつけて、お引揚ひきあくださいますように」

断絃だんげん

 もうこの世界せかいでもきている青楼うちはないらしい。ばったりと絃歌げんかもやんでしまった。丑満うしみつげはさっきったようにおもう。一同いちどう引揚ひきあげてからでもややいっときあまりはつ……
 そのまま、夜明よあけをつつもりなのか、武蔵むさしは、ぽつねんと、土間どまがりかまちこしをかけていた。
 ――ただ一人ひとり擒人とりこにでもなっているようにである。
 吉野よしのは、きゃくがいたときも、ってしまったいまも、おなじようにおな位置いちすわって、へ、牡丹ぼたんべていた。
「そこでは、おさむうございましょうに。へおりなされませ」
 この言葉ことばは、彼女かのじょくちから幾度いくど繰返くりかえされていわれたが、武蔵むさしはその都度つど
「おかまいなく、さきへおやすください。次第しだいに、拙者せっしゃ自由じゆうかえりますから」
 と、固辞こじするばかりで、吉野よしのかおをよくないのである。
 二人ふたりきりになると、吉野よしのもまたなんとなく羞恥はにかちになって、くちおもくなった。異性いせい異性いせいかんじるようでは傾城けいせいつとめは出来できまいが――などというかんがえは、安女郎やすじょろう世界せかいだけをって、まつくらい太夫たゆうというもののそだちもしつけらないひく買手かいてどもの常識じょうしきである。
 とはいえ、あしたゆうべに、異性いせいている吉野よしのと、武蔵むさしとでは、比較ひかくにならないほどな相違そういはある。実際じっさい年齢としからいっても、吉野よしののほうが、武蔵むさしよりひとつかふたうえかもれないが、情痴じょうち見聞けんぶんや、それをかんじたりわきまえたりしていることでは、当然とうぜん彼女かのじょのほうがはるかに年上としうえあねといえる。――しかし、そうした彼女かのじょにしても、たった二人ふたりきりな深夜しんや相手あいてが、自分じぶんかおるのもまばゆそうに、動悸ときめきおさえて、じっとそこにかたくなっていると、自分じぶんもともに処女心おとめごころかえって、相手あいてものおなじような初心うぶ動悸ときめきおぼえるのだった。
 事情わけらない引船ひきふね禿かむろは、さっきここをまえに、つぎ部屋へやへ、大名だいみょう姫君ひめぎみでもせるような豪奢ごうしゃよるものいてった。繻子枕しゅすまくらがっているきんすずが、ほのぐらねや気配けはいのうちにひかっていた。――それもまた、ふたりのくつろぎをかえって邪魔じゃましていた。
 ときおり、屋根やねゆきこずえゆきちて、どさっと、地響じひびきがみみおどろかせた。へいうえから人間にんげんでもりたように、そのおとおおきくきこえるのであった。
「……?」
 吉野よしのは、そっと武蔵むさした。――武蔵むさしかげはそのたびに、針鼠はりねずみのように戦気せんきふくらむかとえた。ひとみたかのようにみきっている。神経しんけいは、かみさきまではたらいているのだ。何物なにものにもあれ、そんなときかれからだれるものはみなれてしまわずにはいないであろうとおもわれた。
「…………」
「…………」
 吉野よしのは、なにかしら、ぞっとしてた。夜明よあちかくのさむさはほねずいまでみる。しかしそれとはちがう戦慄せんりつである。
 そういう戦慄せんりつと、異性いせい動悸ときめきと、ふたつのおとが、沈黙ちんもくそこを、こもごもにけていた。そのふたりのあいだに、牡丹ぼたんはあくまでえつづけているのである。そして――彼女かのじょがそのうえにかけたかまくちから、やがて松風まつかぜたぎりだすと、吉野よしのこころは、いつもの落着おちつきにかえって、しずかに、ちゃ点前てまえにかかっていた。
「もうほどなくけましょう……武蔵むさしさま。いっぷくあがって、此方こちらで、なりとおあぶりなされませ」