177・宮本武蔵「風の巻」「次男坊(3)(4)」


朗読「177風の巻19.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 28秒

 なにも事改ことあらたまって、そう神経しんけいをつかうほどのことでもない。それは、何十匹なんじゅっぴき何百匹なんびゃっぴきれないが、とにかく余程多よほどおおいらしいいぬこえなのだ。
 いくら沢山たくさんでも、いぬこえいぬこえとどまる。一犬虚いっけんきょつたえれば万犬まんけん――というくらい、あの仲間なかまさわぎはあまてにはならない。まして近頃ちかごろいくさがなくて人肉じんにくえているので、からまちうつったいわゆる野良犬のらいぬ街道筋かいどうすじにはぐんをなしていることがめずらしくない。
ってみろ!」
 しかるに、伝七郎でんしちろうはこういい、さきって自分じぶんもそれへあしはやめてった。かれつからには、いぬこえもただのいぬこえでなく、なにかの理由わけがあったのであろう。――つづく門人もんじんたちも、おくれじというあしけてゆく。
「――やっ?」
「――や?」
「――や? 奇態きたいやつ
 たせるかな、想像以上そうぞういじょうなものをた。
 しばられている又八またはちと、その又八またはち三重四重みえよえ黒々くろぐろいて、かれ肉片にくへんでも要求ようきゅうしているような群犬むれいぬ旋風つむじかぜである。
 いぬ正義せいぎをいわせれば、復讐ふくしゅうというかもれない。又八またはちかたな先刻犬せんこくいぬをそこらへいた。かれからだにはいぬのにおいがみている。
 そうでなく、いぬ智能ちのう人間にんげんひく程度ていどとしてると、こいつ意気地いくじのないやつらしい、なぶってやれと、面白おもしろがっているのかもれぬ。また、みょうなかっこうをしているやつ背負せおってすわっている、泥棒どろぼうか、いざりか、なんだろうかと不審ふしんおこして、えかかっているのかもわからない。
 それがみなおおかみて、はらといえばうすく、脊骨せぼねとがち、はヤスリにけたようなのであるから、孤立無援こりつむえん又八またはちとしては、先刻さっき六部ろくぶ小次郎こじろうよりも、時間的じかんてき数十倍すうじゅうばいもまさる恐怖きょうふだった。
 あしもきかないので、かれ戦闘せんとうは、かお言葉ことばとでふせぐほかなかった。しかし、かお武器ぶきにならないし、言葉ことばいぬつうじない。
 そこで、いぬにもつうじる言葉ことばと、いぬにもれるかおつきのふたつをもって、先刻さっきから悪戦苦闘あくせんくとう防禦ぼうぎょ必死ひっしなところであった。
「うううっ――。うわうッ。……うわうッ……」
 猛獣もうじゅううな声色こわいろなのである。
 いぬはタジタジとしてすこ後退あとずさったが、この猛獣もうじゅううなりすぎて、水洟みずばならしたので、あまたか、たちま効果こうかがなくなってしまう。
 こえ武器ぶきにならなくなると、こんどはかおつきでいぬおそれしめようとはかった。
 くわっとおおきなくちひらいてせると、これにはいぬ一驚いっきょうしたらしい。眼玉めだまいて、ばたきをこらえてせる。はなくちを、皺苦茶しわくちゃせてせる。ながいベロをばして、はなあたままでとどかせてせる――
 そのうち、かれ百面相ひゃくめんそうにくたびれてしまい、いぬもすこしきた様子ようすで、ふたた険悪けんあくになりかかったので、今度こんど一生いっしょう智恵ちえをここにしぼって、おれも諸君しょくん仲間なかまであって、諸君しょくんとはおなものであるという親善しんぜんしめかんがえで、
「――わん、わん、わん! きゃん、きゃん、きゃん!」
 いぬごえを、いぬたちとともに、又八またはちもやってみせた。
 ところが、これがかえっていぬどもの軽蔑けいべつ反感はんかんったとみえ、俄然がぜん喧々けんけんあらそって、かれかおのそばまでかおってえたり、そろそろあしさきからはじめてたりしたので、又八またはちは、ここで弱音よわねげてはとおもい、

かかりしほどに
法皇ほうおう
文治二年ぶんちにねんはるころ
建礼門院けんれいもんいん大原おおはら閑居かんきょ
御覧ごろうぜまほしゅうは
おぼされけれども
二月弥生きさらぎやよいのほどは
嵐烈あらしはげしゅう余寒よかんいまつき
みね白雪消しらゆききえかねて

