朗読「32-旅人とすずかけの樹.mp3」2 MB、長さ: 約 2分 09秒
(32)旅人とすずかけの樹
ある夏の暑い日盛りに、ぱっぱっとそれはそれはひどい砂ぼこりのあがる道を、二人の旅人が、汗を流し流しあるいておりました。
ところが、間もなく、一本のすずかけの樹がありまして、見るからに、さも涼しそうな陰を作っておりましたので、旅人は、
「あっ、これは結構なものがあった。早速この陰に入って、しばらく休みましょうや、まあまあ、お陰で助かったと言うものだ。」
と、喜びまして、樹の枝がさし交わして、こんもりとした下に休みまして、暑い日光を避けるのでありました。
かくて、二人はこうして休んでおりましたが、そのうちに、ふと一人が木の上を仰ぎまして、連れの旅人に向かい、
「時に君、どうもこのすずかけの樹という樹ぐらい、役に立たぬものはないね。果物が一つなるでなしさ、本当に人間にはまるっきり何の利益にもならぬものだね。」
と、話しかけました。
この時、旅人の上で、これを聞きましたすずかけの樹は、大変に腹を立てまして、
「この恩しらずめ、人を馬鹿にするにも程があるじゃないか。お前達は、現に、わたしの涼しい葉陰で、焼きつくような、太陽の熱を避けて、その通り楽々と休んでいるじゃないか。お前達が、涼しい思いをしているのは、みんなわたしのお陰なんだよ。それにわたしの悪口を言って、無用の樹だなんぞと、口を利くのもいい加減にするが好い。ほんとうに呆れた恩知らずだ!」
と、叫びました。