198・宮本武蔵「風の巻」「雪響き(2)(3)」


朗読「198風の巻40.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 08秒

 遊廓くるわ総門そうもんのすぐそとに、編笠あみがさ茶屋ぢゃやというのがある。武蔵むさしはそこをのぞき、わらじはないかとたずねたが、遊廓くるわはいかれおとこが、顔隠かおかくしのかさもとめるみせなので、もとよりわらじをひさいでいるはずはない。
「すまないが、どこかであがのうててくれまいか」
 そこのむすめにたのみ、そのあいだ武蔵むさし床几しょうぎはしをかりて、おび腰紐こしひもなおしていた。
 羽織はおりいで、ていねいにたたみつけ、ふでかみをかりうけて、なにか一筆いっぴつしるしたものを、むすぶみにして、そのたもとなかへしのばせ、
「ご亭主ていしゅ
 と、おく炬燵こたつにうずくまっている年寄としよりへ、それをたのんだ。
「おそれいるがこの羽織はおりあずかっておいてくれまいか。――もし拙者せっしゃが、下刻げこく十一時じゅういちじ)までにここへかえらなかったら、この羽織はおりえてある一通いっつうとを、扇屋おうぎやにおられる光悦こうえつどのまで、おとどけしてもらいたいが」
「はいはい、おやすいことでございます。たしかにおあずかりしておきまする」
ときに、時刻じこくいまとり下刻げこく七時しちじ)か、いぬこく八時はちじ)ごろか」
「まだ、そうなりますまい。きょうはゆきもようで、くらくなるのがはようござりましたからの」
いま扇屋おうぎやてくるまえに、あそこの土圭とけいっていたが」
「ならば、それがおおかた、いまってまわっていたとり下刻げこくでござりましょう」
「まだ、そんなものかのう」
れたばかりでござりますもの。――往来おうらい人通ひとどおりをてもれまする」
 そこへむすめが、わらじをっててくれた。武蔵むさし入念にゅうねんに、わらじのより調しらべて、革足袋かわたびのうえに穿いた。
 かれ境遇きょうぐうとしてはおおすぎる茶代ちゃだいをおいて、編笠あみがさひとつもらい、それはただって、あたまのうえにかざしながら、はなよりもやわらかなゆきはらいながらゆきみちをどこともなくった。

 四条しじょう河原近かわらちかくには人家じんかもまばらにえるが、祇園ぎおん樹立こだちへ一歩入いっぽはいると、そこらはゆきまだらで、あしもともくらかった。
 たまたまえるかすかなあかりは、祇園林ぎおんばやしつつまれた燈籠とうろう神燈みあかしだった。神社じんじゃ拝殿はいでん社家しゃけなかも、人間にんげんはいないようにしんとしていて、ただゆきおとが、時折ときおり樹々きぎのこずえにひびいて、そのあとをさらにしんとさせていた。
「さ、こうか」
 祇園神社ぎおんじんじゃまえぬかずいて、なにか祈念きねんしていたひとむれものが、いま、どやどやと社殿しゃでんまえからがった。
 いまがた花頂山かちょうざん寺々てらでらから、ちょうどいぬこく――いつツのかねがなりわたった。ゆきのせいか今夜こんやかぎって、かねおとはらわたみるほどえてきこえた。
御舎弟ごしゃていさま。わらじのはだいじょうぶでござるか。こうさむい――こおるようなばんには、きついも、ぷつりとやすうござりますぞ」
心配しんぱいするな」
 吉岡伝七郎よしおかでんしちろうだった。
 親族しんぞくものや、門弟中もんていちゅうおもなるもの十七じゅうしち八人はちにんかれいて、さむいせいもあろうがみな、そそけったかおつきをそろえていた。かれのまわりをかこみながら、蓮華王院れんげおういんのほうへあるいてゆくのである。
 いまって祇園神社ぎおんじんじゃ拝殿はいでんのまえで、伝七郎でんしちろうはもう全身一点ぜんしんいってんのすきもなく決闘けっとう身仕度みじたくましてていた。鉢巻はちまきかわだすき、いうまでもないことである。
「わらじ? ……わらじは、こういうおりには布緒ぬのおとかぎっているものだ、おまえたちおぼえておけ」
 伝七郎でんしちろうゆきみしめながら、しろいきおおきくてて、一同いちどうなかあるいていた。

 日暮ひぐれまえに、太田黒おおたぐろ兵助ひょうすけたち三名さんめい使つかいのものから、武蔵むさしへ、確乎しかとわたして承諾しょうだくったはたいの出合であじょうには、

