181・宮本武蔵「風の巻」「ふくろ路地(1)(2)」


朗読「181風の巻23.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 26秒

ふくろ路地ろじ

 ふと、はりめて、
「……だれ?」
 おつうはいってみた。
「どなた? ……」
 えん障子しょうじけてみたがだれもいないのである。のせいであったとわかると、おつうはさびしさにとらわれて、もう袖付そでつけえりさええば仕立したてあがる縫物ぬいものにも、ついはいらなくなってしまう。
城太じょうたさんかとおもったら?)
 こころなかつぶやいているように、彼女かのじょはまだひとなきひる未練みれんそうにながめていた。そこにだれひとでもとおるような気配けはいさえすれば、城太郎じょうたろうたずねてたのではないかと、すぐおもってしまうらしいのである。
 ここは三年坂さんねんざかしただった。
 ごみごみした街中まちなかではあるが、往来おうらい一側ひとかわうらには、やぶだのはたけだのがいくらもあって、椿つばきいていれば、うめほころびかけている。
 おつう姿すがたえるそこの一軒家いっけんやも、うらはよそのにわらしい木立こだちかこまれ、まえ百坪ひゃくつぼほどは野菜畑やさいばたけになっていて、そのはたけのすぐむこうには、あさからばんまでひどくいそがしげな物音ものおとをさせている旅籠屋はたごや台所だいどころがある。――つまり、この一軒家いっけんやも、そこの旅籠屋はたごやもちで、朝夕ちょうせき食事しょくじも、むこうの台所だいどころからはこんでることになっている。
 いまは――どこへったのか姿すがたはここにえないが、お杉隠居すぎいんきょがなじみの旅籠はたごで、京都きょうとればこことめてあり、ここへればこのはたけなか別棟べつむねがあの婆様ばばさまのおこのみであるらしい。
「おつうさあ、御飯時ごはんどきやが、もうはこんでもようござりますかの」
 はたけむこうで、台所だいどころおんなが、こっちへ呶鳴どなっていた。
 おつうは、かんがえごとからめて、
「アア御飯ごはんですか。――御飯ごはんならば、お婆様ばばさまかえっててから一緒いっしょべますからあとにしてください」
 すると、台所だいどころおんなはまた、
「ご隠居いんきょさあは、きょうはかえりがおそうなるといってやはりましたがの。おおかた晩方ばんがたまでのおつもりでやはったのでございましょうが」
「じゃあわたしも、あまりおなかがすいておりませんから、おひるはやめておきましょう」
「あんた、ちっとももの召上めしあがらんで、ようそうしておいでなはるなあ」
 どこからともなく、松薪まつまきのいぶるけむりながれてて、はたけなかうめも、むこうの母屋おもやかくしてしまう。
 このへんには、陶器やきものつくりのかま所々しょしょにあるので、そこで火入ひいれをするにはえずけむり近所きんじょをいぶしている。けれど、そのけむりったあとは、春先はるさきそらがよけいに美麗きれいられた。
 うまのいななきや清水きよみず参詣人さんけいにん跫音あしおとが、往来おうらいほう騒々ざわざわきこえる。そういうまち騒音そうおんなかから、武蔵むさし吉岡よしおかったといううわさいた。
 おつうは、つようにおもい、そして武蔵むさしのすがたをまぶたえがいた。
城太郎じょうたろうさんは、蓮台寺野れんだいじのってみたにちがいない、城太郎じょうたろうさんがればくわしいことも……)
 と、同時どうじ城太郎じょうたろうおとずれをつことも痛切つうせつになる。
 だが、その城太郎じょうたろうがちっともないのだ。五条大橋ごじょうおおはしわかれたりであるから――もう二十日余はつかあまりにもなる。
たずねてても、ここのいえわからないのかしら? ……いいやそんなはずはない、三年坂さんねんざかしたおしえてあるのだもの、一軒一軒尋いっけんいっけんたずねたって)
 そうおもってみたり、また、
(もしや風邪かぜでもひいてこんでしまったのじゃないかしら?)
 ともあんじてみる。
 けれど、あの城太郎じょうたろうが、風邪かぜているなどとはしんじられない。――きっと暢気のんき春先はるさきそら紙凧たこでもげてあそんでいるのかもれない。おつうは、はらってきた。

