199・宮本武蔵「風の巻」「雪響き(4)(5)」


朗読「199風の巻41.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 14秒

 このゆきに、こごえた手肢てあしをして、太刀たちつよりは、すこしぐらいのさけならば、からだれたほうが、かえってよかろうとかんがえるもののほうがおおかった。
「それに、御舎弟ごしゃていが、ああいいだしたものを、その気持きもちをこじらせるのは、なおよろしくない」
 こういうもっともな意見いけんもあって、門弟もんていなかさんしてって、もなくさけってた。
「やあたな、どんな味方みかたよりも、以上いじょう味方みかたは、これだ」
 焚火たきびばいにあたためたさけを、伝七郎でんしちろう茶碗ちゃわんにつがせ、こころよげにんでは、争気そうきちたいきく。
 いつものように、りょうをたくさんにまいられてはよくないがと、そばにいてはらはらしているものもあったが、そんな心配しんぱいまでにおよばず、伝七郎でんしちろう心得こころえていつもよりすくなくしかまなかった。自己じこ生命せいめいにかかわる大事だいじを、すぐまえにひかえているので、豪放ごうほうにはよそおっていても、ここにいるだれよりもはらそこから緊張きんちょうしているのは、やはり彼自身かれじしんだった。
「――や、武蔵むさし?」
 不用意ふよういに、だれかがこうはなった一声いっせいに、
たか」
 焚火たきびかこんでいた面々めんめんが、こしられたように、一度いちどにどっとって、そのたもとやそのすそから、ちりゆきそらあかった。
 三十三間堂さんじゅうさんげんどうなが建物たてものかどあらわれたくろ人影ひとかげは、とおくからをあげて、
「わしじゃ、わしじゃ」
 と、ことわりながらちかづいてた。
 はかまみじかくからげて、かいがいしい支度したくはしているが、こしからはもうゆみになりかけている老武士ろうぶしなのである。門弟もんていたちはそれをると、源左衛門様げんざえもんさまだ、壬生みぶ御老人ごろうじんだといいって、ひそまりかえった。
 壬生みぶ源左衛門げんざえもんというこの老武士ろうぶしは、先代吉岡拳法せんだいよしおかけんぽう実弟じっていにあたるひとで、つまり拳法けんぽう清十郎せいじゅうろうや、ここにいる伝七郎でんしちろうにとってはじつ叔父おじにあたるものだった。
「おう、これは壬生みぶ叔父上おじうえ、どうしてこれへ」
 伝七郎でんしちろうも、このひと今夜こんやここへるなどとはおもってもいなかったらしく、意外いがいていむかえると、源左衛門げんざえもんのそばにて、
伝七郎でんしちろう、おぬしほんとに、やるのじゃなあ。……いや、おぬしのその姿すがたて、ほっと安堵あんどいたした」
叔父上おじうえにも、一応いちおう相談そうだんにあがろうとおもっていましたが」
相談そうだん、なんの、相談そうだんなどにおよぼうか。吉岡よしおかに、どろをぬられ、あに不自由ふじゆうにされて、だまっているようだったら、わしが其方そちめに出向でむこうとおもっていたくらいじゃ」
「ご安心あんしんください。柔弱にゅうじゃくあにとはちがうつもりですから」
「そこはわしも信頼しんらいしておる。そちがけようとはおもわんが、一言ひとことはげましてくれようとおもって、壬生みぶからけつけてたのじゃ。――だが伝七郎でんしちろう、あまりてき軽視けいししてのぞむなよ、武蔵むさしというものも、うわさをけば、なかなかなおとこらしい」
心得こころえています」
とうとうと焦心あせらぬがよいぞ。天命てんめいにまかせろ。万一まんいちのことがあったら、ほね源左衛門げんざえもんがひろってやる」
「ハハハハ」
 伝七郎でんしちろうはわらって、
叔父上おじうえさむけに」
 と、さけ茶碗ちゃわんした。
 源左衛門げんざえもんはだまって、それを一杯飲いっぱいのんでしまうと、門弟もんていたちをまわして、
各々おのおのは、なにしにているのか。よもや、助太刀すけだちではあるまいな。――助太刀すけだちでなかったら、もうこの場所ばしょからげたほうがよかろう。こう物々ものものしくかたまっているのは、一人ひとり一人ひとり試合しあいなにやらこっちに弱味よわみがあるようでいかん。っても、ひとくちがうるさいものだ。……さ、そろそろ時刻じこくちかづいたろうから、わしとともに、どこかとおくに退いていることにしよう」

