205・宮本武蔵「風の巻」「今様六歌仙(5)(6)」


朗読「205風の巻47.mp3」10 MB、長さ: 約 11分 21秒

 これは相討あいうちとなるほかあるまい。どっちもさけにかけてはひとかどの巧者こうしゃ強者つわもの酒戦しゅせん勝負しょうぶはいつつべしともえなかった。
 吉野よしのるともなく、
「わしも……」
 きゅうおもったように、近衛このえ信尹のぶただやかたかえってしまったし、行司ぎょうじ沢庵たくあんねむくなったとみえ、無遠慮ぶえんりょ欠伸あくびしてしまう。
 それでもまだ二人ふたり酒戦しゅせんをやめない。勝手かってにやらせておいて沢庵たくあん勝手かってころぶ。そして、ちかくにいた墨菊太夫すみぎくたゆうひざつけて、そこへことわりなしにあたまをのせてしまう。
 そのまま、うつらうつらしているのはもちだったが、沢庵たくあんはふと、
さみしがっているだろうな、はやかえってやりたいが)
 城太郎じょうたろうとおつうのことをおもしていた。
 その二人ふたりは、いま烏丸光広からすまるみつひろやかた世話せわされているのだった。伊勢いせ荒木田あらきだ神主かんぬしからとどものたのまれてて、城太郎じょうたろうほう年暮くれから――おつうはつい先頃さきごろから。
 その先頃さきごろといえば。
 いつぞや清水観音きよみずかんのん音羽谷おとわだにで、おつうがおすぎばばのためにわれたばん――不意ふい沢庵たくあんがあのへおつうさがしにったというのにも、まえからあんな不安ふあん予知よちして、かれをそこにおもむかせた理由りゆうのあったことなのである。
 沢庵たくあん烏丸光広からすまるみつひろとは、もう随分久ずいぶんひさしい交友こうゆうであった。和歌わかに、ぜんに、さけに、なやみに、いわゆる道友どうゆう一人ひとりだった。
 するとそのともからこのあいだうち、
(どうだ、正月しょうがつじゃないか、なにをこのんで田舎いなかてらになどくすぶっていられるか。なだ銘酒めいしゅきょうおんな加茂かも川千禽かわちどりみやここいしくないか。ねむたいなら田舎いなかぜんをなされ、きたぜんをなさるなら人中じんちゅうでなされ。そのみやここいしくおもったらられてはいかが)
 と、そんな消息しょうそくたので、沢庵たくあんはこのはる上洛のぼってたのだった。
 偶然ぐうぜん、そこでかれは、城太郎少年じょうたろうしょうねんかけた。やかたうち毎日飽まいにちあかずによくあそんでいる。光広みつひろいてみると、しかじかというわけ。そこで城太郎じょうたろうびよせ、くわしくいてみると、おつうだけは元日がんじつあさからお杉婆すぎばばともばばいえって、それきり便たよりもないしかえってないという事情じじょうがわかった。
(それは、とんでもないことだ)
 沢庵たくあんはおどろいて、そののうちに、お杉婆すぎばば宿やどさがしにかけ、三年坂さんねんざか旅籠はたごをやっときとめたのがもうよるのことで――それからいよいよ不安ふあんかんじ、旅籠はたごもの提燈ちょうちんたせて、清水堂きよみずどうさがしにかけたわけである。
 あのばん沢庵たくあんはおつう無事ぶじれて、烏丸からすまるいえへもどってたが、おすぎのために極度きょくど恐怖きょうふ経験けいけんさせられたおつうは、翌日よくじつからねつんで、いまもってまくらがらない。城太郎少年じょうたろうしょうねん枕元まくらもとにつきりで、彼女かのじょつむり水手拭みずてぬぐいやしたりくすりばんをしたりして、いじらしいほど看護かんごつとめている――
「ふたりが、っているだろうな」
 だから沢庵たくあんは、なるべくはやかえってやりたいとおもっていたが、れの光広みつひろは、かえるどころか、あそびはこれからだというようにえている。
 しかしさすがに、けん酒戦しゅせんも、やがていて、勝負しょうぶなしに今度こんどはじめたとおもうと、ひざつきあわせて、なにか議論ぎろんだった。
 武家政治ぶけせいじがどうとか、公卿くげ存在価値そんざいかちとか、町人ちょうにん海外発展かいがいはってんとか、問題もんだいおおきいらしい。
 おんなひざから、とこばしらへ移転いてんして沢庵たくあんをつぶっていている。ねむっているのかとおもうと、時々ときどき、ふたりの議論ぎろんはしみみにしてにやりとわらう。
 そのうちに光広みつひろが、
「やっ、近衛このえどのは、いつのかえってしもうたのか」
 と、不平ふへいめ、紹由しょうゆうもまた、きょうざめたようにかおあらためて、
「それよりも、吉野よしのがおらぬ」
 と、いいした。
しからぬこと」
 光広みつひろは、すみほう居眠いねむっていた禿かむろのりんへ、
吉野よしのんでやい」
 と、いいつけた。
 りんは、ねむたげなをまろくして、廊下ろうかってった。そしてさっき光悦こうえつ紹由しょうゆうとおった座敷ざしき何気なにげなくのぞくと、そこにたった一人ひとり、いつのもどってたのか、武蔵むさししろかおならべて、寂然じゃくねんすわっていた。