 ――けれどまた、かんがえようによれば、城太郎じょうたろうのほうでもおなじように、
(なにも、とおところじゃなし、おつうさんだって一度いちどぐらいは、自分じぶんほうからそうなものじゃないか。烏丸からすまるのおやかたへだって、あのままでおれいもいわないでいるのはわるい)
 そんなふうにっているかもれないとおもう。
 そこへのつかないおつうでもなかったが、おつうにしてみれば、城太郎じょうたろうのほうでてくれるのはいとやすかろうが、いまのところ、自分じぶんのほうからおやかたくということはむつかしい事情じじょうにある。おやかたへとはかぎらない、たとえどこへるにしても、お杉隠居すぎいんきょのゆるしをなければることはできない。
 今日きょうのような留守るすをよいしおかけてしまえばよいじゃないか。――こう事情わけらないものおもうかもれないが、そこにぬかりのあるあのばばではない。入口いりぐち旅籠はたごものたのみこんであるから、おつうにはえずだれかのひかっている。ちょっと往来おうらいをのぞきにても、
(おつうさんどこへ?)
 と、旅籠はたご母屋おもやからすぐ、さりないこえがかかるのである。
 なにしろまた、お杉婆すぎばばさんといえば、この三年坂さんねんざかから清水きよみず界隈かいわいでも、なが馴染なじみだし、かおとおっているらしいのだ。去年きょねん清水きよみずあたりで、武蔵むさしをつかまえ、としよりの悲壮ひそう真剣勝負しんけんしょうぶいどんでからのことである。当時とうじ、その実情じつじょう目撃もくげきしていたこの土地とちかごかきだの荷持にもちだののくちからそれが評判ひょうばんになって、
(あのばば気丈きじょうだ)
(えらい気丈者きじょうものよ)
敵討かたきうちているのだとよ)
 そんな沙汰さたからいつとなく、ばば人気にんきはひろまって、一種いっしゅ尊敬そんけいにさえなっている。――だから旅籠はたごものなどなおさらのこと、おすぎくちから一言ひとこと
(ちと仔細しさいある女子おなごゆえ、留守るすのまにげぬようていてくだされ)
 とでもまれれば、それをまもるに忠実ちゅうじつなのは当然とうぜんであった。
 いずれにしても、おつうはここからいまでは無断むだんることはゆるされない。文使ふみづかいをやるにしても、宿やどものなければ出来できないげいだし、結局けっきょく城太郎じょうたろうおとずれをつよりほかにさくはなかった。
「…………」
 障子しょうじかげ退いて、彼女かのじょはまたはりはこはじめていた。その縫物ぬいものもおすぎ旅着たびぎ仕立したなおしだった。
 するとまただれそと人影ひとかげして――
「オヤ? ちがったかしら」
 れないおんなこえがする。
 往来おうらいから路地ろじをはいってて、ここの袋地内ふくろじないはたけ離屋はなれに、勝手かってがちがったらしくこうつぶやいているのである。
 何気なにげなく、おつう障子しょうじかげからかおしてみた。葱畑ねぎばたけ葱畑ねぎばたけあいだにあるみちうめしたに、そのおんなただずんでいたが、おつうかおて、
「あの……」
 わるそうにあたまげ、
「……あの、こちらは、宿屋やどやではないんでしょうか。路地ろじ入口いりぐちに、いた掛行燈かけあんどんえたので、はいってたんですけれど」
 と、みがつかないように、もじもじしていう。
 おつうは、それにこたえるのもわすれて、おんなかおからあしさきまでをつめていた。そのひとみ異様いようさきへはれたにちがいない。袋路地ふくろろじらずに間違まちがってはいっておんなは、いよいよ、わるそうに、
「どこのいえでしょう」
 まわりの屋根やねまわしたり、ふとまたそばうめこずえへ、
「まあ、よくいている」
 と、テレたかおげて、見恍みとれるような素振そぶりをしたりしていた。
(そうだ、五条大橋ごじょうおおはしで!)
 おつうはすぐおもしたが、また人違ひとちがいではないかともまよって、記憶きおくねんしてみるのだった。――元日がんじつあさであった。あの大橋おおはしおばしまで、武蔵むさしむねかおしあてていていたきれいなむすめ。――さきではらなかったであろうが、おつうにはわすがたい――なにかかたきででもあるように、あれ以来絶いらいたえずにかかっていたその女性じょせいではあるまいか。