 すぐ耳元みみもとおおきくかねったのは、もう、だいぶまえのようながする――
 あれはたしかにいぬこくであった。そうすると、約束やくそくいぬ下刻げこくは、もうやがてせまっているところだが――とおもう。
出遅でおくれたな、武蔵むさしは)
 伝七郎でんしちろうは、しろよるまわしながら、ただひとり、のこりの焚火たきびをかかえている。
 壬生みぶ源左衛門叔父げんざえもんおじ注意ちゅういで、門弟もんていたちはみなってしまった。足痕あしあとだけが、そのゆききわだってくろかぞえられる。
 ――ぽきっと、時々ときどきすさまじいおとがした。三十三間堂さんじゅうさんげんどうひさし氷柱つらられてちるのである。また何処どこかで、ゆきおもさにえだけるのであった。そのたびごとに、伝七郎でんしちろうたかのようにうごいた。
 そのたかかげにもおとこがひとり、その時雪ときゆきって、彼方むこうあいだから敏速びんそくに、伝七郎でんしちろうのそばへせてた。
 武蔵むさし行動こうどう監視かんししつつ、よいのうちからここと聯絡れんらくをとって報告ほうこくしていた数名すうめいなか最後さいご一人太田黒兵助ひとりおおたぐろひょうすけだった。
 今夜こんや大事だいじが、もうまゆところまでせまってたことは、その兵助へいすけかおつきだけでも、かないうちにわかった。
 あしにつかない様子ようすで、あえいでいきはずみを、
ましたぞッ!」
 と、そのままげた。
 伝七郎でんしちろうは、これをまえに、さっして、そばからがっていたのである。――そして、かれのことばをくとすぐ、
たか」
 と、おうむがえしにいって、そのあし無意識むいしきのように、のこりの焚火たきびみにじっていた。
「――六条柳町ろくじょうやなぎまち編笠茶屋あみがさぢゃやてから、ゆきがふるのに、武蔵むさしめ、うしのようにのそのそあるいておりましたが、たったいま祇園神社ぎおんじんじゃ石垣いしがきをのぼって境内けいだいへはいりました。――拙者せっしゃは、まわみちしてここへましたが、あののろいあしつきでも、もう姿すがたせるはずです、御用意ごよういを!」
「よしッ。……兵助ひょうすけ
「は」
彼方あっちっておれ」
みなは」
らん。そのへんにいては、ざわりだ、れ」
「はッ……」
 といったが、兵助ひょうすけは、そこをはずしてにはなれなかった。伝七郎でんしちろうあしが、雪泥ゆきどろなかへ、をすっかりみつぶし、武者むしゃぶるいしながらひさししたからくのを見届みとどけると、かれ反対はんたいに、御堂みどう床下ゆかしたへもぐって、やみなかかがんでいた。
 床下ゆかしたにいると、そとにはないとおもっていたかぜ冷々ひえびえうごいていた。太田黒兵助おおたくぐろひょうすけは、自分じぶんひざかかえこんだまま、ほねまでえてゆくからだがわかった。ガチガチと奥歯おくばるのをどうしようもなかった。それはさむさのせいであると、自分じぶん観念かんねんいてうなずかせながら、時々ときどき尿いばりでもつかえたように、こししたからかおさきまでぶるぶるとぶるいをはしらせていた。
(……はてなあ?)
 そと昼間ひるまよりもよくえるのである。伝七郎でんしちろうかげ三十三間堂さんじゅうさんげんどうしたから約百歩やくひゃっぽほどはなれて、のたかい一幹ひとみきまつかたに足場あしばみしめ、武蔵むさしのすがたがえるのを、いまやおそしとかまえているのだ。
 ――だが、兵助ひょうすけむねはかっていたころあいは、とうにぎたのに、武蔵むさしはまだここへなかった。よいのうちほどではないが、ゆきがまだチラチラとこぼれているし、さむさははだみつくようだし、さけもさめてくるし――伝七郎でんしちろう焦々いらいらしているさまが、とおくからでもよくわかるのであった。
 ――ざあッ、と突然伝七郎とつぜんでんしちろう神経しんけいおどろかしたものがあるとおもうと、それは、こずえからたきのようにちてゆきぎなかった。