 大声張おおごえはりあげて、平家へいけ琵琶びわ大原おおはら御幸ごこう夢中むちゅう呶鳴どなりだした。――かたじ、かおをしかめ、自分じぶんこえみみこえなくなれとばかりわめいていたところなのであった。

 さいわいにそこへ、伝七郎でんしちろうらがけつけてたので、いぬれをくずして八方はっぽうげてしまい、又八またはち見得みえもわすれて、
たすけてくれっ、なわいてくれっ――」
 吉岡門人よしおかもんじんのうちには、かれかお見知みしっているものさんあった。
「おや、こいつは、よもぎのりょうたことがある」
「おこう亭主ていしゅだ」
亭主ていしゅ。――亭主ていしゅはなかったはずだが」
「それは祇園ぎおん藤次とうじ手前てまえだけで、ほんとはこのおとこがおこうやしなわれていたのだ」
 とやかく取沙汰とりざたをしはじめたが、かわいそうだ、いてやれという伝七郎でんしちろうのことばになわいて仔細しさいくと、ここにも又八またはちのいいところはあって、ほんとのことは良心りょうしんじていわない。
 吉岡よしおかものたので、かれ自分じぶん宿怨しゅくえんをちょうどよくおもして、武蔵むさしきあいにし、自分じぶんかれとは郷里きょうりおな作州さくしゅうであるが、かれ自分じぶん許嫁いいなずけうばってはしり、郷土きょうどものたいして顔向かおむけのならないどろ家名かめいられている――
 ははのおすぎは、そのため、もう老年ろうねんなのにかかわらず、武蔵むさしち、不貞ふてい許嫁いいなずけ成敗せいばいせねば郷土きょうどかえらぬとくにち、自分じぶんともどもに、武蔵むさしとうとねらっているような次第しだいでもある――
 最前さいぜんどなたやら、自分じぶんをおこう亭主ていしゅだなどとっしゃったが、んでもない誤解ごかいで、よもぎのりょうせていたことはあるが、おこう関係かんけいなどはない、その証拠しょうこには、祇園藤次ぎおんとうじとおこうとは、あのとお親密しんみつで、いまではって他国たこく駈落かけおちしている事実じじつちょうしても証明しょうめいできる――
 であるから手前てまえには、そんなことはどうでもよいことで、今最いまもっとにかかるのはははのおすぎかたき武蔵むさし消息しょうそくでしかない。今度大坂表こんどおおさかおもてにあってくところによれば、吉岡殿よしおかどの御長男ごちょうなんは、かれ試合しあいして不覚ふかくをとったそうである。そうくとたてもなく、こうしてはいられないという気持きもちられ、ここまでたところ十数名じゅうすうめいのよからぬ野武士のぶし取巻とりまかれ、所持しょじ金子きんす悉皆しっかいうばわれてしまったが、老母ろうぼてき大事だいじからだと――じっとかれらのなすままにまかせ、観念かんねんをふさいでいたところ――
有難ありがとうございました。吉岡家よしおかけといい、手前てまえといい、武蔵むさしともてんいただかざるの仇敵きゅうてき、その吉岡一門よしおかいちもんかたに、なわいてもらったのも、なにかの御縁ごえんかもわかりませぬ。おうけすれば清十郎様せいじゅうろうさま御舎弟ごしゃていかのようにぞんじますが、手前てまえ武蔵むさしとうとするもの、あなたも武蔵むさしとうとなさるおこころちがいない。どっちがはやかれとめるか、目的もくてきたっしたうえで、あらためてまたおにかかりましょう」
 うそというものは純粋じゅんすいうそばかりではたないものとえる、又八またはちがいっているなかにも、多少たしょうのほんとはじっている。
 しかしさすがに、
(いずれがはや武蔵むさしつか)
 などとおしまいになって蛇足だそくくわえたあたりから、自分じぶんでも気恥きはずかしくなってたとみえ、
ははのおすぎが、清水堂きよみずどう参籠さんろういたして、大望たいもうのため祈願きがんいたしておりますれば、これからそのははたずねてまいるつもり、おれいにはあらためて、四条道場しじょうどうじょうのほうへ近日出向きんじつでむきまする。おいそぎの場合ばあい、おあしめてなんとも恐縮きょうしゅく、では御免下ごめんください」
 ボロのないうちにとこういって、さきへすたすたってしまったところなど、くるまぎれとはいえ又八またはちとしては出来できがよかった。
 かれかたるのを、うそかほんとかうたがっているまにってしまったのである。門下もんかたちはあきれがおに、伝七郎でんしちろう苦笑くしょうをながして、
「なんだ……あいつは一体いったい
 後見送あとみおくって、おもわぬひまつぶしと、舌打したうらしていた。