場所ばしょ 蓮華王院裏地れんげおういんうらじ
時刻じこく いぬ下刻げこく九時くじ

 と、してあったのである。
 明日あしたをもたないで――今夜こんやいぬこくというにわかな指定していをしてやったのは、伝七郎でんしちろうもそれがよいとかんがえたし、親族しんぞく門下もんかものも、
猶予ゆうよあたえて、もしされては、ふたたび京都きょうとかれをつかまえることは出来できないから)
 という想定そうていのもとに一致いっちした作戦さくせんであって、その使つかいにった太田黒兵助おおたぐろひょうすけが、このれのなかえないところをみると、かれだけは、あのまま堀川船橋ほりかわふなばし灰屋はいや紹由しょうゆういえ附近ふきんにうろついていて、その武蔵むさしを、ひそかに尾行びこうしているのかもしれない。
「……だれだ? だれさきているようだな」
 伝七郎でんしちろうはそういって、蓮華王院れんげおういんうらひさししたに、赤々あかあかと、ゆきなかいているものを、とおくからつめた。
御池みいけ十郎左じゅうろうざと、植田良平うえだりょうへいでしょう」
「なに、御池みいけ植田良平うえだりょうへいまでているのか」
 伝七郎でんしちろうは、むしろ、うるさいといいたげなかおをして、
武蔵むさしひとりをつのに、仰山ぎょうさんすぎる。たとえ、仕果しはたしても、あれは大勢おおぜいったのだといわれてはおれの沽券こけんにもかかわるからな」
「いや、時刻じこくたら、われわれは退きますから」
 蓮華王院れんげおういんなが御堂みどう廊架ろうかは、ぞく三十三さんじゅうさん間堂げんどうともよばれているところである。なが廊架ろうかは、はな距離きょりといい、的場まとばくところといい、ゆみるには絶好ぜっこう場所ばしょだとされて、いつのころからともなく、射具いぐをたずさえてて、ひとりで練技れんぎためしているものがぼつぼつえていた。
 ――そんなことからふとこの場所ばしょおもいついて、こよいの試合場しあいじょうとして、武蔵むさしへいってやったのであるが、てみると、弓以上ゆみいじょうはたいにはなおさら足場あしばがよい。
 何千坪なんぜんつぼかのゆき地域ちいきには、雑草ざっそう根笹ねざさ凸凹でこぼこえず、きれいに淡雪あわゆきつもっている。ところどころに、まつはあるが、それも密生みっせいしたはやしではなく、きわめてまばらに、この寺院じいん風致ふうちえている程度ていどなのである。
「――やあ」
 さきて、そこでいてっていた門人もんじんが、伝七郎でんしちろうむかえるとすぐのそばからって、
「おさむかったでございましょう。まだ時刻じこくはよほどあります。十分じゅうぶん、おからだあたためて、御用意ごよういにかかってもおそくはありません」
 御池十郎左衛門みいけじゅうろうざえもんと、植田良平うえだりょうへいのふたりだった。
 良平りょうへいこしかけていたあとへ、伝七郎でんしちろうはだまってこしをおろした。支度したくはもう祇園神社ぎおんじんじゃのまえですっかりましてたのである。伝七郎でんしちろうは、焚火たきびほのおをかざして、両手りょうてゆびふしを、一本一本いっぽんいっぽんぽきぽきとらしながらんでいた。
「――ちとはやすぎたかな」
 けぶりかおをいぶしながら、もうそろそろ殺気さっきびてているかおしかめ、
「いま途中とちゅうに、こしかけ茶屋ぢゃやがあったなあ」
「このゆきで、もうめておりましたが」
「たたきおこせばきるだろう。――だれかそこへって、さけげてないか」
「え、さけをですか」
「そうだ、さけがなくっちゃあ……とてもさむいわ」
 伝七郎でんしちろうはそういって、いだくようにかがみんだ。
 あさでもばんでも、道場どうじょうているときでも、伝七郎でんしちろうからだからさけのにおいのえたことがないことはっているが、こんのような場合ばあい――やがて一族一門いちぞくいちもん浮沈ふちんしてあたろうとするてきいまのわずかなに、そのさけが、伝七郎でんしちろう戦闘力せんとうりょくに、となるか、不利ふりとなるかを、門弟もんていたちは、いつものさけとちがって、熟考じゅっこうせずにいられなかった。