182・宮本武蔵「風の巻」「ふくろ路地(3)(4)(5)」


朗読「182風の巻24.mp3」15 MB、長さ: 約 16分 15秒

 台所だいどころおんなが、帳場ちょうばげたとみえて、おもてから路地ろじまわって旅籠屋はたごや手代てだいが、
「お女中じょちゅうさま、お宿やどでございますか」
 朱実あけみちつかないで、
「ええ、どこなの?」
「ついそこの入口いりぐちでございますよ、ヘイ、路地ろじ右側みぎがわかどで」
「まあ、じゃあ往来おうらいむかっているんですね」
往来おうらいでも、おしずかでございますが」
出入でいりにがつかないようないえをと、さがしていると、ちょうど路地ろじかど掛行燈かけあんどんえたから、このおくならとおもってはいってたんだけれど」と、おつうのいる一棟いっとうをのぞいて、――
「ここは、おたく離屋はなれじゃないの」
「はい、手前てまえどもの別棟べつむねでございますが」
「ここならばいいのね……。しずかそうで……どこからも、えない」
「あちらの母屋おもやにも、よいお部屋へやがございますが」
番頭ばんとうさん、ちょうどここにいらっしゃるのは、おんなのおかたのようだし……わたしもここにとまらせてもらえませんか」
「ところが、もうおひとかた、ちとごころのむつかしいご隠居いんきょがいらっしゃいますのでな……」
「かまいません。わたしはいいけれど……」
のちほど、おかえりになりましたらば、合宿あいやどをご承知しょうちくださるかどうか、うかがってみますが」
「じゃあそのあいだ彼方むこう部屋へやでやすんでいましょうか」
「どうぞ。……あちらの部屋へやだって、きっとおすとぞんじますが」
 手代てだいいて、朱実あけみ旅籠はたご表口おもてぐちへまわってった。
「…………」
 おつうついになにもいわずにしまった。なぜ一言ひとことでもいてみなかったかと、あとではいるのであったが、それがいつもいけない自分じぶん性質せいしつらしい――とひとりでおもしずんでしまう。
 今行いまいったおんな武蔵むさしは、いったいどういうあいだがらなのか。
 それだけでもりたい。
 五条大橋ごじょうおおはしかけたときには、かなりな時間じかん二人ふたりはなしていた、いやそれもただの程度ていどではない、ては彼女かのじょき、武蔵むさしがそのかたいていたではないか。
(よもや、武蔵様むさしさまかぎって……)
 とおつうは、自分じぶんねたみがえが臆測おくそくを、みな打消うちけしてはみるが、やはりあれからのは、そのために、ともするといままではらなかった複雑ふくざついたみを、自分じぶんこころ見出みいだすことがおおかった。
 ――自分じぶんよりうつくしいおんな
 ――自分じぶんよりあのひとちかづく機会きかいおおおんな
 ――自分じぶんより才気さいきがあって男性だんせいのこころをたくみにつかむおんな
 いままでは、武蔵むさし自分じぶんとしかかんがえていなかったが、おつうきゅうに、同性どうせい世界せかいをながめて、自分じぶん無力むりょくがかなしくなった。
 ――うつくしいなんておもえない。
 ――さいもない。
 ――機縁きえんにもめぐまれない。
 こういう自分じぶんを、ひろい社会しゃかい多数たすう女性じょせい見較みくらべると、彼女かのじょ自分じぶん希望きぼうが、あまりに自分じぶんぎていて、なにかだいそれたゆめかのようにおもえてしまうのだった。――ずっと以前いぜん七宝寺しっぽうじ千年杉せんねんすぎへよじのぼってったころの、あの暴風雨あらしよりもつよい勇気ゆうきないで、五条大橋ごじょうおおはしあさ牛車ぎっしゃかげに、しゃがみんでしまったときのようなよわさばかりが、みょうにこのごろのこころにはむ。
城太じょうたさんのがほしい!)
 痛切つうせつに、おつうはそうおもった。そしてまた、
暴風雨あらしなかを、あの千年杉せんねんすぎうえへよじのぼっていたころの自分じぶんには、まだ城太じょうたさんのような無邪気むじゃきさがいくらかあったからだろう)
 とおもい、このごろのように、ひとなやんでいる複雑ふくざつ気持きもちは、そうした処女心おとめごころからいつのまにかとおくなっている証拠しょうこでもあろうかとかんがえてて、はりはこ縫物ぬいもののうえに、なんとはなくほろりとなみだがこぼれた。
「――いるのか、いやらぬのか。――おつうっ、なんでまたあかりをともさぬのかやい」
 いつのにか夕闇ゆうやみせまっていた軒先のきさきに、そとからもどってるなりこういうお杉隠居すぎいんきょこえがしていた。

