176・宮本武蔵「風の巻」「次男坊(1)(2)」


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次男坊

 輿こしとか、箯輿あんだとか、一部いちぶ階級かいきゅうにはそういう乗物のりものふるくからもちいられていたが、庶民しょみん交通こうつう実用化じつようかされて、市中しちゅう街道かいどうかごとよばれるものえはじめてたのは、つい昨今さっこん風景ふうけいといってよい。
 たけがついているざるなか人間にんげんって、後棒あとぼう先棒さきぼうが、
「エ、ホ」
「ヤ、ホッ」
 まるで荷物にもつみたいにかついでるのだ。
 かごかきのあしはばぶと、ざるあさいので、っている人間にんげんは、りこぼされないように、前後ぜんご吊竹つりだけ両手りょうてでつかまって、
「エ、ホ。エ、ホ」
 かごかきとともに、呼吸いきあわせてえずからだはずませていなければならない。
 いま――この松原まつばらなか街道かいどうを、そのかご一挺いっちょう提燈ちょうちんつ、人数にんずうしち八名はちめいばかり一団いちだんになって、東寺とうじのほうから旋風つむじかぜみたいにけてるのがえる。
 夜半よなかすぎると、このみちすじにはよくそういった早駕はやかごうまむちってとおる。京都きょうと大坂おおさか動脈どうみゃくになっている淀川よどがわ交通こうつうまるので、火急かきゅうとなると、陸路りくろどおししてるせいであろう。
「ヤ、サ」
「エ、サ」
「あ、ふ……」
「もすこし」
六条ろくじょうだぞ」
 この一団いちだんも、三里さんり四里よんりちかくからたとはおもわれない。かごかきも、かごってけて連中れんちゅうも、綿わたのようにつかれきっていて、くちから心臓しんぞうしてしまいそうな呼吸いきづかいなのである。
六条ろくじょうか、ここは」
六条ろくじょう松原まつばら
「もう一息ひといき
 たずさえている提燈ちょうちんには、大坂おおさか傾城町けいせいまちでつかう太夫紋たゆうもんがついている。しかし、かごなかには、かごからはみしそうな大男おおおとこっているし、それにつきしたがってヘトヘトになっている徒歩かちものもみな勇壮ゆうそう若者わかものどもばかりであった。
御舎弟ごしゃてい四条しじょうはもうついそこでござりますぞ」
 一人ひとりかごへいったが、かごなか巨漢きょかんは、張子はりことらのようにガクガクくびりながら、こころよげに居眠いねむっているのだった。
 そのうちに、
「あっ、ちる」
 と、介添かいぞえものかごそとから居眠いねむりをおさえると、このおとこ、とたんにおおきなをあいて、
「アアのどかわいた。――さけをくれ、竹筒たけづつさけをよこせ」
 という。
 ちょっとのおりでもあれば、みなやすみたい気持きもちだったので、
ろせ、暫時ざんじ
 いうがはやいか、
「ううう――」
 ほうすようにかごへおろして、かごかきもまわりの若者わかものばらも、いっせいに手拭てぬぐいをつかみ、さかなはだみたいにれている胸毛むなげあせく、かおをこする。
「――伝七郎様でんしちろうさま、もう沢山たくさんはありませぬが」
 かご竹筒たけづつさけわたすと、って、それを一息ひといきみほしたあげく、
「アア、つめたい! さけにしみる」
 伝七郎でんしちろうばれたおとこは、やっとましたようにおおきくつぶやく。
 そのくびを、ぬっと、そとして、そらほしあおぎながら、
「まだけないのか。……おそろしくはやかったな」
「お兄上あにうえになれば、まだかまだかと、一刻いっこく千秋せんしゅうおもいで、おちかねでございましょう」
「おれのかえるまで、兄貴あにき生命いのちっていてくれればいいが……」
医者いしゃつといっておりますが、何分なにぶんひどくたかぶっていらっしゃるので、時折傷口ときおりきずぐちから出血しゅっけつするのがよくないそうで」
「……むむ、ご無念むねんだろうな」
 くちひらいて、竹筒たけづつさかさにしたが、もうさけはなかった。
「――武蔵むさしめっ」
 その竹筒たけづつ大地だいちにたたきつけ、吉岡伝七郎よしおかでんしちろう荒々あらあらしくいった。
「いそげっ!」

