206・宮本武蔵「風の巻」「今様六歌仙(7)牡丹を焚く(1)」


朗読「206風の巻48.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 24秒

 いちど興醒きょうざめたこころもどしようもないがする、それがあそびの世界せかいであるがゆえに、よけいに気持きもち妥協だきょうがつかないのである。
(どうしたものか?)
 まよっているらしい一同いちどうかおいろをると、二人ふたり引船ひきふねはまたくちをそろえていった。
太夫様たゆうさまっしゃるには、先刻せんこくからおせきはずし、さだめしこころない女子おなご皆様みなさまがおおもいにちがいない。けれどあのようなこまったことはない。かんがんさま御意ぎょいまかせれば、ふなばしさまのおこころそむくし、ふなばしさまおおせにしたがえば、かんがんさままないことになるし……。それゆえだまっておせきけてたが、じつは、おふたかたともにおかおつよう、こよいはあらためて、吉野様よしのさま皆様みなさまをおきゃくとしてむかえ、自分じぶんのお部屋へやへおまねきしたいという心組こころぐみ。……どうぞそのお気持きもちんでげて、もうしばらくおかえりをおのばしくださいませ」
 こういてみると、無碍むげことわってかえるのも、なんだか狭量きょうりょうおもわれるだろうし、吉野よしの主人しゅじんとなって、自分じぶんたちをまねくという心意気こころいきにも、べつな感興かんきょうそそられないこともない。
まいってみようか」
「せっかく、太夫たゆうがそういうものを」
 そこで、禿かむろ引船ひきふね案内あんないされていてゆくと、庭先にわさきひなびた藁草履わらぞうり五名分ごめいぶんそろえる。やわらかなはるゆきはその人々ひとびと藁草履わらぞうりあとのこさずまれてゆく。
 武蔵むさしのぞ以外いがいものは、すぐその趣向しゅこうに、
(ははあ、まねきはちゃだな)
 と、想像そうぞうしていた。
 吉野よしのちゃみちたしなみのふかいことはいまさらのことではない。また、こういうあといちわんの薄茶うすちゃわるくないなどとおもいながらくと、やがて茶室ちゃしつそば素通すどおりして、どうやら裏庭うらにわのずっとおく風情ふぜいもない畑地はたちまでてしまった。
 やや不安ふあんになって、
「これこれ、いったい麿まろたちをどこへれてゆくのじゃ。ここは桑畑くわばたけではないか」
 光広みつひろとがめた。
 すると引船ひきふねは、
「ホホホ、桑畑くわばたけではございませぬ。はるすえには、毎年まいとしここで皆様みなさま床几しょうぎでおあそびになる牡丹畑ぼたんばたけでございまする」
 しかし、光広みつひろ不興ふきょうげなかおは、さむさとあわせて、いとど苦々にがにがしく、
桑畑くわばたけであろうと、牡丹畑ぼたんばたけであろうと、こうゆきつもって、蕭条しょうじょうとした有様ありさまではおなじことじゃ。吉野よしの麿まろたちに風邪かぜかせる趣向しゅこうか」
「おそれりました。その吉野様よしのさま先程さきほどから、そこでおちうけでございます。どうぞ、あれまでお徒歩ひろいを」
 ればはたけすみ一軒いっけん茅葺屋根かやぶきやねえる。この六条ろくじょうさとがまだひらけないうちからあったような純然じゅんぜんたる百姓家ひゃくしょうやだった。もちろん、うしろは冬木立ふゆこだちかこまれていて、扇屋おうぎや人工的じんこうてきにわとは絶縁ぜつえんされているが、扇屋おうぎや地内ちないであることは間違まちがいない。
「さあ、こちらへ」
 引船ひきふねは、すすくろくなっているそこの土間どまへはいって、一同いちどうみちびれ、
「おしでござりまする」
 とおくげる。
「ようこそ。――さあ、ご遠慮えんりょのう」
 吉野よしのこえが、障子しょうじうちきこえ、その障子しょうじ赤々あかあかうつっていた。
「まるでみやことおはなれてでもたような……」
 と、人々ひとびとは、土間先どまさきかべにかけてある蓑笠みのがさなどまわしつつ、そも吉野太夫よしのたゆうが、どんな亭主ていしゅぶりで款待もてなすことやらと、じゅん部屋へやへはいってった。