「おかえりなされませ。――いますぐあかりの支度したくをいたしまする」
 かべうしろの小部屋こべやってゆくおつうへ、じろりとつめたいをくれながら、ばばはほのぐらたたみすわった。
 あかりをいたかげをつかえておつうが、
「お婆様ばばさま、おつかれでございましょう。きょうはまたどちらまで……」
うまでもあるまいに」
 と、おすぎは、わざとのようにいかめしい。
「せがれの又八またはちたずね、武蔵むさしのありかをさがあるいているのじゃ」

「すこしあしでもおみいたしましょうか」
あしはさほどでもないが、陽気ようきのせいか、この五日ごにちかたる。――んでやろうというがあるならんでもい」
 なにかにつけて、この調子ちょうしなのだった。しかし、それも又八またはちたずねあてて、きれいに過去かこはなしをつけてしまうまでのすこしのあいだ辛抱しんぼう――と、おつうはそっとばばうしろって、
「ほんに、おかたかとうございますこと。これでは、呼吸いきがおくるしゅうございましょう」
あるいていても、ふとむねがつまるようにおもうことがある。やはりとしじゃ、いつなんどき卒中そっちゅうたおれるかもれぬ」
「まだ、まだ、わかものおよばないお元気げんきで、そんなことがあってよいものではございませぬ」
「でものう、あの陽気ようき権叔父ごんおじですら、ゆめのようにんでった。人間にんげんはわからぬよ。……ただわしが元気げんきになるときは、武蔵むさしおもときだけじゃ。おのれと、武蔵むさし初一念しょいちねんやすときは、だれにもけぬってる」
「お婆様ばばさま……。武蔵様むさしさまは、そんなわるひとではけっしてありませぬ。……お婆様ばばさまのおかんがちがいでございます」
「……ふ……ふ」
 かたませながら――
「そうじゃったの、そなたにとれば、又八またはちかえてれたおとこじゃもの。――わるういうてまなかった」
「ま! ……そんなわけでは」
「ないとおいいやるか。又八またはちよりは、武蔵むさし可愛かわゆうてなるまいがの。そうあからさまにいうたほうが、物事ものごとすべて、正直しょうじきというものじゃぞ」
「…………」
「やがて、又八またはち出会でおうたら、このばばなかって、そなたののぞとおり、きっぱりはなしはつけてやるが、そうなればそなたとばばとは、あかの他人たにん、そなたはすぐ武蔵むさしのところへはしってって、さぞかしわしら母子おやこ悪口あっこうをいうことであろうわいの」
「なんでそんなことを……。お婆様ばばさま、おつうはそんな女子おなごではございませぬ。もと御恩ごおん御恩ごおんとして、いつまでもおぼえておりまする」
「このごろわか女子おなごは、くちがうまい。ようそのようにやさしくいえたものじゃ。このばば正直者しょうじきものゆえ、そのように言葉ことばはかざれぬ。――そなたが武蔵むさしつまとなれば、そなたもあとにはわしがかたきじゃ。……ホホホホホ、かたきかたむのもつらかろうのう」
「…………」
「それも、武蔵むさしいたいための苦労くろうであろが。そうおもえば、堪忍かんにんのならぬこともない」
「…………」
「なにをいておいやる?」
いてはおりませぬ」
「では、わしのえりもとへ、こぼれたのはなんじゃ」
「……すみませぬ、つい」
「ええもう、むずむずと、むしうているようで気持きもちがわるい、もっとちかられておくれぬか。……めそめそと、武蔵むさしのことばかりかんがえておいやらずに」
 まえはたけ提燈ちょうちんあかりがえた。いつものように旅籠はたご小女こおんなが、ばん食事しょくじはこんでたのであろうとおもっていると、
「ごめんください。本位田様ほんいでんさまのご老母ろうぼのお部屋へやはこちらでございますか」
 と、僧形そうぎょうもの縁先えんさきった。
 さげている提燈ちょうちんには――
 音羽山清水寺おとわさんきよみずでら
 と、いてある。

