184・宮本武蔵「風の巻」「悲母悲心(3)(4)」


朗読「184風の巻26.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 22秒

「そんなことはどうなとよい」
 ばばはもう、わが弱音よわねを、それ以上聞いじょうききたくもないというかおして、くびった。
「それよりは又八またはち、おぬしは、ごん叔父おじんだことをっていやるか」
「えっ、叔父御おじごが? ……ほんとですか」
「たれがそのようなうそをいおうぞ。住吉すみよしはまで、おぬしとわかれるとすぐあのはまくなったのじゃ」
らなかった……」
叔父御おじごあえないも、このばばがこのとしして、こうしたたびにさまようているのも、いったいなんのためか、おぬしはわかっていやろうがの」
「いつか、大坂おおさかったおりてた大地だいちにひきすえられ、おばばに存分叱ぞんぶんしかられたことは、きもめいじてわすれてはいない」
「そうか……あの言葉ことばおぼえているか。では、おぬしによろこんでもらうことがあるぞよ」
「なんだ、おばば」
「おつうのことよ」
「……あっ! じゃあ、おばばのそばって、いま彼方むこうった女子おなごは」
「これっ――」
 たしなめるように、又八またはちまえちふさがって、
は、どこへおじゃるつもりじゃ」
「おつうならば……おばば……わしてくれ、わしてくれ」
 うなずいて――
わしてやろうとおもえばこそれてたのじゃ。――したが又八またはち、おぬし、おつうってどういうか」
わるかった――まなかった――ゆるしてくれといって、おれはあやまるつもりだ」
「……そして」
「……そしてなあ、おばば……おばばからも、おれの一時いっとき心得こころえちがいをなだめてくれ」
「……そして」
もとのように」
「なんじゃあ? ……」
「――もとのようになかをもどして、おつう夫婦いっしょになりたいんだ。おばば、おつうはおれをいまでもおもっていてくれてるだろうか」
 みなまでいわせず、
「――ばッ、ばかっ」
 おすぎは、又八またはち横顔よこがおを、ぴしゃりとった。
「アッ……な、なにをするんだ、おばば」
 よろめきながら又八またはちかおをかかえた。そしてちちはなれてから今日きょうまでたことのないおそろしいははかおかれた。
「たったいま、おぬしはなんというたぞ。わしがいつかいうてかせた言葉ことばは、きもめいじているというたであろう」
「…………」
「いつ、このおばばが、おつうのような不埒ふらち女子おなごへ、をついてあやまれとおしえたか。――本位田家ほんいでんけどろって、あまっさえ、七生しちしょうまでのかたきぞとおもうている武蔵むさしげた女子おなごじゃぞよ」
「…………」
許嫁いいなずけであったてて、とは、家名かめいあだ武蔵むさしをもこころをもまかせているひとでなしのあのおつうに、れは、をついてあやま所存しょぞんか。……あやま所存しょぞんかよ! これっ――」
 又八またはちえりがみを諸手もろてにつかんで、ばばりうごかすのであった。
 又八またはちは、くびをがくがくうごかしながら、じて、はは叱言こごと甘受かんじゅしていた。じているからはなみだがとまらなかった。
 ばばは、いよいよがゆそうに、
「なにをくのじゃ。くほどひとでなしに未練みれんがあるのかっ。――ええ、もうおぬしというはいのう!」
 ちからまかせに、わが大地だいちたおした。そして自分じぶん諸仆もろだおれにこしをついて、一緒いっしょになってした。

「これ」
 きびしいははかえって、おすぎ大地だいちすわなおした。
いまが、にとっても、性根しょうねのすえどき。――このばばとても、もう十年二十年先じゅうねんにじゅうねんさきまでは寿命じゅみょうれぬ。こういうこえも、わしがんでしもうたあとは、二度にどきたいとおもうてもけはせぬぞ」
 ――わかりきったことを――というように、又八またはちよこいたままなのである。
 おすぎは、わが機嫌きげんそんじてもならないと、こころすみではまた、がねするように、
「のう、これ。おつうばかりが女子おなごではなし、あのようなもの未練みれんをのこしゃるな。もしこのさき、おぬしが、ほしいとのぞ女子おなごがあれば、このばばがその女子おなごいえへお百度踏ひゃくどふんでかようても――いやわしが生命いのち結納ゆいのう進上しんじょうしても、きっともらうてやりまするがの」
「…………」
「――だがの、おつうだけは、金輪際こんりんざい本位田家ほんいでんけ面目めんぼくとして、たすことは相成あいならぬ。おぬしが、なんといおうが、まかりならぬ」
「…………」
「もし、くまでおぬしがおつうなら、このばば首打くびうってそれからどうなとしやるがよい。わしのきているうちは――」
「おばば!」
 っかかってたわがけんまくにおすぎはまた、ひざかどてて、
「なんじゃ、そのいいざまは」
「じゃあくが……いったいおれの女房にょうぼうにするおんなは、おばばがつのか、おれがつのか」
れたことをいやる、わがのもつつまでのうてなんとする」
「……な、ならば、お、おれがえらぶのが、あたりまえじゃないか。それを」
「まだそのようにきわけのないことばかり……。はいったい幾歳いくつになるのか」
「だって……い、いくらおやだってあんまりだっ、勝手かってすぎる」
 この息子むすことこの母親ははおやとは、どっちもあまへだてをらないために、ややともすると感情かんじょう感情かんじょうばかりがさきって、感情かんじょうしたあとから言語げんごるという始末しまつだった。そのためにかえって、おたがいが理解りかいをはぐらかし、すぐつのきあいになるくせがあった。それはたまたまの場合ばあいだけではなく、家庭かていにあったむかしから、そういう家風かふうであったが、まだ習性しゅうせいとなっているのだった。
勝手かってとはなんじゃ、はそもそも、たれのか、たれのはらから、このにはうまれてたか」
「そんなこといったってむりだ。おばば……おれはどうしても、おつういたい。――おつうきなんだっ」
 さすがに、あおざめているははかおむかってはいえずに、又八またはちは、そらいてうめいた。
 おすぎとがっているかたのほねがるようにふるえした、――とおもうと、やにわに、
又八またはち本性ほんしょうか」
 と、いって、いきなり自分じぶん脇差わきざしいてのどきたてようとした。
「あッ、おばばなにするっ――」
「ええもう、めだてしやるな。それよりはなぜ、介錯かいしゃくするといわぬか」
「ば、ばかなことを。……おばばがぬのを、おれが……ていられるか」
「では、おつうをあきらめて、性根しょうねなおしてたもるか」
「じゃあ、おばばは一体いったい、なんのために、おつうをこんなところへれてたのだ。おれにおつうのすがたをせびらかすのだ。――おれには、おばばのそのはらがわからぬ」
「わしのころすはやすいことじゃが、元々もともと裏切うらぎった不貞ふていおんな成敗せいばいさせてやりたいとおもおやごころのそれもひとつ、有難ありがたいとはなぜおもわぬか」