 さけもつよいが、癇癖かんぺきもなおつよいらしい。もっとつよいのは、このおとこうでぶしであって、吉岡よしおか次男坊じなんぼうといえば世間せけんとおものだった。あにとは両極端りょうきょくたん性質せいしつで、ちち拳法けんぽうきていたころから、ちちをしのぐ力量りきりょうのあったことはほんとで、いま門下もんかでもみなみとめている。
兄貴あにきはだめだよ。あれやあ、親父おやじ跡目あとめなどがないで、おとなしく禄取ろくとりにでもなればよいのさ)
 これは伝七郎でんしちろうめんむかってもいう口吻こうふんなのである。したがってあにとのなかいたってよくない。それでも拳法けんぽう在世中ざいせいちゅう兄弟きょうだいしてあの道場どうじょうはげんでいたものだが、ちち死去しきょをきッかけに、伝七郎でんしちろうはほとんどあに道場どうじょうではとうったためしがない。去年きょねんのこと、友達二ともだちに三名さんめい伊勢いせあそびにかけ、かえりには大和やまと柳生石舟斎やぎゅうせきしゅうさいたずねるのだといってたが、京都きょうとにはそれきりかえらず、消息しょうそくもなかったのである。――一年いちねんかえらないからといっても、だれも、この次男坊じなんぼうえているとはあんじなかった。わがままをいって、大酒おおざけんで、兄貴あにき悪口わるくちをいって、自分じぶん一切働いっさいはたらかずに天下てんか見下みくだし、ちち時々振廻ときどきふりまわしておりさえすれば、それでえもせずに結構通けっこうとおってゆく――律義者りちぎものからればふしぎな――次男坊じなんぼう生活力せいかつりょくというものがやはり伝七郎でんしちろうにはそなわっているからである。(このごろはなんでも、兵庫ひょうご御影みかげあたりで、だれやらの下屋敷しもやしきにごろついているそうな)そういううわさきこえたが、かくべつにもとめないでいたところへ――今度こんど清十郎せいじゅうろう武蔵むさしとの蓮台寺野事件れんだいじのじけんであった。
 瀕死ひんし清十郎せいじゅうろうが、
おとうといたい)
 と、あのあとでいったことも門弟達もんていたちむねいたが、そうでなくとも、一門いちもんものは、
(この不覚ふかくそそぐには、御舎弟ごしゃていよりほかにない)
 と、善後策ぜんごさくおも途端とたんに、かれだれあたまにもおこされていたのだった。
 ――御影附近みかげふきんというだけでなにわからなかったが、即日そくじつ門下もんかなかから六名ろくめいもの兵庫ひょうごち、ようやく伝七郎でんしちろうをさがしててこの早駕はやかごせたのだった。
 平素へいそ不仲ふなかあにとはいえ、吉岡よしおかして立合たちあった試合しあいに、あに瀕死ひんし重傷じゅうしょう敗北はいぼく汚名おめいをうけて、いまわずかに生死せいしさかいにあるくちから(おとうとに)と、いたいような言葉ことばらしたとくと、伝七郎でんしちろういちもなく、
(よし、ってやる)
 と、かごをまかせ、
はやく、はやく)
 と叱咤しったするので、かごかきのかたりつぶし、もうここまでのあいだ三度みたび四度よたびも、駕屋かごややとえたほどだった。
 それほどてるくせに、伝七郎でんしちろう立場たてば立場たてばへかかると、竹筒たけづつなかさけわせた。非常ひじょう感情かんじょうたかぶっているらしいので、それをなぐさめるためかもれないが、ふだんでも大酒おおざけなほうだ。それにさむ淀川よどがわのふちや田圃たんぼかぜさらされてかごぶので、いくらんでもわないようながしているのであろう。
 生憎あいにくとまた、そのさけ竹筒たけづつれたので、伝七郎でんしちろう焦々いらいらしたらしい。――いそげっとたかぶったこえ合図あいず竹筒たけづつてたが、かごかきのおとこ門人達もんじんたちも、なに不審ふしんおこしているのか、松風まつかぜやみ彼方かなたへ、
「――なんだろう?」
「ただのいぬこえじゃないが」
 みみうばわれているかたちで、伝七郎でんしちろういても、すぐかごそばあつまってない。
 そこで伝七郎でんしちろうがまた、二度目にどめ癇癖かんぺきこごえして、はやかごをやれと呶鳴どなると、はじめてびっくりしたように、
「――御舎弟ごしゃてい、ちょっとおちなさい。あれは何事なにごとでしょう?」
 なにが何事なにごとなのか、いっこうほかもとめていない伝七郎でんしちろうへ、門人達もんじんたちはそういた。