「てまえは、子安堂こやすどう堂衆どうしゅうでおざるが……」
 と提燈ちょうちんえんにおいて、使つかいのそうはふところから一通いっつう書付かきつけをとりし、
なにやらぞんじませぬが、黄昏たそがごろ寒々さむざむとした風態ふうていのおわか牢人ろうにんどううちをのぞいて――このごろ作州さくしゅうのおばば参籠さんろうえぬかとわれますゆえ、いや折々おりおりえでござる――とこたえますと、ふでせといい、ばばえたらこれをわたしてくれといってりました。――ちょうど五条ごじょうまで用達ようたしかけましたので、早速さっそく、おとどけにあがったような次第しだいで」
「それは、それは、ご苦労くろうさまな」
 とばばひとざわりよく敷物しきものなどすすめたが、使つかいのそうはすぐもどってった。
「……はてのう?」
 行燈あんどんしたばば手紙てがみりひろげた。かおいろがかわったところをると、なにかその内容ないようばばむねはげしくりうごかしたものとえる。
「おつうっ……」
「はい」
 と、小部屋こべやすみばたからおつうこたえる。
「もうちゃなどいでも無駄むだなことじゃ。子安堂こやすどう堂衆どうしゅうかえってしもうたがな」
「もうおかえりになってしまいましたか。それでは、お婆様ばばさま一服いっぷく
ひとしそびれたのでわしへ振向ふりむけておくれるのか。わしのはらちゃこぼしではないぞえ、そのようなちゃみとうもない。それよりすぐ支度したくしやい」
「……え、どこぞへ、おともするのでございますか」
「そちのっているはなし今夜こんやつけてやろうほどに」
「あ……ではいまのお手紙てがみは、又八様またはちさまからでございますか」
「なんなとよいがな、そなたはだまってついてればよいのじゃ」
「それでは旅宿やどくりやへ、はやくお膳部ぜんぶってくるようにいうてまいりましょう」
「そなた、まだか」
「お婆様ばあさまのおかえりをっておりましたので」
「よけいなづかいばかりしていやる。わしがたのは午前ひるまえいままでべずにおられようか。ひる夜食やしょくをかねてそと奈良茶ならちゃのめしをましてきました。わがまだならいそいで茶漬ちゃづけなとべなされ」
「はい」
音羽山おとわさんよるはまだ肌寒はだざむかろう、胴着どうぎえているか」
「お小袖こそではもうすこしでございますが……」
小袖こそでいているのじゃない、胴着どうぎしてたも。それから足袋たびあらうてあるか、草履ぞうりもゆるい。旅宿やどげて、わら草履ぞうりあたらしいのをもろうてておくりゃれ」
 返辞へんじがしきれないほど、ばばのことばがつぎからつぎへおつうう。
 なぜという理由りゆうもなく、おつうはそのことばにひとつも反抗はんこうはできなかった。だまってていられるにさえ、こころすくむのである。
 草履ぞうりをそろえて、
「お婆様ばばさま、おましなさいませ、おともをいたしまする」
 と、さきていうと、
提燈ちょうちんったか」
「いえ……」
「うつけた女子おなごよの、音羽山おとわさんおくまでくのにあかりなしでこのばばあゆますか、旅宿やど提燈ちょうちんりてなされ」
がつきませんでした――いますぐ」
 と、おつう自分じぶん身支度みじたくなにをするもない。
 音羽山おとわさんおくといったが、いったいどこへゆくのだろうか?
 そんなこともふとかんがえたがいたらしかられるであろうとおもい、おつうだまってあかりをげながら三年坂さんねんざかさきってあるいてく――
 しかし、こころうちで、彼女かのじょもなんとなくいそいそしていた。先刻さっき手紙てがみは、又八またはちからであったにちがいない。――とすれば、かねがねばばとかたく約束やくそくしてある問題もんだい解決かいけつ今夜こんやこそはっきりめてくれることであろう。どんないやおもいもつら気持きもちも、もうわずかなあいだ辛抱しんぼうである。
はなしがついたら、今夜こんやのうちにも烏丸様からすまるさまのほうへもどって城太じょうたさんのかおなければならない――)
 三年坂さんねんざか辛抱坂しんぼうざかだった。いしころのおお凸凹でこぼこ坂道さかみちを、おつういしながらあるいた。