「あれ、いつのに。……ちっともらなかった、おかえりなさいませ」
 りんこえに、武蔵むさしが、
今戻いまもどってました」
「さっきの裏口うらぐちから?」
「うむ」
「どこへってたんですか」
廓外そとまで」
「いいひとと、約束やくそくがあったんでしょう、太夫様たゆうさまへいいつけてげよう――」
 ませた言葉ことばに、武蔵むさしおもわずわらって、
皆様みなさまのすがたがえぬが、皆様みなさまはどうなされたか」
「あちらで、かんがんさまやお坊様ぼうさま一緒いっしょになって、あそんでいらっしゃいます」
光悦こうえつどのは」
りません」
「おかえりだろうか。光悦こうえつどのがかえられたら、拙者せっしゃかえりたいとおもうが」
「いけません。ここへたら太夫様たゆうさまのおゆるしのないうちはかえられないんですよ。だまってかえると、あなたもわらわれますし、わたしあとしかられます」
 禿かむろ冗談じょうだんさえ、武蔵むさしは、真顔まがおになっていていた。そういうものかとしんじているのである。
「ですからだまってかえってはいやですよ。わたしるまで、ここにっていらっしゃい」
 りんてゆくと、しばらくって、そのりんからいたのであろう、沢庵たくあんがはいってて、
武蔵むさし、どうした」
 と、かたをたたいた。
「あっ?」
 これはあっとおどろくほどな出来事できごとちがいない。さっきりんが、お坊様ぼうさまているとはいったが、まさか沢庵たくあんであろうとは武蔵むさしおもっていなかったのである。
「――しばらくでした」
 すべって、武蔵むさしが、両手りょうてをつかえると、沢庵たくあんはそのにぎって、
「ここはあそびのさとだ、あいさつはざっとにしよう。……光悦こうえつどのもともているというはなしだが、光悦こうえつどのはえないじゃないか」
「どこへまいられたやら?」
さがして、一緒いっしょになろう。おぬしにはいろいろはなしたいこともあるが、それはあとにして」
 いいながら、ふと沢庵たくあんとなりふすまけると、そこの炬燵布団こたつぶとん小屏風こびょうぶかこい、ゆきよるこころゆくまであたたまりながらているひとがある。それが光悦こうえつだった。
 あまり心地ここちよげにているので、おこすのもこころなくおもわれたが、そっとかおのぞいているまに、光悦こうえつ自身じしんからをさまし、沢庵たくあん武蔵むさしかおくらべて、おや? と不審いぶかるような様子ようすだった。
 わけくと光悦こうえつも、
「あなたと、光広卿みつひろきょうだけのおせきなら、あちらへお邪魔じゃましてもよい」
 と、打揃うちそろって、光広みつひろせきへもどってた。
 しかしもう光広みつひろ紹由しょうゆうも、あそびのきょうきたていで、そろそろ歓楽かんらくあとしろけたさびしさが、だれおもてにもただよいかけている。
 さけもそうなるとほろにがいし、くちびるだけがやたらにかわき、みずめばいえおもされてる。ことに、あれなり吉野太夫よしのたゆう姿すがたせないのが、なんとしてもものらない。
もどろうではないか」
かえりましょう」
 一人ひとりがいうときは、だれもちもそこに一致いっちしていた。なんの未練みれんもないというよりは、これ以上いじょう折角せっかくのよい気持きもちめるのをおそれるように、みなすぐった。
 ――すると。
 禿かむろのりんさきたせ、あとから吉野太夫付よしのたゆうつきの引船ひきふね(しんぞのしょう二人ふたり小走こばしりにて、一同いちどうまえをつかえ、
「おたせいたしました。太夫様たゆうさまからのお言伝ことづてには、ようよう、お支度したくができましたほどに、皆様みなさまをおとおしせよとのおことばにござりまする。おかえりもさることながら、ゆきよるけてもあかるうございますし、このおさむさ、せめてお駕籠かごのうちもあたたかにおもどあそばすよう、どうぞ、もすこしのあいだ、こちらでおすごしくださいませ」
 と、おもいがけないむかえである。
「はてな?」
 ――おたせいたしましたとはなんのことか、光広みつひろ紹由しょうゆうも、いっこうせないかおつきで見合みあわせた。