牡丹ぼたん

 浅黄無地あさぎむじ着物きものに、くろじゅすのおびをしめ、かみもつつましやかな女房髷にょうぼうまげなおし、薄化粧うすげしょうして、吉野よしのきゃくむかれた。
「ほう、これは」
「また、あでやかな」
 と、一同いちどう彼女かのじょのすがたをていった。
 金屏きんびょう銀燭ぎんしょくのまえに、桃山ももやま刺繍ぬいのうちかけを玉虫色たまむしいろのくちびるを嫣然えんぜん誇示こじしているとき吉野太夫よしのたゆうよりも、このくすんだ百姓家ひゃくしょうやかべのそばで、あっさりと浅黄木綿あさぎもめんている彼女かのじょのほうが、百倍びゃくばいうつくしくえたのであった。
「ウウム、これはまた、がらりと、かわってよい」
 あまりものめない紹由しょうゆうも、ちょっと毒舌どくぜつふうじられたていである。敷物しきものもわざともちいず、吉野よしのはただ田舎炉いなかろのそばへ一同いちどうしょうじて、
「ごらんのとおりな山家やまがのこと、なにもおかまいはできませぬが、ゆきよる馳走ちそうには、しずから富者貴顕ふしゃきけんにいたるまで、まさ馳走ちそうはないかとぞんじまして、このように、焚火たきび支度したくだけは沢山たくさんにしておきました。もすがらかたあかそうとも、まきだけは、はちべずとも、きるづかいはございませぬゆえ、おこころやすくおあたりくださいまし」
 と、いう。
 なるほど――
 さむところあるかせててここで榾火ほたびにあたらせる。馳走ちそうというのはそういう趣向しゅこうであったのかと光悦こうえつもうなずき、紹由しょうゆう光広みつひろ沢庵たくあんひざをくつろぎ、めいめいが榾火ほたびをかざしていると、
「さ、そちらのおかたも」
 と、吉野よしのすこせきけて、うしろにいる武蔵むさしまねいた。
 四角しかくを、六人ろくにんしてかこむので、自然しぜんゆるやかではありない。
 武蔵むさしはさっきから、ひどく律義りちぎかしこまっていた。日本にほん民衆みんしゅうなかではいま大閤秀吉たいこうひでよし大御所おおごしょいで、初代吉野しょだいよしの嬌名きょうめいりひびいていた。出雲いずも阿国おくによりも、高級こうきゅう女性じょせいとして敬愛けいあいっていたし、大坂城おおさかじょう淀君よどぎみよりも、才色さいしょくがあってしたしみもあるというてんで、ずっと有名ゆうめいだった。
 だから彼女かのじょせっするものは、きゃくのほうが「買手かいてども」とばれ、才色さいしょく彼女かのじょのほうは「太夫様たゆうさま」としょうされていた。風呂ふろはいるにも七人しちにん侍女じじょませ、つめるにも二人ふたり引船ひきふねはべらせているという生活せいかつなどもかねがねいていたことである。――けれど、そういう有名ゆうめい女性じょせい相手あいてにしてあそんでいる光悦こうえつ紹由しょうゆう光広みつひろなどの、ここにいる買手かいてどもは、いったいなにがこれで面白おもしろいのだろうか? ――武蔵むさしには、いくらながめていても、まるでわからなかった。
 しかしその、面白おもしろそうでもないあそびのうちにも、きゃく作法さほうとか、女性じょせい礼儀れいぎとか、双方そうほう心意気こころいきとかいうようなものは、厳然げんぜんとあるらしいので、まるで不勝手ふかって武蔵むさしは、いきおいかたくなっているほかなく、ことに、脂粉しふん世界せかいにははじめてあしれたことでもあり、吉野よしの明眸めいぼうにちらとられてもかおあつくなって、むね鼓動こどうあやしげにるのだった。
「なぜ、あなただけ、そうご遠慮えんりょなさるのですか。ここへおでなされませ」
 吉野よしの幾度いくどもいわれて、
「は。……では」
 恟々おどおどと、武蔵むさし彼女かのじょのそばへめ、一同いちどうならって、ぎごちなく両手りょうてへかざした。
 かれ自分じぶんのそばへすわしおに、吉野よしのかれたもとはしをちらりとていたが、やがて人々ひとびとはなしきょうじてまぎしたところをはからい、そっと懐紙かいしって、武蔵むさしたもとはしをそれでしぼるようにいていた。
「あ、おそります」
 武蔵むさしましていればだれづかなかったのに、かれが、自分じぶんたもとをのぞいて、こうれいをいったので、みなが、ふと吉野よしのうつった。
 彼女かのじょたたまれた懐紙かいしには、べっとりと、あかいものがきとられていた。
 光広みつひろは、をそばだてて、
「ヤ! ではないか」
 と、口走くちばしった。
 吉野よしのはほほんで、
「いいえ、緋牡丹ひぼたん一片ひとひらでございましょう」
 と、ましていた。